第3話 大鷲戦 その1
反射的、同時に味山とグレンは大岩から飛び降りる。
「来た、来た、来た来たあ!!」
「デケエエエエ!! タダ! 見てアレ! マジでかくないすか!」
「大鷲だからな!! そりゃ大きいでしょうよ!」
「ビョオおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
ハイオオトカゲの死骸を、そのかぎつめで足蹴に、巨大な嘴が雄叫びをあげる。
巨大、大鷲。
コンドルをそのまま巨大にした大鷲が味山達の目の前に現れた。
《ヤベェ……怪物種だ》
《すげえ、動画でも迫力が半端ねえ》
《ほんとにこんな生き物がいるのかよ》
《いや、てか、今別モニターでキャプチャ見てるけど、この怪物、なんかおかしくね? マジで
「タダ、今、コイツ急に現れたっすよね?! 近くに来るまで見えもしなかった!!」
「コイツ、アタリかもしれねえ! 報告にあった特殊個体だ!」
耳鳴りが響き、囁きが聞こえる。
TIPS€ それは少なくともお前の2倍は強い
「うるせえ、見りゃわかるわ!」
《ヤダ……この人、なんか脈絡もなく怒鳴ってる》
《なんか、コイツこういうの多いよな……》
《まあ、探索者は心を病む人多いから》
《初見です、こんにちは》
味山は囁きに唾を吐き捨てた。
腰のポケットから筒のようなものを取り出す。瞬時に、その先端を空へと向けた。
「信号発射!!」
手元の紐を思い切り、クラッカーを鳴らすように筒を空に向ける。
パッシュ。
炭酸が抜けるような音が響き、花火の塊のように眩い光がダンジョンの空に伸びた。
それは目印だ。
あの2人に場所を知らせるための。
「おニューの斧だ。こけら落としにゃちょうどいい」
黒光りする真っ黒なハマグリ刃。
味山が手斧を構える。
「声紋認証開始! パワーグローブ、セーフティアンロック!」
左手を前に、右手を引き足を前後。ボクシングにおけるオーソドックススタイルの構えを取るグレン。
その拳には奇妙な手袋、メリケンサックと革手袋が歪に混じったようなものが嵌められていた。
《ええ……待ってこの人ら、アレと戦うつもりなの……?》
《いや、探索者は基本は怪物とは戦闘しねえから……他の探索者の配信見てみろよ。だいたいいかに怪物に見つからねえようにするかを工夫してるのに……》
《斧……抜いてますけど》
《なんか素手でファイティングポーズ取ってますけども》
《探索者って皆こんななのか?」
「ビョオオオオオオオオオ」
大鷲がいななく。
人など一掴みに潰してしまいそうな巨大なかぎ爪で大きなトカゲの死骸を掴んだ。
「アシュフィールド達が来るまでどれくらいかかると思う? グレン」
「3分はかかるっすよ、あの2人は遊撃で動いてましたからね」
「なるほど、やっぱ待ち伏せ作戦は正解だったな。作戦勝ちだ。敗北を知りたい」
《なんか言ってる》
《コイツら怖くないのか?》
《探索者はダンジョン酔いで恐怖心とか消えるらしいよ》
《ええ……それ、大丈夫なのか?》
《この2人を見ればわかるだろ? 大丈夫じゃないよ、手遅れだよ》
コメントで好き勝手言われてるのもつゆ知らず。
軽口を2人の探索者が叩き合う
「よし、じゃあ、始めるか」
「そっすね」
「ビョオオオオオオオオオ!!」
大鷲がその翼を広げる。
威嚇、はためく大きな翼。小石や砂が強風に煽られ、飛び散る。
《初見。コイツら素人だろ。俺、探索者の知り合いいるけど、大鷲とか普通に軍隊との共同で狩るような化け物って知ってる? そもそも空を飛ぶような化け物に手斧と素手ってwwww》
《アレフチームの配信に何言ってんだお前》
《これ探索ガチの動画じゃねえぞ、イカれた奴の奇行みながら酒飲むための動画だから》
《え?》
「キミに決めた、生贄大作戦、フェーズ2」
味山がパーカーのポケットから小さなボタンを取り出す。筒状の機械についた赤いボタンに親指を乗せた。
「トカゲトリモチ爆弾、相手の翼は死ぬ」
パチリ。
ボタンを押した。
瞬間。破裂音。
飛び散る青い血と肉片、そして大鷲の悲鳴。
「ビョオオオオオオオ?!!」
《………はい?》
《何が起きたの……》
《トカゲの死骸が爆発した!?》
《うわ……アイツ、動画外で死骸に爆弾仕込んでやがった》
《wwwwwwww》
《ほらやっぱり。陰湿な事にかけたら凡人野郎に右に出る探索者なかなかいねえよ》
「もっと注意深く周りを観察するべきだな、化け物」
破裂したのはハイオオトカゲの死骸。
大鷲が掴んでいたその死骸にはあらかじめ味山達が仕掛けを施していた。
特殊な火薬で作られた小型爆弾と、バベルの大穴で採取できるダンジョン産の植物、粘着性の強い自生トリモチ草の種を数キロほど。
破裂した肉片に混じり、衝撃によって固まるトリモチが大鷲の翼を固めていた。
《トリモチwww》
《やる事がエグすぎる》
《誉れをなんと考える》
《お侍様の戦い方じゃない》
《卑怯者》
《コイツ、絶対モテないわ》
《それはそう》
「ビャア!! ああああ?!」
爆弾の破片と衝撃が大鷲の肉を削り、弾け飛んだトリモチが翼の動きを止める。
「おし、作戦通り。クラーク大先生の作品ヤベェな。足場がまったく崩れていねえ」
「怪物の生態調査で生け捕りとかよくやってるすからねー、センセイは生来の陰気さと狡猾さに加えて馬鹿みたいにアタマも切れますからねー、光と闇が混ざって最強っすよ」
「それ闇と闇じゃね?」
ズシン。
味山とグレンが軽口を叩き合う中、大岩から大鷲が飛び降りる。
翼は先端が折れ曲がり、真白な餅のようなトリモチが羽毛に絡みこびりついている。
すぐには飛び立てない筈だ。
「ビオ! ビオ!! びおおお!」
それでも大鷲はその黄色い嘴を開き、茶色の羽毛を逆立てながら叫ぶ。
ここからが命がけの殺し合いだ。
《え、ええ……なんなんや、この動画……》
《なんか、今日新参多いな。いつもは味山只人だけの配信だと悲しいほど人少ないのに》
《初めて見たけど、探索者って皆こんなんか?》
《もっと真面目な配信動画見てみろ。まともな探索者なら、馬鹿でかい大鷲にトリモチ喰らわせようとは思わん》
《夏休みに田んぼで遊ぶクソガキがそのまま暴力を手にした奴だからな》
《反社会的すぎるだろ》
手札を確認する。
翼は今のところ封じた。一番厄介な空からの一撃離脱はとりあえず問題ない。
嘴、かぎ爪、健在。注意。
ーー
「グレン!! 嘴だ!!」
「ビオ!」
飛べずとも鳥は跳ぶ。
鳥類独特の辺りをキョロキョロ見回す動作からノーモーションで大鷲がぴょいとジャンプした。
《!?》
《うわ、家の庭で雀が虫食べる時と同じ動き……》
《怖……》
《危ねえ!》
彼我の距離は10メートル以上あった。しかしその距離は一瞬で詰められる。あっけなく味山達の死線は超えられた。
無機質、無表情。
哺乳類である以上その瞳に見つめられると反射的に身体が竦む。
生物としての格の違い。
「あっーー」
その嘴がグレンへと振り下ろされて。
《あ!》
《はや!!?》
《やば、事故動画になるぞ!?》
《え、死ぬ?》
「部位破壊報酬は、俺のモンっすよ!」
嘴が槌のように振り下ろされると同時、ヒラリと当然のようにグレンが捕食者の一撃を躱す。
荒地の地面に嘴が柱のように食い込む。
そのまま返す刀の勢いで、グレンが拳を化け物の嘴めがけてぶち込んだ。
きん。
金属音が響く。
手袋に内蔵されたマニュピレータと共鳴ホタテの音袋の作動音だ。
「びえええええ?!」
硬質なものが決定的に砕ける音、人間の拳が化け物の嘴にヒビを入れていた。
《は?》
《なんで?》
《何が起きたんや》
《嘴をギリまで引きつけて、かわして、殴り抜けましたね》
《アクションゲームの話か?》
「やっほう!! もう1発!」
グレンが2発目の拳を振りかぶった段階でようやく味山は動き出す。
彼はグレンとは違う。
恵まれた反射神経、人間離れした膂力、それらは持っていない。
味山 只人は、只の人間、凡人だ。
しかし、それでも自分の出来ることは知っていた。
「ナイス! グレン」
地面を蹴り、大鷲の側面へと移動。ポケットから再び何かを取り出す。真っ赤な色をした野球ボールサイズの球だ。
それを思い切り、化け物のアタマめがけて投げ抜けた。
「び、びおおおおおおおお?!!」
嘴を砕かれた時よりも大きな悲鳴。味山の投げた球は大鷲の顔面に当たり潰れた。
真っ赤な液体が漏れ出し、鼻をつく匂いが味山にまで届く。
「スコヴィル値2000000のバベロイナ・リーパーハバネロの濃縮液だ。味わってくれよ、高いんだから」
《コイツwwwwマジでブレねえww》
《絶対コイツと喧嘩したくねえ》
《トリモチ爆弾の次は唐辛子目潰し……誇りは?》
《ないだろ、凡人だし》
グレンとハバネロボールのお陰で完全に大鷲からの意識は外れていた
「ふっ!!」
手斧を両手で握り込み、スイングする。
「びっ?!」
大木に刃を入れ込んだ時と同じ感覚。
ダンジョンで取れる金属と怪物の血を混ぜ合わせた柔軟で鋭い刃が、大鷲の脚に食い込んだ。
「うおっ!」
電柱のような脚に斧を食い込ませた瞬間、味山は刃を引き抜き転がりながら大鷲の足元を抜ける。
「びおおおお!!」
暴れる大鷲の攻撃をかいくぐり、態勢を整える。心臓が熱い、斧の柄を握る手のひらの皮膚も熱い。
《うおおおお! 凄え》
《コイツ、怖くないのか?》
《攻撃はしょっぱいけど、度胸ヤベェ!》
《今日の動画は当たりだわ》
「タダ! 」
「あいよ、グレン」
暴れる大鷲の注目はグレンへと集められている。化け物は味山よりもグレンを脅威と認めたらしい。
「オレが引きつけるす!! タダはチクチクやってくれ!」
「地味な作業は得意だ、任せろ!」
グレンが大鷲の正面に立ち、まともに相対する。
味山はその隙を突きながら、時にハバネロボールを目に投げつけ、時に命がけの脚への一撃離脱を試みる。
《凄え》
コメントの数が少なくなる。
スーパーカメラを内蔵した端末が、味山の見ている視界そのままを、配信を通じて世界へ届けていた。
普通に生きているだけでは忘れてしまうこの世界のルール。
狩るか、狩られるか。
《ヤベェ》
迫る怪物の翼、脚、嘴。
それを真正面からいなすグレンの姿。
こちらを見つめる怪物の視線。
カメラを通じてダンジョンの世界が人々へ。
《頑張れ》
《死ぬな》
《#切り抜き》
《あれ、同接数……これ、見間違いか?》
そして、怪物が青い血を流し始める。
その時だった。
「あ?」
「え?」
異変は起こる。
《あ!!?》
《嘘だろ!?》
《ありかよ!?》
大鷲の輪郭が歪んだかと思うと、そのままスウっと風景に溶けていくようにその姿がかき消えた。
《ステルス迷彩か?》
《大鷲って透明になるの?》
《いや、そんなのネットのどこにも書いてない……》
《世界初じゃね……?》
《え? これ、今、気づいたけど同時接続数……やばくね?》
《あ、全然見てなかった。でも、アレタ・アシュフィールドとかいないし、100とかだろ……え?》
《200000超えてね?》
「……消えた?」
「いやいやいや、なんだそれ」
一瞬の出来事に2人は足を止めた。
周りを見回してもどこにもいない、あれだけ巨大な身体が一瞬で消えて。
TIPS€ 敵怪物種の透明化を確認
頭の中で、アレの声が響いた。
「グレン!! 避けろ!!」
グレンの真上から、怪物が突如降りてきてーー。
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