第4話 大鷲戦 その2


「へーー、ゲブッ?!!」



 グレン・ウォーカーが地面に仰向けに倒れた。何かに押しつぶされるように。

 鳥の足の形に地面が凹んで。



「ガッーああああ!?」」


《待て待て待て》

《ヤバい、やばいって》

《え、マジて何が起きてんの?》

《怖すぎるんだけど、これ》

《地面が凹んでる!? 何かがいるのか!?》

《いねえよ! 見えねえし!》



 TIPS€ 人知竜による改造だ。透明化の力を手に入れているぞ



「透明!? クソ!」


《まて、なんでわかるの?》

《落ち着け!》

《いや、でも、もうコイツがなんとかしねえと無理じゃね》

《この配信なんかヤバイな》



 踏み潰されている。

 透明になって姿を消した大鷲の化け物に。


 ギリギリまで分からなかった急襲のネタはこれか。



「アッ、ギギ、ああああああ!?」



 グレンがわかりやすく悲鳴を上げる。

 仲間が踏み潰されて死ぬ。

 そう理解した瞬間、身体は勝手に動いていた。



《あ》

《うわ、もう見てられねえ》

《上級探索者でも、無理なのかよ》

《死亡配信になっちまう》

《今きた、ヤバイなこの配信》




「貸せ」



 無意識にその言葉をつぶやく。



「力ァ貸せ、



 TIPS€ 部位保持者は"腑分けされた部位"の権能を一部、扱う事が出来る


 身体が熱い。


 血管が焼け落ち、肉と肌が内側から爛れそうなほどの熱が生まれる。


 TIPS€ "耳の大力" お前は全てを壊す怪物の恐るべき力の一部を手に入れている。


 TIPS€ "耳の大力"を使用するか?



 味山にのみ、聞こえるヒントの声。

 それに、対して。


「YESだ!!」



 見えぬ筈の化け物の身体、仲間を踏み潰そうとするその敵の身体めがけて飛び込んだ。



《何するつもりだ?》

《うわああ、頼む、誰も死なないでくれ〜》

《怖い、でも見ちゃう》

《面白い》

《お前も逃げた方がいい》



「ぎゃはは。抜かせ、クソリスナーども。よく見とけよ」



《口悪い》

《あああ、もうなんでもいいからなんとかしろ!》

《クソ探索者! なんとかして!》



 TIPS€ 耳の大力、発動


 手斧を思い切り、握りしめて、振り上げる。



「こっからが取れ高だぜ!!!」



 透明な化け物、見えぬ筈の片足にそのまま、斧を振り下ろした。


 ぼっ。

 鈍い音。


 青い血が破裂する。


「び、びああああ?!」



 斧が砕け散り、肉がへしゃげ骨が潰れた。

 味山の一撃が、化け物の脚を崩す。



《は?》

《なん、え?》

《なんだよ! 今の音!?》

《うわ、斧が……》

《なんだコイツ!? 何したんだ!?》



 味山の手斧と、怪物の片足、それが戦車弾の直撃を受けたかのように弾けた。



「マジかよ!? 手斧!? 嘘オオオオオオオオオオ!? 高かったのに!」


「ビオオオオオオオオオオオン?!!」



 味山の悲鳴と怪物の悲鳴が共鳴しダンジョンに響いた。


 両方とも失ったものに対する驚愕が叫びとなる。



《あ!!》

《うお!? なんだ!? 出てきたぞ!》

《透明になってたんだ……! なんだよ、この化け物》

《大鷲が透明になるとか、他の探索者の配信でも見た事ねえぞ!》

《まって、あいつ24:32秒のとこで透明化とか言ってね?》

《わかってたのか? なんで?》

《ハイやらせ。しけるわ》

《しけるのはお前じゃ、ボケナス。怪物相手にどうやってヤラセするんだよ》

《いや、でもマジでなんであいつ透明とか分かったんだ?》



 虚空から怪物の輪郭が浮かび上がる。

 潰れかけの脚を引きずりながら大鷲が味山を睨みつけて。



 「一定のダメージ、もしくは衝撃を受けた場合は透明が解除されるわけか、ギミックがわかりやすくていいね」



《何言ってんだコイツ》

《ゲーム脳かよ》

《ゲームのギミックを現実に持ち込むなよ》



 味山は3年ローン の残ったガラクタを泣く泣く投げ捨て化け物の様子を観察した。



「……弁償してもらうぜ。お前の羽、お前の嘴、お前のかぎ爪、お前の全てを売り払ってよお」



《すげえ、コイツバカだ》

《この状況で金のことしか言わねえ》

《弁償wwwww》


 酔いが怒りと混じり、更なる酔いを呼ぶ。



 大鷲が、グレンから脚を離し味山に向けて威嚇を向ける。

 亀裂の入った嘴、潰れかけの脚。

 満身創痍。

 しかし、怪物は人間と違いここからが本番。



「げほっ、げほっ! ウエェ、タダ、ナイス。命拾いしたす」



 踏み潰されかけていたグレンが立ち上がり、味山の隣に戻る。


「大丈夫か?」


「耐衝撃ファイバーの戦闘服じゃなかったら死んでたっすよ。ハンマーナメクジを1ヶ月前に狩っててよかった…… あとは筋トレのおかげっすね」



 グレンが懐から小さな注射器を取り出し、流れるように自分の首に刺すのを確認する。



「あー、死にかけたす。透明になれる大鷲、特異個体すね。決まりじゃないすか、タダ?」



 口からこぼれた血をぬぐいながらグレンが味山へと話す。



「ああ、こいつだ。探索者を5名、上級探索者を2名を狩り殺した化け物。そして俺の手斧をぶっ壊したクソは」


「あー、注射が効いて、だいぶ楽になって来た。ヨッシ、タダ、コイツ殺しましょ」


「おう、化け物風情が。人間様の財布を痛めつけた事を後悔させてやる」


「ビョオオオオオオオオオオオオ」



 人間と化け物が互いに相対する。

 生きるために殺すために、交わらない両者が戦う。


《あれ、なんかかっこいい……? あれ?》

《落ち着け、どうせすぐ本性が出る》

《初見、ヤバイなここの配信》

《化け物とステゴロしたり、手斧で大鷲と格闘してるチャンネルはここですか?》

《やった、リアタイ間に合った》

《CGだろ? 大鷲をタイマンで狩れるなんて指定探索者くらいだろ》

《CGだとしたら配信者のビジュが残念すぎるわ》

《黙って見とけ》

《同時接続数が、まだ上がってる……》

《は? 25万……? なんでこんなに?》

《他の探索者の配信から来ました》

《うわ! まとめサイトがめちゃ炎上してる!?》

《他のSNSも切り抜きヤベェww》

《貴崎凛のルックトックwww切り抜き連投しまくってるww》

《あ、ルーナ・ジルバソル・ウィンバリーもSNSで……凄え》

《スカイ・ルーンが同時解説動画出してる!》



 びき、びき。



 トリモチの拘束が悲鳴をあげた。



「ビョオオオオオオオオオオオオオオオオアオアオオ!! アアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 解放、追い詰められ血を流し、生命の危機を迎えた大鷲が遂に人間の策を破る。



 人の及ばぬ領域、空への切符。

 大鷲の翼が広がる

 その翼が動くたびに風が起こる。

 砂煙から目を守りながら味山はそれでも笑った。




「上等だ、化け物。絶対にお前をカネに変えてやる。死ぬのはお前だ」



 本気になった化け物、酔っ払った凡人。


 生きるための、カネを稼ぐための殺し合いが、始まーー。



 TIPS€ 星が来た



「お。マジかよ」



 味山が何かに気付いた。同時に殺意がしぼむ。


 刹那の後、空を切る音と一緒に。



「ビ、ビアアアアアア?!!」



 化け物の悲鳴、一際大きい。



 その翼には、黒光りする槍が数本、いつのまにか突き立っていた。

 後ずさりしながら悲鳴をあげる化け物を見上げて味山は笑った。



 その槍を味山は知っている。



《あれ?》

《おい、この化け物に刺さってる槍って……》

《嘘だろ!! マジで!?》

《キタァァァァァァァァァァァァァァァァ!!》

《こっちでは槍なんだ》

《見つけた》

《この為にこのちゃんねる見てる》

《個人配信してほしい》

《星だ!》

《お星様!!》


 コメントが一気に沸く。

 25万、30万、50万。

 接続数のカウンターが、冗談のように上がり続けて。



「あの槍……あ、勝ったっすね」



 グレンもその槍に気づく。

 それは探索者ならば、いやこの時代に生きる者ならば誰しもが知っている人物の武器。



 味山とグレンの仲間、上司。



 現代ダンジョンの生まれたこの時代に愛され、選ばれた存在。


《どこだ!? どこにいるんだ!?》

《配信で見るの初めて!》

《生きてる……》

《アイビー・イアフィールド》


 探索者の到達点、その功績から遂に国家から特別な指定を受けた存在。



 指定探索者。

 世界にまだ50人といない特別たち。


 その中でも最も輝かしい光を放つ、現代の英雄。



《マジで興奮する、ほんとに実在するんだ》

《涙出てくる》

《ハイチャさせてええええええええええ》


 槍の飛んできた方向を味山が確認する。


 人がいた。


 輝く金髪のウルフカット、蒼い海を閉じ込めたような碧眼。

 神様が贔屓して造形した強く美しい身体。



 イタズラげに歪む不敵な笑顔。



《アッ》

《おッ》

《見えた……》

《おっふ》

#》》》》


 世界から嵐が消えた。

 嵐を征した1人の人間は合衆国の新たなる星として星条旗にその身を連ねた。



「ソフィはまだ来てないのね。競争はあたしの勝ちみたい」



 この場にそぐわないリラックスした声。

 きっとこの女にはこの状況は昼下がりのティータイムとさして変わらない。



「ハァイ、タダヒト、まだ生きてる?」



 人間の形をした星が、笑って。



「ああ、なんとか」


 

 凡人が、星に応える。



「そ。ま、貴方なら当たり前ね。良かったわ。じゃあタダヒト、仕事の時間。援護はよろしく」


「了解、アシュフィールド」



 英雄が、凡人の元へ到着した。


》》》》

《世界最高の指定探索者!!》

《52番目の星キタァァァァァァァァァァァァァ》

《ソフィ先生早く》

《これを見る為に来た》



「さて、何から始める? タダヒト」


「任せる。なんとか合わせる」


「あら、頼もしい。期待していいの?」


「働きが気に入ったらボーナスくれよ」


「考えておくわ」


《……今のやりとりみた?》

《俺、アレタ・アシュフィールドのゲキファンだけど、あんな顔見た事ない》

《コイツ、マジでアレタ・アシュフィールドの補佐なんだな……》

《脳が……でも、なんかいい……》

《俺のアレタ・アシュフィールド妄想シチュに、新しいレパートリーが追加された》

《相棒ロールよくね?》

《いい》

《良い》

《それを現実でやってるクソ野郎がいるんだけど》

》》》》》



「クソリスナーども……でも、まあ」


 気持ちはわからないでも、ない。



 視聴者だけではない。

 怪物すらももう、その女しか見ていない。

 誰も彼も目を奪われる、存在自体が光そのものな英雄。


 それが、現代最強の異能。

 アメリカ合衆国指定探索者。

【52番目の星】。



「あ、そうだ。タダヒト、その胸ポケットのカメラ、今配信中なのよね?」


「お? ああ、愉快なクソリスナー共が家の中でポテチ片手に見てるよ」



《ざけんな、凡人。堅焼きじゃ》

《なめんな、凡人。いたわさじゃ》

《みくびんな、凡人。ピザじゃ》



「あら、そうなの。じゃあ、少し失礼」


「うお」


》》》


 化け物の前だというのに、彼女はどこまでもマイペースに。


 すっと、その良すぎる顔面をカメラに寄せて。



「ハァイ、みんな。いつも視てくれてありがとう。これからも宜しくね」



 パチっ。

 ウィンクが上手すぎる。


《か》

《k》

《a》

 


 50万人に近い人間が無理やり初恋を奪われたか、上書きされたか。


 コメント欄はパンク。



 その20秒後に、怪物は無事討伐された。

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