病弱令嬢は三度の誘拐の後に開花する

ミストーン

第一話 そのスキルは、あんまりです……

 おもえばその朝の私は、人生で一番幸せな時だったのかも知れません。


 今夜のパーティーのドレス選びに忙しく、お人形のように取っ替え引っ替え。

 私としてはとても疲れてしまうのですが、侍女のセシルが嬉しそうにドレスを並べているのを見ると、とても言い出すことはできません。

 田舎領地の子爵とはいえ、貴族令嬢付の侍女になったからには……こんな仕事にこそ憧れていたでしょうから。

 ごめんなさいね、セシル。私が蒲柳の質な身体が弱いばかりに……。


 自己紹介が遅れました。

 私はジュスティーヌ・ラ・ファウンテン。葡萄とワインを特産とする小領地を賜っているファウンテン子爵家の、名の通り第一夫人を母に持つ娘です。

 兄と姉、弟が一人。姉と弟は第二夫人の娘ですが、決して仲は悪くありません。


「今日のジュスティーヌ様には、このドレスが一番お似合いです」


 銀白色のドレスや靴、宝飾品を並べて、セシルがやり遂げた顔で微笑みます。

 彼女の見立てなら、間違いありません。笑みを返して頷きました。

 いつもなら『お体に障ります』と、早々に退場させられてしまうパーティーも、今夜は特別です。

 私が主役なのですから!

 誰にとっても特別な、十五歳の誕生日。

 今日から子供ではなく、ちゃんとファウンテン家の娘として扱われるのです。

 そして何より、司祭様の導きで、生まれた時から誰もが秘めている唯一無二の能力【固有スキル】が引き出され、発表されるのですよ!

 発表されたスキルは、直ちに国王様の下にも伝えられ、全国の貴族たちに国王公示として公開されます。

 それは名前とともに、一生私の象徴として知られるものになるのです。

 例えば兄なら、【雷撃】のオリヴィエ・エル・ファウンテンと言われるように……。


「お前なら、【病弱】のジュスティーヌってのがお似合いかな?」


 衣装が決まったと聞き、ようやく入室を許されたオリヴィエ兄様がそんな酷いことを仰います。

 私はぷっと頬を膨らませて、睨みました。


「それでしたら、わざわざスキルを得なくても間に合ってます」

「あくまでも【病弱】さ……。『どんな大病に見舞われても、病に連れ去られることはない』というのを望みたいね」

「願うのでしたら、【健康】のスキルを願って下さいませ」

「それは望み過ぎな気がしてね……。せめて、妹を喪う不安だけでも無くなってくれれば、安心できる」


 どんな顔をして良いのか解らず、拗ねた振りでそっぽを向いてしまいました。

 そんな子供じみた私の髪を軽く撫で、兄は自分の支度に戻ります。

 私も自分のすべきことをしないといけません。

 ベッドの中で少し眠り、パーティーを途中退場しないように身体を休めるのです。


☆★☆


 お昼を過ぎると、徐々に馬車の数が増えて参ります。

 クレッシェン伯爵家をはじめとした、近隣に領地を持つ貴族の皆さまが、私の誕生日を祝うために集まってくださるのです。

 こんなに名誉なことはありません。

 お行儀が悪いと叱られましたが、先程窓から覗いて見た時には、ちょうどクレッシェン家の嫡男、ジェラルド様がお着きになった所でした。

 こんな私を『婚約者に』と望んで下さっている事を、聞かされております。

 小さな偶然に、これも御縁では……と、一人頬を熱くして、セシルにからかわれてしまいましいた。

 セシルは、ときどき意地悪ですっ。

 もちろん今は心を沈めて、控室で待機しております。


「おめでとうジュスティーヌ。我が自慢の娘よ……そなたが今日の日を迎えられたこと、嬉しく思うぞ」

「不安に思う事はありません。……固有スキルは、あなたの人生の道標です。たとえ思わぬスキルを授かっても、それは必ずあなたの為になるのですよ」


 エスコート役の父、パトリックと、母のカトリーヌは、緊張気味の私にそんな言葉を下さいます。

 どちらかといえば、私よりも車椅子を押してくれるセシルの方が緊張しています。

 控室の扉が開かれ、今日の主役である私たちが入場します。


「ファウンテン子爵家当主パトリック・ド・ファウンテン及び、その第一夫人カトリーヌ・ドゥラ・ファウンテンという御両親のエスコートにより……本日十五歳の誕生日を迎えたファウンテン子爵家令嬢、ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン嬢の入場です」


 盛大な拍手と、美しい楽団の調べに乗ってホールの中央へ進みます。

 空色と白を金糸の刺繍で飾った法衣を纏った至高神の司教様が、優しい眼差しで迎えて下さいます。

 この世界では、貴族は名誉と誇りを重んじる至高神様を、平民は収穫と実りを誘う豊穣神様を信仰しているのが常です。

 私はしっかりと自分の脚で立ち、ゆっくりと歩いて、設えられた祭壇に飾られた至高神様の意志とされる聖剣に触れます。


「ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン……本日、十五の時を迎えられたこと、偉大なる至高神に仕える者として、祝福を与える」


 司祭様の声が、荘厳な響きとなって会場に広がります。

 誰もが敬虔な眼差しで儀式を見守っています。


「……ありがたく、お受け致します」

「至高神様より賜るお言葉が、そなたの将来への道標となるよう……」


 不意に言葉が途切れ、司教様の体がぼんやりと光っているように感じました。

 驚きましたが、儀式を止めて良いものか解らず、戸惑います。

 やがて、威厳のある言葉が司教様の姿を借りて、私に授けられました。


「奇矯な人生を歩む者、天空神の娘ジュスティーヌ・ラ・ファウンテンよ……。そなたの人生は三回拐さらわれるという不幸の後に開花する」

「嘘です! そんな事ありえません!」


 荘厳な言葉を遮るような叫び。

 誰もが眉を顰めてセシルを見る。


「ジュスティーヌ様のお身体が、三度の拐かしに耐えられるはずがありません! ただの一度でさえ、どうかと思っているのに……」


 この上なく信頼できる、私の健康状態なのです。

 家族をはじめ、私に近い方ほど深く頷いていらっしゃいます。


「……そこは謎だが、どうやら三回拐われる運命に耐えるらしい」

「ジュスティーヌ様が身罷る事がないというお言葉は、何よりです」


 セシルばかりでなく、家族の者が安堵の笑顔で頷いています。

 家族の安堵は何よりなのですが、私が三回も拐われてしまうという事態は、よろしいのでしょうか?

 少々、不安になってまいりました……。

 それに三度ですよ……三度も拐かされなければならないなんて!

 あまりのことに目の前が真っ暗に……いえいえ、まだ倒れるわけには参りません。

 私の【固有スキル】を教えていただいてませんもの!

 もう少し……もう少しだけ耐えるのです。


 ざわめきが静まるのを待って、司教様はゆっくり口を開きます。

 ……いよいよ、です。


「ファウンテン子爵家令嬢、ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン。その他の人生を導く道標となる、そなただけの【固有スキル】は……ん? 本当にこれで良いのか?」


 司祭様が口篭られております。……あまり不安にさせないで下さいませ。


「間違いないの……だな……【固有スキル】は、【床上手とこじょうず】だ!」

「ト、コジョーズ……トコジョ、ウズ?……それはどのような?」

「読んで字の如くだ。その能力は『ねやにおいて常に男性を満足させ、奮い立たせ、どんな逆境にも立ち向かう勇気を与える』である」


 その瞬間、私はあまりのことに気を失ってしまいましたから、ここから先は、後にセシルに伺ったことです。


 一瞬の静寂のあと、堪えきれない笑いが会場に溢れたそうです。

 ふと我に返った司教様が、お厳かにもう一度、私の固有スキルを発表したものだから、会場は爆笑の渦に包まれたのだとか。

 激怒した父は、司教様を睨みつけて叫びます。


「司教様は、まだ寝ぼけてらっしゃるようだ。今すぐお帰りいただき、休ませなさい!」


 母は泣き伏し、兄はなにかの間違いだろうと司教様に掴みかかり……。

 ジェラルド様はご両親に引き摺られるようにして、会場を去ったとのこと。

 倒れかけた私は、見事な手並みで車椅子に着席するように乗せたセシルに導かれ、カーテンの影に匿われていたらしいのです。

 こんな混乱の中、誕生パーティーなどできようがありません。

 その場で中止となり、騒然とした会場は、あっという間に無人になったそうです。


 それでも、国王様への連絡は行われたようで、この日から私は一生

【床上手】のジュスティーヌの名乗りを、上げざるを得なくなったのです……。

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