第二話 駄洒落で運命を回避しましょう
あの夜から三日三晩、私は泣き暮らしておりました。
いくら何でもあんまりです。
未だ
その予言は、私の貞操を踏み躙るものではないでしょうか?
ましてや、私に与えられた【固有スキル】は、【床上手】などという破廉恥なものなのですから!
きっと間違いではと、翌日に国王様の公示を確かめたところ、はっきりと【床上手】ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン子爵令嬢と記されており、私は再度気を失ったのです。
その上、しっかり流行していた肺炎をも患い、また死にかけた程です。
「ジュスティーヌ様がどんな大病を患っても、もう安心していられるので助かります」
侍女のセシルは、私が高熱で苦しんでいても心配する素振りも見せないのですよ?
私がこんなに辛いというのに。
「ジュスティーヌ様の病弱も家族のお墨付きですが、三度拐われて、人生が花開くまでは身罷ることはない。これは至高神様のお墨付きですもの」
私が悩んでいる予言も、家族の者にとっては一部朗報のようなのです。
いつ病に奪われるかと不安であった私が、身罷ることはないと断言されたことが嬉しいのだとか……。
生きていてくれるのが、何より。
そう言っていただける気持ちもわかるのですが……当事者としては……。
ようやく平熱に戻り、お茶を楽しんでいるとお兄様に誘われました。
階段を上がるという事なので、大騒ぎ。
私を支えながら階段を上がるよりは楽であると、階段に板を渡して車椅子を押し上げるのですから、皆さん大変です。
お荷物の私としては、バランスを崩さぬようジッとしてるのが仕事です。
二階へ上がるだけでも大変なのに、目的地は三階の物置部屋だとか。
皆さんに持ち上げてもらいながらも、私は生まれて初めての三階に興味津々であったのは内緒です。
もっとも、到着した物置部屋には季節のものとかが仕舞われてるだけで、私の興味を引くものはなかったのですけどね……。
「さあ、ジュスティーヌ。これをここで割ってみようか?」
お兄様は悪戯っぽく笑いながら、古いお皿を差し出します。
私がきょとんと目を丸くしていると、胸を張ってセシルが補足しました。
「ジュスティーヌ様、これで『さんかいさらわれる』という予言をクリアできるかも知れません」
「それはいったい……さんかいさらわれる……ここは三階、それはお皿……。ハッ! 三階、皿割れる!」
「念のため、皿も三枚用意してある。……三回、皿割れるでも問題なしだ」
本当に問題なしなのでしょうか?
至高神様の予言を、そんな駄洒落で……。
何か罰が当たったりしませんでしょうか?
お兄様とセシルの笑顔を見ると言い出しづらいのですが……。
「あんな悪趣味な予言とスキル……駄洒落程度で充分だ」
お兄様も内心、かなり怒っているようです。
できれば笑い飛ばしてしまいたいと思う私も、その提案に乗りましょう。
大きなお皿を両手で持ち、頭の上で振りかぶって……思い切り床に叩きつけました。
ボテッ! ……コロコロ。
あぁ、何という事でしょう。
私、自分の非力さを甘く見ておりました。
力一杯叩きつけたのに、お皿が割れてくれません!
自分の不甲斐なさに泣きそうになり、お兄様に訴えます。
「お兄様……お皿が割れません……どうしましょう?」
「大丈夫だ。その可能性も考えて、裏庭に誰も立ち入らぬよう申し付けてある」
さすが、お兄様。
私のことを良く理解してらっしゃいます。
物置小屋の窓を開けて、ここから投げ落とすようにと。
勢いで私まで落ちないように、抑えてくれるのはセシルの役目です。
「えいっ!」
フラフラと投げたお皿は、屋根の上を滑りながら落ちていきます。
そして……暫くして、確かにお皿が割れる音が聞こえました。
「お兄様、割れました! 私にもお皿が割れました!」
「やったな、ジュスティーヌ。さあ、あと二枚頑張ろう!」
「はいっ!
気を良くした私は、同じようにお皿を振りかぶり、あと二回繰り返します。
ちゃんとできました。
私にも三回、お皿を割ることができたのです。私でも『
私は誇らしげな顔で、皆様に一階まで下ろしていただき、大満足で自分のお部屋に戻りました。
そんな風に、子どもたちが駄洒落で事態を打破しようと考えていた頃──。
お父様は陰ながら、大変苦労していたようです。
王様の公示で、私のスキルは国内のすべての貴族が知る事となって……多くの貴族から、嫁入りの打診が寄せられたのだとか。
嫁入り話は嬉しいのですが、決して喜べなる内容でないのは容易に想像ができます。
第一夫人はおろか、第二夫人の話すらなく……ほとんど愛人同然の扱いであるとか。
中でも、好色で名高い辺境伯様などは、言葉を飾る事すらせず
「公示によると【床上手】などという、楽しげなスキルを授かった娘がいるそうではないか? 第三夫人の座をくれてやるから、味見をさせろ」
……などと、身分差を嵩にきた要求をなさる方もいらしたようです。
私の貞操を何だと思っているのでしょう?
乙女の肌身を、試飲用のワインと同じように扱うなんて……。
後で聞かされて、私も泣きたくなるほどでした。
お父様は苦虫を噛み潰しながらも、同身分以下の方には素気なく、身分差のある方にはことさら丁寧に、どうにか総てお断り下さったそうです。
周辺貴族の方々との付き合いは、とても大変なのですね……。
お父様の酒量が増えたのは、親不孝なスキルを授かった私のせいです。
☆★☆
私の誕生日に端を発した騒動も、ひとまず落ち着いた頃──。
その夜の私は、珍しく浮かれていました。
緑豊かな季節を過ぎ、暖かな夜が増えてきたということで、私にも新しい夏物の夜着が用意されたからです。
肌が透けがちになのは恥ずかしいのですが、淡いシルクの生地はなめらかに滑って、素肌に心地良くて、この日を待っておりました。
「ジュスティーヌ様、ダンスでも踊りだしそうですね」
「セシルがお相手してくださる? 足運びを教えて差しあげるわ?」
そんな風にはしゃぐ私を、宥めながらベッドに座らせて……
セシルと私は、異変を感じて振り向いたのです。
部屋から出ることが少ない私を慰めるように、私の部屋はたくさんの窓から外の風景を楽しめるようになっています。
その窓が全て、真っ赤に染まっていたのです!
赤黒くも、淡くもない、原色の赤……。
そして、バルコニーに続く窓に痩せた人影がありました。
「どなたですか? ここがジュスティーヌ姫様の寝室と知っての事ですか!」
私を後ろにかばいながら、気丈にもセシルが言い放ちました。
それを受けて、真っ赤な背景に立つ黒い人影は、大きく左右に手を広げます。
纏ったマントが翻るとともに、全ての窓ガラスが砕け散りました!
お父様っ、修理代が大変ですっ!
「……創造神が自ら、運命を告げに来た娘がいると確かめに来たが。……なるほど、これは珍奇な運命の娘らしい」
男……そう男は、細く、退廃的な声で気取った節回しの言葉を綴る。
黒い夜会服に身を包み、裏地が真紅の漆黒のマントを靡かせる。
銀糸の髪をピタリと撫でつけ、背の高い痩せた身体でゆっくりと歩み寄ってくる。
血のように赤い瞳と唇。顔色は血が流れていないように蒼白かった。
「ジュスティーヌ様……私……ジュスティーヌ様より顔色の悪い方を初めて見ました」
震える手で私を庇いながら、セシルが呟きます。
今この時に疑問に感じるべきは、そこではないと思います。
……身体の震えが止まりません。
その姿を確かめれば確かめるほど、幼い頃に私を怖がらせようと、お兄様が読んで下さった本を思い出してしまいます。
夜空を自由に舞い、乙女の寝室に忍んではその生き血を啜る魔物。
──
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