第5話 運命の女神と52番目の星
〜バベル島〜
探索者街、組合本部交流所。
エクスプローラーパブにて
「おーい! 姉ちゃん! 生ビール5つ! まだ来てねえぞ!」
「そんでよ、そこで食らわせてやったのよ! あんぐり空いた口にぶち込んでやったぜ」
「あのニホン街の花魁の出る店、すんごい美人がいるらしいぜ」
「おい、聞いたか? 星屑野郎がまた生き残ったんだとよ」
「アレタ・アシュフィールドが全部やったんだろ? 羨ましいもんだぜ、ジャップめ」
「それだけじゃねえよ、女史もグレイウルフもいるんだぜ? 場違いにもほどがあるだろ、黄色猿め」
「怪物狩りが、またやったらしい。懸賞金付きの指定怪物種を2日で狩り終えたんだとよ」
「クク、この霜降りラム蛇のステーキ。よく仕込んどる…… 臭みがまるでない!」
ワイワイガヤガヤ。
その場には喧騒が満ちている。
オレンジの室内灯が空間全体を暖かく灯しどこか楽しげな気持ちにさせる。
部屋全体に響くBGMのボンゴのリズムに否応なくみんな酒を空にするペースを煽られる。
笑顔を振りまきながら、両手にジョッキや食器を備えたスタッフがたくさん行き来する。
探索者組合本部、エクスプローラパブ。
バベル島において限られている飲酒が認められているエリア。
部屋の壁には各国の国旗が掲げられており、その場に座り飲み食いする人間は様々な人種が混ざっている。
世界で最も、国際色豊かな場所なのかもしれない。
様々な人間が集まり酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打つ。
活気あるその酒場のなか、注目を集める席があった。
《あれ? もしかしてアレフチームの公式チャンネル動いてる?》
《酒場だ!》
《思った以上になんかファンタジーっぽいな》
《バベル島行ってみてー》
《探索者資格を取るか、旅行者抽選に当たるかでしか行けないもんなー》
《俺のおじさん、あそこで商売してるよ。屋台とか》
《あー、商売.店やるのでもいけるのか》
「みんな、お酒は行き渡った?」」
「ああ、アレタ。ワタシは大丈夫だよ」
「アレタさん、俺も大丈夫す!」
「あるぞ、アシュフィールド」
味山はキンキンに冷えたジョッキを掲げ返事した。
その様子に対面に座る金髪の女は満足そうに頷き声を張る。
「オーケー! それじゃあ皆! 怪物種25号! アルゲンタヴィス討伐を祝して! そして生き残ったあたし達に! かんぱーい!」
「カンパイ!」
「カンパイっす!」
「乾杯!」
同時に差し出されたジョッキとジョッキがゆっくりとぶつかる。味山は笑顔溢れる仲間たちと盃を交わし、ジョッキの中身を呷った。
「あー、1杯目は最高なんだけどなー」
苦味と炭酸の刺激が喉に染み渡り全身に満ちる。空きっ腹にビールが溜まり、カラカラの身体が潤っていく。
《うまそー》
《仕事終わった後の酒はいいよな》
《てか、これ、誰のカメラだ?》
《アレフチームの公式動画!? めちゃ珍しい!!》
「プハーッ!! あー、この1杯目の為に生きてるっす! あ、お姉さーん! ビールおかわり!」
隣に座るグレンが一息でジョッキの中身を空にする。同じ事を味山がすればすぐに倒れてしまうだろう。
「助手、ほどほどにしておけよ。キミ、先程の探索でイモータルの希釈液を使っているのだからね」
「ウイース、センセ、了解っす」
味山から見て斜め前の席、グレンの正面に座る少女がちびちびとジョッキを呷りながら呟いた。
《え……かわ……》
《雪の妖精が小さな手でジョッキを……?》
《クラーク先生の貴重な飲酒シーン》
《出たな。ロリども》
《あ? バカか? クラーク先生は賢いからロリじゃねえんだよ》
《ファンの知能指数と本人の知能指数に差がありすぎてワロタ》
少女がいた。
真白な肌はその唇すら色素が薄い。よく見ると眉毛までもが雪にまぶれたように白い。
血に染まったルビーをそのまま当てはめたと言われたら納得してしまいそうな瞳。
髪の毛は確か染めているはず。
瞳と同じように真っ赤に染められたショートボブ。
アルビノのその神秘的な美しさが味山に笑いかけた。
「ん、どうした? アジヤマ。ワタシの顔に何かついているかね」
味山の視線に気付いた少女が、こちらに呟く。
「あ、いや悪い。見惚れてただけだ」
「む、そうか、不躾に眺められるのは気分が悪いものだし、よくされるものだが……そこまで素直に言われると存外悪い気はしないものだな」
《は?》
《おいおいおいおい》
《お前、そこ変われこら》
《今コイツ口説いた?》
押し殺すように少女が、ソフィ・M・クラークが笑う。
彼女もまたグレンと同じく、味山のパーティメンバーの1人。
指定探索者、ソフィ・M・クラーク。
通称[女史]
世界に50人といない国からの指定を受けた特別な探索者の1人。
「うわ、タダ……正気っすか? いや、まあ個人の好みだからなんも言えないっすけど。あれ? てか、今これ配信中なんすか?」
「こら、グレン。それはいったいどういう意味だい? ああ、このカメラか。なに、たまにはバベル島の外の諸君とも生還の美酒を楽しむ空気を共有するのも悪くないと思ってね」
「アレタ、アジヤマがワタシを熱い目で見つめてくるのだが…… これはどういう事だと思う?」
《うお、クラーク先生の貴重な流し目シーン》
《素直に好きです》
《顔が良すぎる探索者チーム》
《いや、ほんとに皆絵になるよな。1人を除いて》
《マジで美男美女だ。1人を除いて》
《見てるだけで萎縮するわ、1人を除いて》
端末の画面に流れるコメント。
味山がそれをちらりと覗く。
「クソリスナー、この動画をいつ止めるかは俺に委ねられるていうことを忘れるなよ」
《冗談だよ》
《よく見るとかっこいい》
《脚短いけど、割と動ける》
《斧とか装備のセンスはすこ》
《料理動画またして》
リスナーの手首はくるくる回されすぎていつもボロボロだ。
「……知らない。別にいいんじゃない? タダヒトが誰に見惚れようがあたしには関係ないし、メッセージも既読無視するし」
対面に座る金髪の女。
アレタ・アシュフィールドが一気にジョッキを呷った。
どこか、目の座った顔はやはり迫力がある。
《え……なにその反応は》
《#切り抜き》
《#切り抜き》
《俺、●さなくちゃならない人間ができたよ》
《拗ねてる……52番目の星が》
《いやこれ、永久保存版だろ。てか、プライベートもしかしてこんな感じなのか?》
《ヤバイ、マジで沼る。オフシャルではあんな完璧な人間なのに》
《いいのか、こんな動画見れて》
「ハハハ、どうする、アジヤマ。我らが星はヘソを曲げてしまったようだ。キミに任せたよ」
「えー、じゃあ、アシュフィールド」
アレフチーム。
味山只人が所属する最強の探索者チーム。
これはいつものやり取りだった。
味山が自分の皿の出汁巻き卵をーー。
「あハ! へえ、珍しいもの見ちゃった。アレタ・アシュフィールドが拗ねてるー!」
「なに?」
《え!?》
《嘘、おい!!》
《え、誰……?》
《は? お前、ルーナ・ジルバソル・ウィンバリー知らねえの?》
《52番目の星と大陸の女神が同じ画面に!!》
周囲の視線がこの席に全て集まる。
「ルーナ……なんの用かしら。悪いけど、貴女をお酒の場に招待した記憶はないわ」
「あハ! ありゃりゃ、相変わらず君は私のことが嫌いだねー! ま、私も同じだからちょうどいいけど」
アレタの低い声。
52番目の星のドスの効いた声を聞いてもその女はまるで引かずに。
破滅。
その女を見た瞬間、味山はそう感じた。
《めちゃくちゃ美人……》
《アレタ・アシュフィールドもやべえほど美人だけど、ルーナって指定探索者は、なんか……こう、ゾクゾクするな》
《綺麗すぎて怖い》
白と銀の混じる長髪。
ソフィと同じ、いや、もしくはそれよりも血に近い赤の瞳はギョロリと見開かれ。
ヘソだしのシャツに黒いカーキのパンツ、シンプルな姿なのに目が引き寄せられる。
「チッ、酒が不味くなる。ウィンバリー、笑いがチームの時間だ。消えてくれ」
「……」
見ればこの白銀髪の女に敵意を向けているのは、アレタだけではない。
ソフィも、グレンでさえも警戒して。
「怖いな〜。そして悲しいよー。悲しすぎてー、なーんか悪いことしちゃいたくなったかもー」
「……アシュフィールド、誰だ、こいつ?」
「タダヒト、コレと関わったらダメ。静かにしてなさい」
「あ、はい」
いつものやりとり。
だが、ぞくりと味山の背を撫でる悪寒。
《おい、俺たち何を見せられてるんだ》
《顔の良い女がキレてる姿は健康に良い》
《迫力がヤバイな》
「あハー……見つけた。やっぱいいなー、君。アハ、あはは」
TIPS€ 遺物……いや、違う。これは……なんだ?
赤い瞳が、見た。
星でもソフィでも、グレンでもなく。
味山を見つめて。
「な、なんだよ……」
「あハ! やっぱりだ。運命がない。気持ち悪いねー、相変わらず。……でも、君は運命をねじ伏せた。今度はそれを私も間近で見たくてさー」
「っ! よせ! ルーナ! あたしの補佐に何をっーー!!」
アレタが叫ぶ。
その静止を全て無視して。
「"宿命"味山只人くん。私の恋人になってよ」
赤い瞳の中にそれはある。
人が夜空に見上げ、人が未だ手の届かない輝き。
赤い星が、瞳の中に。
TIPS€ ルーナ・ジルバソル・ウィンバリーは他人の運命を変える事が出来る
「それでー今度は私も仲間に入れてほしーなー」
「何言ってんだ、アンタ」
がちゃん。
何か決定的なものが入れ違った。
そんな音がした。
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