殺意の真相
森本 晃次
第1話 キツネとタヌキの化かしあい
その日の夜は、最近にしては珍しく温かい日であった。すっかり秋めいてきて、ついこの間まで真夏日が続いていたことを思えば、ビックリするくらいに涼しくなっていた。それでも、まだ昼間は暑く、日差しが強い日などは、上着を羽織っていると汗ばむほどであった。
しかし、朝晩の寒さはそれを許さず、すでに放射冷却などという言葉も天気予報で聞かれる時期になってきて、
「朝晩は気温差が激しいですので、調整の利く服でお出かけください」
という朝のニュースでの気象予報士の言葉が的を得ているようだった。
季節はあっという間に十月を迎えていた。世間では半期末ということで、忙しい会社も多いだろうが、さらにこの時期に多いのが、転勤でもあった。九月の中旬くらいから、やたらと引っ越しセンターのトラックを見るようになり、マンションなどでは毎日のように停まっているという印象が大きかった。体格のいいにいちゃんが、学生アルバイトなのかそれほど肉体労働には似合っていないような連中に指示を与えていた。自分も動きながらなので大変である。
このあたりは都会部分からは少し離れていたが、ある意味通勤エリアとしてはちょうどいい場所にもあったので、都心部分に比べれば引っ越しは頻繁ではなかったが、少なからずあった、このあたり課r引っ越していく人も多く、九月は毎年引っ越しが年中行事の一つになっていた。
しかし、今年は諸事情から、ほとんど引っ越しは見られない。数日に一台のトラックが忘れた頃に停車している程度で、年中行事というわけでもなくなってきた。
それは半期に一度の転勤シーズンというものだけに影響を与えたものというだけではないが、そのせいもあってか、マンション界隈も今までに比べて、実に静かなものだった。
しかも、このあたりは一種のベッドタウンであり、賃貸マンションというよりも、分重マンションが多いので、余計に毎年恒例とは言いながらも、数からすれば、大したことはなかったので、今年のようなほぼ引っ越しがないご時世であっても、それほど目立つことはなかったのだ。
ただ、賃貸マンションがないわけではない。郊外に近いということで、このあたりは学生の街であった。近くには四年生の総合大学、女子大、さらに短期大学から、専門学校の類まで、結構揃っていた、駅前には学生をターゲットにした店も多く、完全に、
「学生の街」
という様相を呈していたのである。
このあたりの街は、背後に小高い山が聳えている関係で、麓の街ということだが、意外と大学というのは、そういう環境に多かったりするものである。山の手というと、ここの限らず、高級住宅街が密集しているという関係で、学校や病院などの施設も、そのようなあたりに建てられることが多い。環境的に静かでいいというのもあるのではないだろうか。
さらに、大学生の中には、そんな高級住宅街の息子や娘が多かったりする、いずれは親の後を継ぐための英才教育であったり、帝王学のようなものを学ぶことで、成長してきた人たちが、大学で経営学を本格的に学ぶというわけである。この流れはずっと以前から継承されてきて、今社長として君臨している人たちはおろか、その親ですでに引退していて名誉会長などの職に就いている人たちですら同じ教育を受けてきたのであろう。
そんなに昔からこのあたりは大学の街として君臨してきて、すでに数十年前くらいから、全国でも有名な、
「学生の街」
として、全国でも知られるようになってきた。
中には、
「大学は出るだけでいいんだ」
などと言っている人もいたが、そんな人が社長に就任することもあった。
だが、会社には結構優秀な参謀的な社員もいるもので、彼らによって支えられた、無能かも知れないと思われる社長もいたことだろう。
むろん、そんな優秀な参謀もこの周辺の大学出身で、大学生の頃から主席を取るような人材で、さぞやいろいろな企業から誘いを受けたに違いない。そんな優秀な参謀も、ずっとこの街にある大学が育んできたということも忘れてはならない事実であった。
この街の外れにあたる部分の、後ろに山を頂く、一角に賃貸マンションが建っていた。七階建ての一棟単独のマンションであるが、駅まで少し遠いということもあり、満室になっているというわけでもない。学生が入れるようなマンションでもないし、どちらかというと、小規模な会社が事務所として使っている部屋もあるようなところであった。
ただ、まったく学生がいないわけでもなく、富豪の息子が借りている例も少なくなく、学生の部屋から小規模な会社の事務所までと、幅広い人たちが借りるマンションだった。
そういう意味で、普通のサラリーマンであったり、新婚夫婦が借りているという例は少なく、普通のマンションとは少し違っているような感じだった。
中には探偵事務所のような変わり種の部屋もあり、どこか昭和の色が残っているようなところがあるようで、不思議なマンションでもあった。
それだけに女子供の姿をあまり見ることはなく、それだけに、通路を歩いている人もほとんど見なかったりする。
オートロックなので、不審な人間が立ち入ることはないが、管理人室のようなものもなく、それだけにマンション内は表から見ると、謎に包まれていた。
マンションの部屋を事務所として使用している会社の中には、ちゃんと何の事務所なのかが分かるような看板を掛けているところもあったが、表札もなく、個人の家なのか、事務所なのかハッキリと分からないところも多かった。オートロックなので、郵便物は当然集合ポストなので、何かの出前か宅配でもなければ、ほぼオートロックを解除させることはないだろう。ただ、個人のマンションでも合鍵を持っている人が入ってくることはあったようで、女の姿を見るとすれば、忍んでくる女性くらいしかいなかったかも知れない。
このマンションの四階の奥に、表札も何もない部屋があった。その部屋は、どうやら個人の部屋のようで、たまに何人かが出入りするのを見かけるが、事務所というわけではないようだ。
その日の朝、一人の男が訪ねてきたのだが、どうやら玄関でオートロックを部屋の中から解除してもらったわけではないので、どうやら合鍵を持っているようだった。
この男がこの部屋の住人でないことは、知らない人が見れば分からなかっただろう。それだけこのマンションでの入場にはまったく違和感がなく、普通に入ってきたのだ。だが、この男が実はこの部屋の住人でないということは、この男がマンションの一階ロビーを通過してから十分もしないうちに判明した。
「何か、非常事態が発生した」
ということは、それから十五分もしないうちに分かったことだ。朝の通勤時間を過ぎて、静けさを取り戻しかけていたこのあたりがいきなり型魂騒音が鳴り響いたのだ。
その音は、パトランプの音だった。
次第に音が大きくなってきて、その音が一台が発するものではなく、数台の発する音だと分かっただけで、ただ事ではないことは明らかだった。このあたりは元々閑静な住宅街というイメージがあっただけに、パトカーのサイレンが鳴り響くなど、あまり考えられないことだった。それだけでも異様な雰囲気なのだろうが、パトカーがやってきたのが、この山間に面したマンションで何かが起こるなど誰も想像もしていなかったので、さぞや近隣の住民がビックリしたことだろう。
しかし、肝心のマンションの住人は、元々少ないということや、半分近くは会社の事務所であるということ、そもそもそれほど部屋もいうほど埋まっていないということもあり、それほど騒いでいるということはない。
相変わらず、扉を開けて通路を覗く人もおらず、通報を受けた警官が急いで駆けつけた時、
「こちらです」
と、問題の部屋の扉から顔を出している男がいるだけだった。
警察官が数人走って中に入っていったが、次の瞬間、
「ワッ」
という声が聞こえてきた。
玄関を入って通路側の部屋の扉や、バストイレへの扉を抜けていくと、その奥に、リビングが広がっていて。その手前がダイニングキッチンのようだった。
部屋は、二LDKの部屋で、リビングが少し広くなっているようだった。
リビングの左側にもう一部屋あり、和室になっていた。その部屋をこの部屋の住人は寝室にしていたようで、畳の部屋になっていて。その上にはまだ寝床が敷かれたままになっていた。
その上にうつぶせになって、いかにも倒れているという感じの男性が両方の腕を前に突き出し、左右は対称ではなく、右腕の方が少し先に延びているようだった。横を向いているその表情は険しく、断末魔の形相を呈していたのである。
目はカッと見開いて、瞬きをまったくしない。どこを見つめているのか分からないが、その形相の激しさは、もう息がないことは明らかであった。
その様子を見ながら、すぐ横に男が一人立ち竦んでいる。時間が少し経っているからだろうか、顔を見るとすでに落ち着きを取り戻しているかのように見えただ、さすがに警察が入ってきて、沈黙の中で黙々と作業が行われているのを見ると、事の重大さをいまさらながらのように思い知らされているようだった。
黙々と作業は行われていたが、実際には喧騒とした雰囲気であることに違いはなかった。そのうちに部屋の前に、立入禁止のテープが張られ、刑事ドラマなどでよく見られる、
「事件現場」
としての様相を呈してきた。
警官がその男に事情聴取を行っているうちに、鑑識と思しき人たちが、県警の腕章をつけて、指紋最初のための、先にタンポポの綿毛のようなものが付いた棒で、至るところをポンポンと叩いていた。
首から下げられたカメラを使って現場写真を入念に撮影し、部屋の至るところを探ることで、
「決して証拠品や重要な部分を見逃さないぞ」
という信念の下、捜査が黙々と続けられていた。
「あなたが、第一発見者の方ですか?」
と聞かれて、今まで死体のそばで立ちすくんでいた男が、一人の警官に呼ばれた。
「ええ、そうです」
と言うと、
「じゃあ、ちょっとこちらに」
ということで、作業の邪魔にならないように奥のダイニングのテーブルに腰を掛けるように言われた。
「もう少しすると、捜査課の刑事さんが来られるので、その時に詳しい話を聞かれると思いますが、その時はよろしくお願いします。でも、その前に基本的なことだけ、私の方で訊ねらせていただきますが、そのおつもりで」
ということで、警官が二、三の質問をしていた時であろうか、扉の方からドタドタと数人の人が入り込んできたようで、いよいよ広いと思っていた部屋が狭く感じられるほどになってきて、臨戦態勢になってきたことを感じた。
入ってきた人たちはパリッと下スーツといういで立ちで、警官たちに敬礼をすると、彼らから、
「ご苦労様です」
と、あまり大きくない声で挨拶をされていた。
挨拶をされた方は、無言で敬礼をして、次に発した言葉は、
「状況はどうなっている?」
ということであった。
彼らは明らかに刑事であり、これが先ほど言われた、
「捜査課の刑事」
ということであろう。
「被害者は、東雲研三という人物で、この部屋の住人だろうです。この部屋は被害者が個人で借りている部屋ですが、基本的には被害者の一人暮らしだったようです」
「基本的にというと?」
「この部屋は被害者の、一種の別宅であり、自宅は別にあるそうです。被害者は会社社長をしていて、ここで一人になりたい時に利用しているそうなんですが、たまに今回の発見者である方が宿泊することもあったそうです」
「発見者というのはどういう男なんだ?」
と刑事が聞くと、
「名前は各務原正孝というそうですが、秘書というか、参謀のような仕事をしているようで、基本的には本当のプライベート以外では社長と一緒にいる時間が多いようです」
「なるほど分かった。それでは発見者に話を訊こうか」
と言って、ダイニングで控えている男のところに向かった。
「今回は大変なことでしたね。お察しいたします」
と刑事がいうと、
「いいえ、でもビックリしました。本日は社長から朝出勤前にこちらに伺うようにということを言われていたので、普段と変わらないくらいの時間に来たんですが、まさか殺されているなどと思ってもいませんでした」
「それはさぞかしビックリされたことでしょう」
「ええ、。普段の社長は寝ていることもあるので、気配がなくても、不思議には思わなかったんです。だから最初この状況を見た時も正直何が起こったのかまったく分からない状況で、金縛りに遭っていたという感じですね」
「さきほど、普段と変わらぬと言われましたが、こうやって朝から社長を起こしにくるようなことも結構あるんですか?」
「ええ、私は基本的に社長のそばに仕えているのが仕事のようなものですから、頻繁と言ってもいいでしょうね」
と、各務原は言った。
各務原という男は、警察の事情聴取を受けているというのに、実に落ち着いている。その落ち着きは刑事の中に、何か疑惑を感じさせるほどであり、百戦錬磨は刑事の方だけではなく、この男にも同じものを感じているようだった。
「社長から、朝来てほしいというのは、前の日の仕事が終わる前から決まっている感じなんですか?」
「ええ、そうですね。たまに携帯に連絡があって、明日の朝は来てくれと言われることもありますが、それは本当に稀ですね。仕事上の問題が大きいでしょうか」
「じゃあ、今日は前の日から分かっていたことだと思っていいわけですね?」
「ええ、それで差し支えありません」
「社長は夜遊びや何かをしていて、夜で歩いたりするので、朝は起こしてほしいというような感じなんでしょうか?」
「仕事の間は結構ベッタリですが、プライベートの時は社長が一人ということもあったりしますよ・ただ、その時は私ではなく、屈強のボディがーと専門の社員がいますので、その人が社長をまわりから見張っていることが多いです。私のような人間では役に立ちませんからね」
「それほど、社長のプライバシーでは、誰かに狙われたりすることがあったということでしょうか?」
「いいえ、そんなことはありません。あくまでも自己防衛の観点です。この点については先代の社長である現会長も了承されていることです。会長曰く『わしの時もそうだったが、社長は絶えず危険と隣り合わせなので、プライベートといえども、身辺警護には気をつけておかなければいけない』と言われています。我々はその言葉を重々に理解して行動しているつもりです」
「こうなってしまうと後の祭りなんですが、お気持ちはお察しいたします」
「本当にそうですね。社長のことを考えれば、本当に世の中というのは何が起こるか分かりませんね」
と各務原がいうと、
「各務原さんは、社長にも十分に人から狙われるということが分かっていたということをお考えでしょうか?
「ええ、私はきっと狙われたんだと思います」
「根拠は?」
「日本の警察が優秀なので、隠しておいてもすぐに分かることなので、こちらから先手を打ってお話いたしますが、社長は会社経営の上では、結構ヤバい方法で結構強引な商売をしているようです。業界の中では、社長に対して恨みを持っている人も少なくないと思っている人も結構いるんじゃないでしょうか? 我が社は表で行っている正規の仕事以外に裏では、出来る限りの幅広い、あくどいことをやっているのです。まるでサラ金のようなこともやっていて、やくざ顔負けの強引な取り立てもしているようです。それを苦にして自殺を企てた人もいるのではないでしょうか。私の方ではその人たちの数も身元も把握していますが、社長は知らないと思います。裏のさらに裏のことは我々がやっていますからね」
と各務原がいうのに対し、
「だったら、もっと用心していてもよかったのではないですか? あくどいことを警察としても黙認はできませんが。被害者に自覚があったのなら、軽率な行動はとらなかったはずですからね」
「それはご指摘の通りだと思います。だから我々といたしましても、社長のプライベートを拘束はできないまでも、できるだけ様子をうかがうようにしていたんです。だから朝のお出迎えもその一環ですね」
「ところでさっき、社長は知らないとおっしゃっていましたが、あれはどういう意味ですか?」
「社長には我々はあまり知らせないようにしていたんだす。社長はあくまでもクリーンでなければいけないというのが、先代の話だったので、裏の裏に関しては、社長の手を煩わさないようにしているんです。だから逆に社長には、罪の意識は低かったかも知れませんね」
というと、
「それでは、社長が暴走したり増長したりはしませんか? 罪の意識が薄いということはそういうことですよね」
「ええ、そうです。だから我々の役目は重要なんです。そのあたりのノウハウを持っていて、それを我々にご教授してくださっているのが、先代である現会長なんです」
「じゃあ、現会長は今の社長のやっていることはある程度ご存じということになるなのかな?」
「そういうことです。しかし、さすがにすべてをご報告申し上げることは差し控えています。私たちは、つまり先代と今の社長との間でジレンマを感じなたら、立場的には難しいところに位置していると言えると思います」
「なるほど、その立場には我々も同情の余地はあると思いますが、まずはこれが殺人事件であるということで、それなりに厳しい捜査をしなければいけませんのでそのあたりはご了承ください」
「分かりました。私たちもできる限り協力させていただきます」
と、各務原は言った。
「各務原さんは、私たちという表現を使っていますが、私たちとは具体的にはどういうことでしょう?」
と刑事は聞いた。
「先ほども申しましたとおり、私が社長のプライバシーに立ち入れない時には、ボディガードとしての屈強な男がいると申しましたが、彼も私たちの仲に含まれます。つまり、私は社長の意を汲んで仕事をする会社における参謀のような立場があります。社長から見れば、相談役のような感じでしょうか? でもボディガードは社長のプライベートを防衛するという立場にはありますが、社長のプライバシーには決して踏み込まない。社長からすれば、ある意味自分とは関係のない人だということで、彼らの立場は、会長直属という非常に珍しいポストです。会社では、総務部付けなっていますが、内容はあくまでも会長直属なのです。一種の特命とでもいえばいいんでしょうかね」
と、各務原は答えた。
「本当に珍しい会社ですね。でも、それだけ確固たる組織を持っているということは、社長は本当にあくどいこともしているということなのでしょうか?」
と、刑事はズケズケと訊いてきた。
各務原の反応は一瞬ビクッとしたようだが、すぐに冷静さを取り戻し、
「そのあたりは、何ともお答えようはありませんね」
というと、
「こちらもじっくりとそのあたりは調べさせてもらいましょう」
と、すでに火花バチバチであった。
警察もその気になって調べれば。、この会社gやっていたあくどい裏の行動も、すぐに調べがつくに違いない。
各務原たちは、別に自分たちの行動を隠蔽しようとしたり、隠し立てをしているということはなかった。別に隠そうが隠すまいが、何か問題が起これば表に出るだけのことなので、隠してもしょうがない。だから、警察に調べられても、それは一向にかまわないと思っていた。別に捜査されても、携わっている連中が告訴でもしない限り、彼らが裁かれたりあくどいことで世間の注目を浴びて、会社が不利になることはないと思っていた。
なぜなら、警察に被害者を先導し、訴訟を起こさせたりする力もなければ、糾弾する力もない。弁護士のように、被害者から正式にお金で依頼を受けたり、彼らの悪事が和田になって、そこからマスコミが調査や取材した内容を記事にでもしなければ、彼らには委託も痒くもなかった。
マスコミに関しても、彼らの行動を文章にできるほどの情報を表に出しているわけではない。そのあたりは計算して、巧みに記事にするには、かなりの会社のプライバシーに踏み込まなければできないように仕組んであったので、もし安易に記事にしようものなら、プライバシーの侵害になるか、個人情報保護法違反になるかのどちらかになるため、迂闊に記事にすることもできない。
だから、警察に会社の裏事業がバレても、しょせん、
「殺人事件の捜査上の秘密」
というだけで、その内容が表に出ることはない。
逆に警察に知られるだけの方が、一番安全だとも言える。
そこまで各務原は計算していた。彼はさすが会社で参謀を務めるだけの頭の回転が早いと言ってもいい。先代が見込んだだけのことはあるのだが、社長も各務原の実力は高く評価し、彼を少しでも自分の陣営に取り込むことで、いずれは先代色を一層し、
「自分の会社」
として、まわりからの目である、
「世襲」
というイメージを一掃したかったというのは誰もが感じていたことだろう。
政財界において、世襲というものがいかに蔓延っているか。そして世間で疎まれているか、それを感じたことから、あくどいことにも平気で手を出すようになったということなのかも知れない。
「今までのお話を伺っているうちで考えると、各務原さんは、社長が個人的に恨みを抱かれるようなことをご存じではないと解釈をしてよろしいのでしょうか?」
と刑事がいうと、各務原は少し怪訝な表情をしたが、
「ええ、構いません」
と答えた。
これは刑事の方としても、きっと各務原は知っていても、知っているとは言わないだろうから、それとなくこちらから先手を打つような聞き方をすることで、彼が何らかのこちらで予期していないような態度に出てくれればいいという思惑を持っての質問であったが、どうやらその思惑は功を奏したかのようであった。
――この男、何か知っている――
と感じさせた。
実はここに、
「キツネとタヌキの化かしあい」
が存在するのだが、それは今後の話の展開で現れてくるのだった。
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