第8話 事件の真相

 坂口刑事は、この時の如月祥子との話において、事件の全貌がほとんど明らかになったような気がした。彼女がどこまで自分の立場を分かっていて真相に坂口刑事を導いてくれたのか分からない。坂口刑事の目を少なくとも節穴だとでも思っていたのだろうか。

 もしそうであれば、ここまで話をしても、彼が事件の真相を看破できないのだとすれば、彼のレベルで事件の真相に辿り着くことはできないと考えてある程度のカマを掛けたのか、あるいはその程度の相手であれば、こちらの術中に嵌めることができるとでも考えたのか、それでもまるで探偵小説の中でのいわゆる、

「叙述トリック」

 のようではないか。

 だが、相手を巧みに誘導し、自分の犯罪をごまかさなければならないほどのことを彼女が犯しているとは思えない。もちろん、犯罪や訴訟についてまったく素人であれば、自分がこの事件で果たした役割がどの程度のものなのか分からず、絶えず怯えているのだとすれば。仕方のないことであるが、そんな受けられない。そんな状態であるなら、きっと主犯に相談しているだろう。そして主犯は決してそんな不安に感じていると思う女に、刑事にミスリードさせるような危険なことはやらない。

 それに彼女がどこまで自分の立場を理解しているのかが坂口には疑問だった。この犯罪計画で、実行犯が二人に、主犯が一人、この状態で主犯があとの二人を集めて、三人で犯行会議をしたとは思えない。明らかに主犯からの一方通行だったはずだ。

 では、如月祥子が言ったアナフィラキシーショックの件は、彼女の意志が言わせたのだろうか。それとも本当に偶然だったのか、結果として果てしなく真相に近づくことになった。

 しかし、坂口は一つきになっていた。

――本当に僕は今感じていることが事件の真相なのだろうか――

 という疑問である。

 どの事件にも言えることだが、

「事件の真相」

 と言われるものが、どこまでをして真相と言い切れるのかというのを疑問に感じていた。

 行われた犯罪に対し、ここにその真相を暴いて、その前後や動機、そして犯人に繋がるあらゆる証拠に矛盾がなければ、それが真相ということになる。

 だが、それは事実を重ね合わせたことであり、目に見えていない事実はもっとたくさんあるのではないかと思えてくるのだった。

 確かに裁判で犯罪を立証づけるに十分すぎるくらいの事実を突きつけることはできるのだが、もし、犯罪を生き物だとすれば、時系列的に刻々と変わっていく事情のようなものをまったく考えることもなく、事実関係だけをつなげていくのだ。これを真相と言えるのだろうか。

 真実と真相が同じものなのかどうかという発想にも結び付いてくるが、世の中には、

「知らなくてもいい真実もたくさんある」

 という話を聞いたことがある。

「真実を知ることが、決してその人の幸せに繋がるとは限らない」

 ということもあり、知らなくてもいい人には教えないことが当たり前ということも事実であろう。

 しかし。こと犯罪に関してはそうはいかない。真相を暴いて、その責任を犯罪者と呼ばれる人に負わせなければいけないのだ。

「知らなくてもいい真実」

 を、被害者側が知ることもある。

 例えば、殺害された被害者がひた隠しにしてきた、自分の身内の、

「知らなくてもいい、知ってしまうと不幸になりかねない真実」

 まで暴露しなければいけなくなる。

 刑事や検事、弁護士と言えども、その真相が被害者にどれほどの傷を残すかということをどこまで分かっているのか、裁判が進み、犯罪が曝け出されるにしたがって、分かってくるようであれば、

「一体何が正義だというのだ」

 ということになる。

 あまりのショックに自殺でもしてしまったら、裁判というもの自体の正義がまったくなくなってしまうのではないだろうか。まさに本末転倒な出来事になってしまう。

「ひょっとすると、如月祥子は何かを知っていて、自分の中で許せない何かがあったというのか、それとも、このあたりが引き際だと考えたのか、それとも主犯のあまりにも自分勝手なやり方に、も振り回されるのが嫌になったのか、事件の真相を自白という形ではなく、ヒントを与えるという形で坂口に与えているのかも知れない。

 だが、考え方によっては卑怯である。しかし、その裏にどういう彼女の真実が隠れているのか分からないということで、彼女を追求することはできなかった。一度、自分の失敗で冤罪を作り出してしまったという罪悪感が、坂口の刑事としての情熱に、「待った」をかけるのだった。

 この事件においての一番の発見は、

「アナフィラキシーショック」

 という言葉であった。

 正直、ハッキリとはしないまでも、殺害に二度の同じ効果が活用されたことは、被害者の苦しみであったり、薬物反応が身体に及ぼしたものであったりして、何となく分かっていたが、ショックという概念までは分かっていなかった。

 ショックが殺害による本当の死因であれば、裁判などでも、そのショックが殺意に結び付くかということが大きな問題になるだろう。

「まさか死ぬなんて思ってもみませんでした」

 と証言すれば、犯罪が立証できるものではない。

 そうなると、情状酌量も出てくるわけで、そこまで犯人が狙ったのかということになるのだろうが、たぶん計算されてのことであろう。少なくとも、如月祥子は知らなかったわけで、もし、実行犯が分かってしまった時に、初めて種明かしをするような気持ちだったのだろうか。ある意味でいけば、真犯人の本心が坂口経緯には分からない。

 アナフィラキシーショックによって、犯罪のあらかたが分かってきた気がしているが、真相にも近づいているのだろうが、真実に近づいているという意識はなぜか坂口にはなかった。真犯人の気持ちが分からない限り、真相が分かったとしても、真実の解明になったとは言えないと思うからだった。

 坂口刑事は、如月祥子にこの日会ってみて、何か自分の中で聞き出そうという意識があったわけではない。彼女が何かを思い出してくれればいいという程度だったわけで、それが想像以上のヒントを与えてくれたことで、もう、これ以上の話は不要だと感じ、あまりたくさんのことを聞くことなく、署へと帰った。

 同行した部下も、

――まただ。どうして坂口刑事はあまり相手にしつこく聞かないのだろう?

 と思ったことだろう。

 自分が質問するのであれば、もっとたくさんのことを聞いてみるのにと思うのだが、だからと言って、得られる返事がどこまで信憑性のあるものなのかと聞かれる路、ハッキリとしない。

 余計に最後の方には質問も惰性になってしまい、ネタ切れしてくると、今度は自分が得られた相手の話に信憑性が感じられなくなるのではないかという疑念もあった。ただ、それにしても坂口刑事はすくなすぎる。彼としてみれば、

――あれで一体何が分かるというのだろう?

 という思いであった。

 警察署に戻ると、待っていた門倉刑事に、今日の報告をしたが、報告と言っても、さほどのことはない。

「そうか、アナフィラキシーショックか。なるほど、なかなかいい話が聞けたようだな」

 と言って、満足気だった。

 もちろん、門倉刑事もアナフィラキシーショックのことも知っているし、

「そういえば、以前、アナフィラキシーショックを元にした殺人事件もあったよな」

 という話が出たほどだった。

 部下の刑事としては、

――そんな不確実に思えるような犯罪が、実際にあるんだろうか?

 とも思ったが、考えてみれば、不確実な方がありえるかも知れまいとも思った。

「もし、殺害に失敗すれば、ごまかしが利く」

 とも言えて、そんな中途半端な気持ちで犯罪を犯す人もいるのかと思っていたが、それだけ犯罪を犯すということには、リスクを伴い、冷静に考えると、自分の人生をも壊してしまう。いくら許せない相手だとして、自分の人生を天秤に架けると、果たしてどうなるのか、彼も考えないわけでもなかった。

 基本的に、犯罪者の身になって考えるということは、捜査員としては、してはいけないことだと思っていたが、それも時と場合によるのだろう。そのことを教えてくれたのが、門倉刑事だったと彼は思っている。

 坂口刑事には、どこか疑問を感じていたが、門倉刑事に対しては何の疑問もなく尊敬している。

「だから、坂口刑事を尊敬することができるんだろうな」

 と中途半端な三段論法を考えていた。

 部下はまだアナフィラキシーショックという話を聞いても、事件の真相にピンと来ていないようだ。目の前で納得している門倉刑事と坂口刑事が恨めしく思わず、

「アナフィラキシーショックがどうしたというのですか?」

 と聞いてみた。

 すると、二人はそんな質問をする後輩刑事に対し、別に訝しがるようなことはなく、笑顔を向けたのには、部下の刑事も少し唖然とさせられた。

 今度は門倉刑事が説明し始めた。

「いいかい? アナフィラキシーショックというのは、アレルギー性のショックのことなんだよ。アレルギーというのは、人間の中にある抗体や生きていくための機能なんかに反応してショックを起こすんだ。だからアレルギーを持っている人にはちゃんとわかるように、食料品であったりには、必ず『アレルゲン表記』というものが必要になる。それを怠ったり、謝ったりすると、その製造者は罰せられるんだ。何しろアレルギーを持っている人間には死に直結することだからね。よくアレルギー反応を起こして、救急車で運ばれるというのはそういうことなんだ。アレルギーにはいろいろあって、食物だけではなく、植物や動物にもある。猫アレルギーの人や花粉症だってアレルギーによるものなんだよ。でも、同じアレルギーショックの中でも実際に死に直結しているものとしてハチの毒というのがあるんだよ。スズメバチなどは、二度差されると、死んでしまうという話を聞いたことがないかね?」

 と言われて、

「ええ、知っています。一度では死なないけど、二度目に刺されると死に至るということですよね」

「そうだ。それは人間がハチの毒で死ぬからじゃないんだ。人によってはハチの毒で死に至る人もいるかも知れないが、本当はハチの毒で死ぬわけではない。それならば、最初に刺された時に死んでいるはずだからね。人間には、細菌やウイルスから身を守るために、一度体内に入った独などに対して対抗するために、抗体を作るという習性がある。これは例えば伝染病、小さい頃に掛かる『おたふくかぜ』や『はしか』などに見られるように、身体に抗体ができることで、二度と掛からないと言われているのと同じことなんだ。しかし、同じ抗体を作るという意味で、悪い方に働くことがある。それがアナフィラキシーショックというもので、一度身体の中にできた抗体が。もう一度同じ毒の侵入によって、抗体が反応するのは同じなのだが、そこにショック状態を引き起こすことがあるんだ。ハチに刺された時、二度目に死ぬというのはまさにこのことで、ハチの毒によるものが死因ではないということであり、本当の死因はショック死ということになるんだ」

 と門倉刑事が説明した。

「それは何とも皮肉なことですよね。他の場合は身体を守ってくれるので必要不可欠なんでしょうが、場合によってじゃ死に至るというのは、何とも言えない現象ですね」

「だから、一度スズメバチに刺された人は気を付けなければいけない。抗体がある以上、ショック状態を引き起こす可能性は大きいんだからね」

「なるほど、おっしゃる意味はよく分かりました。ですが、そのアナフィラキシーショックと、この事件とはどのあたりが結び付くんですか?」

 どうやら、この部下の刑事は、被害者が二度注射に刺されて苦しまされたということを知っているはずなのに、ほぼ事件とは関係のないことだとでも思っているのか、ピンと来ていないようである。

「君は、監察医からの報告書を意識して見なかったのかね? あそこには被害者が一度では死なずに、一度毒を打たれたことで、二度目を早めて、それが死因になったというところのことだけど」

 と門倉刑事が聞くと、

「ええ、確かそういうことだったとは思っていますが、でも、そこに何の意味があるというんですか? 被害者がいつ注射するかということは犯人には分かっていないことですし、分かっていないわけだから、別にそんなことをしても意味はないと思うんです。だから、あくまでも偶然が重なっただけなのかと私は思っておりました」

「うん、確かに君のいう通りだよね。でも、そこでいえることは、犯人は実行犯意外に黒幕がいるということが分かるんじゃないか? 二人の人物が被害者に別々に薬を与える。その与えるのは、主犯ではダメなんだ。主犯が被害者が麻薬をやっていることを知らないと思っているのか、あるいは、麻薬による殺害にしてしまうと、一番に疑われるのが自分になってしまうという考えですね」

 と考えていた。

「なるほど、では真犯人というのは誰なんでしょう? 私には各務原氏しか想像できませんが違いますでしょうか?」

 と部下がいうと、

「いや、その通りだと私は思う。その件に関しては坂口刑事も同じ考えではないんだろうか?」

 そう聞かれた坂口刑事は、

「それは私も同じです。ただ、動機がよく分からないんです。社長を殺して彼が何か得をするというわけでもなさそうだし、こんな計画を立てたということは、それなりの憎悪によってのことではないかとも思うんですよね。二人の女性を巻き込んでいるわけだから、何かそこに秘密のようなものがあるような気がするんです」

 と言った。

「すると、この事件の実行犯の二人の女性というのは、如月祥子と、川崎晶子ということになるんでしょうか?」

 と部下がいうと、

「私はそうだとしか思えない。だけど、二人がどこでこの計画に参加することになったんでしょうね?」

 と坂口がいうと、

「それは、きっと、最初からだったのではないかな? 殺害を計画したのは各務原なのかも知れないが、二人がそのことに気付いて自らが計画に参加したのかも知れない。ひょっとすると、最初の犯罪計画は本当に陳腐なもので、被害者を殺そうとまでは思っていたが、小細工なんかしないようにしていたのかも知れない。各務原という男、ああ見えて、本当にしっかりとした計画を立てて行わわなければ、他の人に罪を着せるような人間には見えなかったんだ。確かに頭は切れるようだが、だからと言って、自分の罪を軽くするために、他の人を巻き込むようなことはしないと思うんだ。どっちみち捜査が進むにつれて。あの二人の女性が嫌疑にかけられるということは分かっていた。だとすれば、それを逆手にとって、警察がそう考えているのであれば。それに沿った形の犯罪計画を練るというのも一つの方法だよね。だから、二人がもし犯人に疑われて法廷に引き出されても、殺意がなかったということを十分に立証できる位置に二人を置いたんじゃないかな? そこまで気を遣っているということは、彼は完全に二人を守りたい。それでお事件に引っ張り込まなければならなくなったということは犯人にとってのジレンマであり、そういう意味で皮肉なことであり、それこそ、アナフィラキシーショックになるんじゃないかな?」

 と門倉が答えた。

「じゃあ、どうして如月祥子は、この事件のヒントになるようなアナフィラキシーショックの話をしたんでしょう?」

 と部下が聞くと、

「それはきっと、坂口君がある程度事件の真相に辿り着いたことを知った彼女が、今度は各務原を守ろうとしての苦肉の策だったんじゃないかな? これが本当の意味でのアナフィラキシーショックだと言えるのではないかな?」

 と門倉刑事が話した。

「向こうとしても、こんなに早く事件の真相が分かるなんて計算外だったのでしょうかね?」

 というと、

「それは違うと思う。三人は三人とも近い将来バレルのではないかtp思ったのかも知れない。特に僕が川崎晶子に対してほとんど質問しなかった時、相手は、刑事が自分を見ているのではないということに気付いたんだろうね。そこで黒幕の存在は明らかにされるのも時間の問題だと思った。彼らは頭のいい犯人だよ」

 と坂口刑事が言った。

 部下の刑事はまだ納得がいかないようで、

「でも、そんなに頭のいい犯人が、どうしてこんなすぐにバレるような計画を練ったんです?」

「彼らはきっと時間がないと思ったんだろう。そして完璧な殺害計画を練るよりも、逆にバレた時にどのようにうまく働くかということを最優先で考えたんじゃないかな? だから実行犯の殺害意志があったかどうかを主題にするように裁判になった時を考えた。そう考える方が自然だと僕は思うんだ」

 と、坂口刑事は言った。

「各務原と社長、そして実行犯となってしまった二人の女性に何があったのかというのは、今の推理を元に、もう一度捜査してみれば、また違った見え方がこの四人に対して見えてくるんじゃないかな? 少なくとも今のところ被害者につぃては何も分かっていない状況だからな。やつが恨みで殺されたという見方を強くして見てみれば、今までに見えていなかった部分が見えてくるかも知れない。そう考えながら、今後の捜査を進めていくことにしようじゃないか」

 と門倉刑事がいうと、二人は、

「はい」

 と頷いた。

 事件の真相が明らかになるのも、きっと時間の問題に違いない。

 翌日になって、いろいろなことが分かってきた。急転直下、事件は解決に向かうことになるのだが……。

 まず詐欺事件というのは、実はウソなのだが、川崎晶子の付き合っていた男性が死んだことと社長とは関係があった。

 東雲社長を麻薬を個人で利用していることを掴んだ川崎晶子の彼氏は、よせばいいのに東雲社長の脅迫に掛かった。彼が自殺をしたというのは、そnお脅迫に関係があるようで、脅迫の話を聞いた時、坂口刑事は、彼は社長の一派に消されたのではないかとまで考えたが、一応金銭で肩が付き、彼の持っている証拠というのも社長側に渡されたことで、一段落がついているのに、何もことを荒立てて自殺に見せかけて殺すなどという危ない橋を渡ることはないだろう。

 しかも、その時、まだ各務原のような優秀な参謀、一種の影のフィクサーがいなかったこともあって、自殺に見せかけて殺すなどということはいくら社長という立場でも無理だった。

 それでも彼は自殺をした。理由はハッキリとしないが、彼の精神的な闇魔では分からない。彼が詐欺にあったというウワサは、彼が残した遺書の中にあった。その遺書は川崎晶子に宛てられたもので、東雲社長に詐欺にあったと書かれていた。

 さすがに証拠があるわけではないので、大っぴらにウワサを流すわけにはいかなかったが、ちょっとしたところからウワサは広がるもので、そこはきっと、麻薬をやっているというウワサをごまかすために、詐欺というありえない話を自分で、でっちあげたのかも知れない。

 麻薬に関しては実際にやっているので、ウワサになればあっという間に検挙されてしまうが、詐欺というのはまったくのでっちあげなので、立証されるはずもない。本当のことをウソの中に隠すというテクニックであった。

 川崎晶子は彼の敵を討とうと、社長に近づいたが、そこで各務原と知り合ったようだ。そこで各務原が彼女に同情したことから、事件の発端が始まったように思えた。

 そんな時、各務原が出会ったのが、如月祥子だった。川崎晶子を実行犯として使うには、誰かもう一人似たような立場を演じる女性が必要だった。社長に恨みを持っている女性で、社長と面識がなく、簡単に社長に近づける女。それが如月祥子だった。

 彼女はm

「実は、私の異母兄弟に当たる兄が、東雲社長と関わったことで自殺したんです」

 というではないか。

 それを聞いて、

「これは使える」

 と思ったのだろう、

 各務原が参謀としてこの会社に入ったのも、元々は社長の殺害計画の一環だった。

 各務原は大学時代、川崎晶子と同級生で、川崎晶子の自殺をした彼というのもよく知っていた。

 彼の敵を討つという気持ちと、各務原本人の気持ちがマッチしたことで、復讐計画が始まったのだが、その前提としてあったのは、各務原が川崎晶子を愛していたということだった。

「あいつだったら、晶子さんを任せられる」

 と言って、一旦身を引いたが、まさか彼が自殺をするなど考えてもみなかった。

 犯行をアナフィラキシーショックのような形で行おうというそもそもの案は、東雲社長が、

「俺は昔スズメバチに刺されたことがあってね。アナフィラキシーショックというらしいんだけど、二度目に刺されると、アレルギー発作を起こして死ぬんだってさ」

 と言っていたところから始まったのだ。

 まさか、殺される被害者が、自分を殺す手段のヒントを、殺そうと企てている相手に与えようなど、誰が想像するだろう。

「因果応報とはこのことをいうんだろうな」

 と思ったが、各務原は、復讐を遂げることができたにも関わらず、しっくりこないものを感じていた。

「どうして俺はあの二人の女性を巻き込んでしまったのだろう。少なくとも彼氏のかたき討ちだとはいえ、自分の愛している相手のはずなのに」

 と各務原は思った。

「俺は、一体誰に復讐したかったのだろうか・」

 という言葉を最後に、事件の告白を終わらせた。

 事件は各務原の自首で終わったのだが、彼が自首をしたのは、

「二人の女性から、自首を勧められたからなんだ。すべての事件を計画し、殺意を持って実行したのは、この俺だけなんだ」

 と言っていたことは、彼の本心ではあるが、果たして真実なのだろうか。

 それは誰にも分からない……。


                  (  完  )

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殺意の真相 森本 晃次 @kakku

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