黄昏の王国編
第四話 黄昏の王国編開始、人外になって快適な私
コップ一杯のお水を飲み、ハンカチで口元を拭って、何とか人心地つきました。
ルードヴィヒ公爵様はともかく、セシルまで残念な目で見るのはやめて下さいませ。
「乗り物に弱いのは存じてましたが、ジュスティーヌ様は高所恐怖症でもあられたのですね……」
仕方ありません。私も初めて知りました。
生まれて初めて空を飛び、空から街を見た時、石畳の一枚一枚に吸い込まれそうな気がしましたもの……。
その恐怖と馬車にも乗れぬほどの乗り物酔いの不快さもあって、お空の上からエロエロと……。
子爵令嬢らしからぬキラキラをばら撒きながら、ルードヴィヒ公爵様の居城である『黄昏城』まで運ばれてまいりました。
黄昏城はファウンテン子爵家の屋敷など恥ずかしくなるくらい大きく、歴史のある居城です。
壁にかけられた松明や、シャンデリアの蝋燭は燃え尽きることなく、玉座の間を照らしているのだそうな。
重厚な石造りの玉座の間、緋毛氈の上に片膝をついた私は襟元を開きます。
右肩を露わにしながら、首筋を晒します。
心を決めた以上、ここで抗うような見苦しい真似はいたしません。
背後より、ルードヴィヒ公爵様が近づきます。
「ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン子爵令嬢よ……。我が眷属となれ……」
「んんっ……ぁああ…………」
鋭い犬歯に若い柔肌の張りが一瞬抗い、貫かれてしまいます。
父と母に頂いた身体に傷をつけてしまった後悔が、そして私の中の熱が奪われていく……。。
身体が冷たく凍りつき、冷ややかな凍土から、生命と心が浮かび上がって。
その心地良さと罪悪感の間を
日常的に悩まされていた気怠さが無くなり、むしろ爽快さを感じていることが後ろめたいです。
「くっ……くぅ…………」
公爵様は、メイド服の肩口を開いたセシルの首筋に牙を立てています。
あの活き活きとした薔薇色の頬が血の気を失い、蒼醒めて行く様には心が痛みました。
でも、セシルはそんな私に微笑みさえしたのです。
すべてが終わり、立てずにいる私達のために、公爵様は人を呼びました。
「メアリージェン……この二人を客間に。身体が馴染むまでに数日かかろう」
レースやフリル、花飾りで飾られた漆黒のドレスを纏った少女が、柱の陰から現れ、私達を支えてくれます。
二人を同時に支えながら、金髪を巻き毛にした少女は微笑みました。
「私はメアリージェン……お二方のお世話をさせていただきます。バンパイアニース……格式で言えば、お二人のひとつ下の子爵となりますので、お気遣いなく」
バンパイアドーターとなった私達は、伯爵となるようです。
どうしましょう? 私……お父様より格が上になってしまいました!
☆★☆
口に含むだけで解ってしまう、ボドール伯爵領産の赤ワインの芳醇さ。
おそらく、軽く炙っただけの牛のステーキも高級牛でしょう。
五日後……ようやく身体が馴染んだ私達は、公爵様に招かれて夕食を共にしております。
メアリージェンの仕立てさせた、私は緋色のドレスで。セシルは頑として譲らず、最高級シルク地のメイド服というスタイルです。
セシルがしみじみと、
「ジュスティーヌ様が牛のステーキを口にしてらっしゃるなんて……。肉といえば、消化の良いようにとろとろに煮込んだ鶏の胸肉しか口にできなかった方が……夢のようです」
と感激してるのは、大げさ過ぎます。
……まあ確かに、
なんと与えられた客間からここまで、誰の手も借りず自分の足で歩いて来られました。
これも私史上、初めての快挙です。
実は私は、吸血鬼向きの人間だったリするのでしょうか?
「ジュスティーヌが、思っていた以上に快適に過ごせているようで何よりだ」
ワインを楽しみながら、
彼女は十三歳の時に一族に加わったそうですが、とても気が利く良い子で、密かにセシルがライバル視をしているようです。
うっかり、公爵様少女趣味疑惑を口にしたら、彼女に怒られてしまいました。
メアリージェンが最年少で、私がその次……他の眷属たちはそれなりに、妙齢で眷属入りしているのだそうです。
「この城は、静かで過ごしやすいですね」
「今はまだ理解できぬだろうが、静寂は退屈と同意の言葉だ……。もっとも、ジュスティーヌがこの城にいる以上は、退屈とは無縁になりそうだが」
「私は、そんなに騒々しい運命にあるのでしょうか?」
「……平穏という言葉とは無縁に思える。 具体的にどうというのは、それこそ神のみぞ知るだが……先を知れる人生などつまらぬであろう」
じっくりとワインの香りを味わって、御父様が笑います。
メアリージェンによると、これほど楽しげな御父様も珍しいそうです。
彼女が奥に控えたまま、共にテーブルについていないことを少々寂しく思います。
「そうまで言われてしまうと、不安になるのですが……」
「独りならともかく、セシルが共にあるなら乗り切れよう。そなたらの波乱万丈の行末、それを餌に退屈しきっている我を、創造神が引っ張り出したのだ……。心ゆくまで楽しませてもらおう?」
「ご期待に添えると良いのですがっ」
唇を尖らせて、ワインをぐいと煽る。
十五歳になって、王国法でもお酒を飲める年齢とはいえ、乾杯時に舐める以上の飲み方も初めてです。
酒精がほんのり喉を灼き、久々に身体の存在を感じられました。
「直近のことは想像できるが……聞きたいかね?」
「気持ちの準備くらいはさせていただけたら、と思います」
「ふむ……我が眷属には、そなたら以外に娘が三人いる。今はそれぞれ居城を構え、独立して支えてくれているがな……」
自分たち以外にも、バンパイアドーターが三人もいるという。
御父様の言い方からしても、かなり有能な姉妹たちであろうと想像できる。
「新しい姉妹の誕生に、アレらが大人しくしているとは思えぬ」
「一番下の妹になるのです、姉を立てる所存でおりますが?」
「我が眷属の姉妹たちの長幼は、過ごした日々の長さで決まるものではない。己の能力を示し、己より劣るものには決して従おうとはせんよ」
「……姉妹たちと争えと?」
「新たな姉妹が加われば、新たな格付けが必要となろう。他の姉妹も、昨日までの格付けに満足するとは思えぬ。……昨日までの姉を下に置く機会と、爪を研いでおろうよ」
「私……
「殴り合いだけが争いではない……。女には女の争いがあるのだろう?」
そうは言われても、ほとんどベッドで過ごしていて、女としても、人としても味噌っかすであった私に、戦いなど挑まれても困ります。
顔に出ていたのでしょう、御父様が楽しげに頬を緩めます。
「ジュスティーヌは不安そうだが、セシルはやる気だぞ?」
「本気なのですか、セシル?」
「ジュスティーヌ様を人の風下に立てるようなこと、許すわけには参りません」
「私には何の力も無いこと、セシルが一番存じているでしょう?」
「ジュスティーヌ様の一番の武器は、私がよく存じてます」
私の問いかけに、セシルは自信たっぷりに微笑みます。
途端、大きな雷鳴が轟きました。
「待ちきれずに、もう現れたか……」
御父様が視線を投げた先に、紫色のドレスを纏った貴婦人が立っていました。
蜂蜜色の髪を高く結い上げ、口元に黒子のある赤い唇が微笑みます。
残念ながら、その赤い瞳はとても友好的には思えませんでした。
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