鬱蒼した老人の森
学友から深夜徘徊の妙味を聞いたので、夜の車道を歩いてみると、確かに背徳の感じがあった。真ん中に人間が歩いていると分かれば、走ってくる車はたちまち慌てふためき、私にほんのりとした罵声を浴びせて消える。夏休みの喜びに浸っていると、そうした心無い言葉も蝉の嬌声と紛れてしまう。これは良いことに思えるが、私としては夜のスリルに欠けるので、どうしようもなく退屈な感じがした。そんな気持ちだから、いつの間にか横にあった、小山を登る獣道に誘われたのだろう。
半ズボンから露出する生足に、雑草とバッタが執拗に付き纏う。木々の間に設けられた雲の巣を、申し訳ないと思いつつも木の棒で建て壊す。征服を数分ほどしていると、さらに横道が姿を見せた。
月明かりが葉っぱどもに隠されているためか、そこの道は黒色以上に暗かった。おまけに細長い木が玄関と壁の如く連なっており、雑木林で構成された一軒家のような感じだった。
楽しい恐怖を求め、誰に導かれた訳でもなく、その道を歩き始める。相も変わらず蜘蛛の巣が蔓延しているので、掃除道具の木の棒は、いつしかワタアメのようになった。暗闇でさえも白を認知できるのだから、光の抜け目なさは侮れない。
小冒険を楽しんでいたのも束の間、最奥の暗黒に、小綺麗な民家が現れてしまった。暗闇に彩られた神秘も、こうなっては液晶越しのフィクションと等しく感じてしまう。そんな具合に興醒めしていた私を、ある音声が、再び興奮の闇に引き込んだ。
「じいじ!」
性格のキツそうな壮年女の声だと思ったが、男子小学生の声にも聞こえた。それよりも訝しいのは、声が向こうの民家から届いたのに、依然として人工の光が窺えないこと。土草を踏み締める音だけで、外に居る私を察知できたことだ。
「じいじ!」
こんなにも叫ばれると気味が悪いと思い、私は来た道を引き返した。すると件の声は聞こえなくなり、先ほどの静かな夜に戻った。今宵の親しみに安堵したのも一瞬のことで、私はたちまち不安に引き戻された。鳥が羽ばたくような、紐が切れるかのような音が、一帯の玄関口から響くためだ。
恐る恐る近づいてみると、先ほど歩んで道の上で、一人の老人が草刈りをしていた。こちらから話しかけるよりも早く、老人は厳しい口調で言った。
「おめえ、公道とよ、人の土地の違いが、わかんねえか」
これを受けて、私は謝意を伝えつつ、どうにか切り抜ける術は無いかと模索した。そのとき、あの声のことが脳裏に浮かんだ。発声した性別の判別が付かない、あの呼び掛けである。
「じゃあなんだ、あんたは俺の方がジジイだって言いてえのか」
私が老人に悪印象を抱いたのは、彼の乱暴な物言いではなく、陰湿な人格のためだ。まったく好感の持てないこの老人は、私に幾らかの罵声を浴びせ、民家に続く暗闇へ消えていった。
どうにも体が疲れてしまったので、私は徘徊を切り上げ、帰路についた。行きと同じく車道を歩こうとしたが、歩道を離れることすら憂鬱な足取りだったので、自分の身体を労ることにした。
残念なことに虫除けの効果が切れていたようで、不快な痒みが足を駆け巡った。片足を上げて掻いてみたところ、どうにもさつま揚げのような触り心地だったが、それを気にする余裕もないほど、P字バランスは困難だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます