電車のパネェお方
「すみません、千円札くれませんか」
寒い夏の夜だった。運良く帰宅電車の席に座れた僥倖を噛み締めていたときに、目の前に立つ男が話しかけてきたのだ。
「あの、喉が渇いちゃって。私、病気だったんで、いま病み上がりでもう暑くて、喉が渇いて痛いんです」
ウンザリする褐色に気味の悪いほど太い眉。この面構えだけは善良そうな小男は、四十半ばと推測できた。
「だから、千円札くれませんか。水が買いたいんです」
こうした手合いにどう対応するかは人によって分かれるだろう。無視をする人もいれば、とりあえず応答する人もいる。私の場合、どちらかといえば後者である。
「それなら、駅員さんに冷たい水くださいってお願いしたらどうです」
「いや、ダメ」
「付き添いましょうか」
「いや、それもダメでした」
駅員の人に厄を移すつもりはなかったし、まともに応答している訳でもない。こういった輩と会話したのは初めてだったので、適当に思いついた言葉を出しているのである。
「五百円でもいいですから。五百円でも」
「五百円も大金ですからねえ」
それを聞いて、男は返事もせず、無表情でどこかへ消えてしまった。隣の車両に移って、また同じことをしているのだろうか。
これを読む貴方なら、どう対応しますか?
暗黒短編集 暗黒後光 @blacknaito
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