第2話 配信開始


 

 〜現代ダンジョン バベルの大穴 第一階層


 "尖塔岩の荒地"にて〜



「俺さ、思うんだけどよお、探索者で大成してるヤツってイかれたヤツ多くね?」


 味山はゴツゴツした岩場の上であぐらをかきながら宣う。


 日焼けした肌に、黒い短髪、茶色の瞳。

 筋肉質なその身体は登山用の地味な暗色のパーカーに包まれる。



「あー、わかるっすよ、タダ。その気持ちはヒッジョーに分かるっす、やっぱ指定探索者ともなるとまともな感性の人間とは違うんすよ。てか、タダ、お前、その胸ポケ。それ配信用の端末っすか?」


「おお、クラークに探索中は必ず使えって言われててよ〜。組合から色々言われてるらしいぞ」


 こうしてる間にも、その探索の様子は世界中へ配信され続ける。



 隣であぐらをかいて座る男を端末のカメラがその男を写した。

 灰色の逆立つ髪に水色の瞳。

 日焼け由来ではない小麦の肌に無骨な緑色のミリタリージャケットを纏う。

 グレン・ウォーカー。

 味山の所属する探索者パーティのメンバーだ。


《うお、イケメン……》

《グレン・ウォーカーだ! この前CMで見た!》

《ほんとコイツのチーム、メンバー豪華だな》

《おいたわしい顔面格差》

《アレフチームの顔のレベルを落とすなよ》


「なんか、言われてるっすよ」


「もう慣れた」


 コメント音声を聞き流しながら味山はため息をつく。


「にしても、来ねえなぁ、獲物」


「そうっすねー、そろそろ出てきても良いんすけど……」


 ぼやく男2人。

 そいつらが座り込んでいるのはーー



《は? 何してんねんコイツ》

《待ってwwwどういう状況ww》

《お、ライブ参加間に合った……は?》

《何してんだコイツらww》

《頭おかしいだろwwww》



 怪物の死骸。

 4、5メートルはありそうな灰色のトカゲの死骸に腰掛け、ぼやいている。



《wwwwwww!! ハイイロオオトカゲ!!》

《待って、待って、なにしてんねん》

《バカすぎるだろ!》

《え、待って、マジで何?》

《これ、探索者なら普通のこと?》

《なわけねえ!! 探索者は基本的に怪物から見つからねえように行動するのが基本だろ!》



 コメント欄が盛り上がる。

 通常、探索者のセオリーで狩場であるダンジョン内で化け物の死骸の上で屯するなんてものはあるはずもない。



「……おかしい、俺の完全なIQによればこれで大鷲を誘き出せるハズなんだが」



 味山が、果物を儀式のように敷き詰めた怪物の死骸を眺めて首を傾げる。



《誘き出す……?》

《俺たちの知ってるIQという概念と別の概念を用いてね?》

《お前に僅かでもある知能指数が可哀想》

《ダンジョン内で何してんだコイツは》

《生餌の趣味がおありで?》

《おい、コイツ、もしかしてさっきサポートチームから受け取った果物って……この為に……?》

《今、足元に果物見えた……! コイツらマジで化け物の死骸と果物で、怪物を誘き出そうとしてるのか?》



 はあ、と同時に2人が溜息をつく。


「うーむ、アシュフィールドとクラークにいつも先に見つけられるのも面白くねえよな」


「っすね、俺たちは男女格差の激しいチーム内のヒエラルキーをなんとかする必要があるっす」



 目を瞑り眉間にしわを寄せながら男2人が呟く。



「まあ、じゃあやっぱこれしかねえよ。たまにはアイツらより成果を出そうぜ。あのゴリ押し火力英雄バカに、繊細かつインテリジェンスな仕事を教えてやろう」


「繊細でインテリ……? 誰のことっすか?」


「俺のことだけど?」


「……ちなみにゴリ押し火力英雄バカは?」


「え? アシュフィールドだけど? アイツの號級遺物ずるいよな。俺らがリアル系青年誌にあるヤンキーものみたいな世界で頑張ってんのに、アイツだけ、地球丸ごと超決戦の世界観だしよー」


 けろっと軽口を返す味山。

 グレンが笑いを堪えれられないとばかりに噴き出す。



《コイツ……》

《配信中って理解してるか?》

《ふ、これが味山ちゃんねるだ》

《探索者の"酔い"ってほんとにバカになるんだな……》

《現代最強の異能、アメリカ合衆国の52番目の星を、ゴリ押し火力英雄バカって……》

《ダンジョンキレー。地上と変わんねえよな》

《わかる。ダンジョンなのに空まであるのすげえよ、バベルの大穴》



 今回の依頼は、空を飛ぶ怪物。怪物種25号、大鷲の駆除。


 味山達は、中々姿を見せないそのモンスターを手分けして探すことにした。



 その結果がこれだ。



「うーん、大鷲はハイイロオオトカゲが好物なんだけどなぁ〜」


「え、そうなんすか? 知らなかったっす」



 味山の呟きにグレンがぼやく。

 どうやらグレンは知らなかったらしい。

 そしてそれは、配信を視聴してる彼らもーー。



《そうなん?》

《いや、知らん、初耳。適当だろ》

《怪物種の食性とかまだあんま研究進んでない分野だろ。ソフィ・M・クラークの"ダンジョンについての考察"にもそこまで書いてないぞ》

《てか、なんでお前が好物とか知ってんだよwww》


《なんか味山とか言う探索者適当すぎてムカつく。コイツダンジョン舐めてるだろ》

《お、新参か? お前、この配信初めてだろ?》

《力抜けよ、こいつの配信、本気で見てると色々疲れるぞ》

《は? 他の探索者の配信とかもっと真面目というか命懸けだったけど?》

《あ〜大丈夫、大丈夫、多分そろそろだから》

《だから何がだよw てかマジでコイツ舐めすぎだろ。探索って仕事だろ? このまま大鷲見つからなかったらこいつ間抜けすぎだろ》

《確かにwww 俺、小学生ですけど、この探索者が雑魚ってのはわかるw》

《あ、待て。静かに。見ろ、またやってるぞw》

《だから何を……なんだ、アイツ……?》

《耳に手を当てて何してんだ?》




 それは味山 只人のに届いた。



「あ、来た」



 TIPS€ 警告 怪物種 接近



 味山只人にだけ、聞こえるダンジョンのヒントが囁く。



「グレン! 上だ!!」


「上っ! てことは!」



 唐突に影が差す。

 ダンジョンの天井部、光石から発せられる光が遮られた。

 影、影、翼あるものの影が、2人の探索者を影らせた。


《え?》

《なに? なに、なになになになになに?」《いやwなんもいねえじゃんwマジでキショ……あ……?》

《え? なんか画面暗くなって……》


 コメント欄。

 普段から味山の配信を見ていない視聴者が騒ぎ始める。


》》



 数少ない古参の視聴者は皆沈黙を守っていて。




「ビヨオオオオオオオオオオ!!!」




 空間を割るように、それが真上に。

 これだけ巨大なモノがここまで近付いて来ていたのに、今ようやく見えた。



 直上、怪物種25号、アルゲンタブィス、大鷲。


「ゔおおおおおおおお!! よっしゃあああ! 見つけたァ!!」


「あはははは! マジかよコイツ! よっしゃ、仕事の時間っすね!」


 真上から、馬鹿でかいオオワシの化け物が降ってきた。



《ほわァァァァァ!!! スゲエエエエエエエエ!!》

《本物の怪物種だ!! すげえええええ!! 大迫力!!》

《い、今、コイツ、なんか、おかしくなかった? 空から急に……》

《いや、それよりこの味山って奴、来た、とか言ってなかった?》

《気のせいだろ。うわ! すげえ、デカい鷲、かっこよ……》


 この世界最後の神秘の地、現代ダンジョンバベルの大穴の中の生命。


 初見の視聴者達が、盛り上がり。


 古参の視聴者たちが。


《よっしゃ、始まったぜ》

《小指気をつけろ》

《死なない程度に死んでほしい》


《頑張れ、味山只人》


 応援とも、罵倒ともつかないエールを送った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る