暗黒短編集
暗黒後光
壁に叩きつける聖人
母親はスーパーの安いケーキを食べるのが大好きだった。五十を越してもバクバクと頬張る姿は逞しささえ感じられた。バイトの疲れが溜まっていても、その様子を見ていれば、段々と気持ちが晴れてくる。路地を行く男子高生は、その効能を期待しているために、意気揚々と早足で歩んでいるのだ。今日はチョコレート・ケーキである。
「何をやっているんだ!」
酔いどれ顔をした中年の小男が、男子高生の片手を捻り、頭を建物の壁へ押さえ付けた。鈍い音が一帯に響き、相当な衝撃だったことがわかる。
「何をやっているんだ!」
小男は男子高生の頭を壁から離し、再度叩きつけることによって、彼の頭部を流血せしめた。
「なにもやってないです」
男子高生は苦しそうな声で抗議するが、小男は離そうとしない。小柄な見た目とは裏腹に、怪力を有していた。
「ヤバくね、あれ」
「きっしょ」
「埋めちまおうぜ」
ある女子高生が鞄から水筒を取り出し、固定されている二人に中身をぶち撒けた。灰色の液体が、ベッタリと身体に染みる。
「何をやっているんだ!」
小男は尚も男子高生の頭を打ちつける。屈強な意志でビニール袋を持っていた片手も、ついに力が緩んでしまった。地に落ちた袋から、安いケーキと不足していた調味料がまろび出た。
「キショいキショいキショい」
「やっば」
群衆は二人の格闘を撮影し終えると、持っていた携帯電話で両者の身体を叩き始めた。二人は段々と壁へ埋まって行き、ついにはその上から固められてしまった。
「何をやっているんだ!」
小男の声が未だに響くので、群衆は恐れ慄き、蜘蛛の子を散らすように去っていった。こうして一帯に残ったのは、怒る小男と涙を浮かべる男子高生の壁、台無しになったチョコレート・ケーキである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます