第五話 勢ぞろいバンパイア姉妹(ドーターズ)
「クラウディア……訪問の際は先触れを出すのが礼儀と教えたろう?」
御父様はステーキを切り分けながら、のんびりと問いかけます。
クラウディアと呼ばれた
「訪問ではなく、帰宅ですもの。……長女の帰宅を無下にする方がいらっしゃるの?」
ついと視線を流されて、目が合ってしまいます。
同性であっても胸を騒がす妖艶さと、冷ややかさ……。私はあまり歓迎されていないようです。
「お邪魔でしたら、私は席を立ちますわ」
「私が招いたのは君とセシルだよ、ジュスティーヌ」
「そう……新しい姉妹はジュスティーヌと仰る方なのね?」
「……私もおりますが?」
場の空気を読まぬように、平然とセシルが口を挟みます。
露骨に眉を顰め、クラウディアが言い捨てる。
「メイド風情に、殊更話す言葉もありませんわ」
「ええ……私はジュスティーヌ様付けの侍女ですが、同時に御父様の五人目の娘……伯爵の一人でもあります」
「……でも、メイドでしょう? 人に仕える者に敬意を払う理由は無くてよ?」
「礼儀の作法に適ってない所作からしても、出自が知れますよ。……過去はどうあれ、今は同じ立場にいるのです、私達は」
ギリッという歯噛みの音が聞こえたような気がします。
セシル、わざと喧嘩を売ってますよね?
激しい睨み合いは、吹き抜けた一陣の風によってかき消されます。
「ふふふっ……クラウディア姉様は古い身分に拘りすぎるからね」
「
十六夜と呼ばれたのは、長く艷やかな黒髪を靡かせ、ガウンのような白絹を纏った女性でした。
長弓を片手に、涼やかな足取りで近づいてまいります。
「私としては、御父様に呼ばれるのを待っていたのだが……。クラウディア姉様が出立されたと知って、後を追った次第。……その内に、ドロレスたちも来るのでは?」
「もう参りましてよ……十六夜様」
霞ががった靄の内から、十人程の女官に囲み守られた小さな影が現れる。
羽根扇で口元を隠し、黄白色のドレスを纏った少女。
思わず私はメアリージェンの姿を探します。
まだいたじゃない、ちっちゃい子! やはり御父様少女趣味疑惑が……。
察したのか、ふと隣に現れたメアリージェンが耳打ちしてくれる。
「ドロレス様はお小さく見えますが……眷属に加わったのは十八歳の時です。外観はともかく、セシル様よりも年長になります」
見た目はメアリージェンよりも年下っぽいのに……。
年齢の問題なのか、外観の問題なのかと悩んでいる内に、姉妹は火花を散らします。
「クラウディア姉様、抜け駆けはずるいです……と、ドロレス様は申しております」
「そのくらい自分で言いなさい! ドロレスの悪い癖です」
「クラウディア様とドロレス様では、育ちが違いますので……あしからず」
羽根扇越し小声で囁くのを聞き取って、女官が言い放ちます。
ドロレス様自身は私同様、戦闘力が皆無な雰囲気ですが、女官たちが百戦錬磨の働きで守ってきたのでしょう。
生まれ育ちにコンプレックスのあるらしいクラウディア様をネチネチ責め上げています。
言い争いは得意な者同士にと判断したのか、十六夜様が私に微笑みました。
「挨拶が遅れてしまったね……。私は十六夜。遙か東方の国で領主の姫とされていた。今はこの黄昏の王国の軍備を担当している」
十六夜様によると、クラウディア様は財政を、ドロレス様(女官を含む)は内政を受け持っているそうです。
私にできる仕事はあるのかと、少々不安になってしまいます。
「やはり、ジュスティーヌといると退屈はしないようだ」
ワインを召しながら、御父様は楽しげに笑ってらっしゃいます。
でも、この状態は私のせいではないと思うのですよ……。
私達が姉妹に加わったことが原因だと言われれば、それまでなのですけど。
ポヤポヤしている私に、セシルが耳打ちします。
「ジュスティーヌ様、十六夜様にご注意下さいませ」
「なぜ? 穏やかでお優しい方のように感じますけど……」
「自然に庇護の立場を取ることで、ジュスティーヌ様を自分より下に止めようとしています。この場で、最も危険な動きをなさってる方ですよ」
「良い従者が付いているようだ……」
目線の動きで察したのか、十六夜様が肩を竦めます。
今までの行動が意識的……さっと肌が泡立ちました。
やはり私は、争いに向いてません。
それはそうと……。
「ねえ、メアリージェン」
「……なんでしょうか?」
「姉妹たちのように、登場の際に雷鳴を鳴らしたり、霧を纏ったりと……私もできるようになるのでしょうか?」
「練習は必要ですが……とはいえ、今の状況でそこですか? ジュスティーヌ様」
「呼び鈴やノックよりも、すぐに誰か解って便利そうだなぁと……」
「礼儀作法も大事ですよ。……セシル様に叱られても知りませんから」
クスクスと笑いながら、メアリージェンが答えてくれる。
今気が付きましたが、いつもは御父様と同じ漆黒を纏っている彼女が、今日は何故か緋色のドレスを纏ってます。
ちょっと新鮮で、いつもと違う艶やかさが加わり素敵です。
そんな彼女に目を留めて、ドロレス様が女官に囁きました。
「おや? メアリージェン……御父様にベッタリで、常に中立を守っていたあなたが緋色を纏うなんて、そのジュスティーヌ様に付くと決めたのですか? ……とドロレス様が申しております」
ドロレス様(女官)の言葉に、姉妹たちの視線を向けられたメアリージェンは、スカートを摘んで優雅に一礼しました。
「たかだかニースに過ぎない私のことなど、ドーターのお姉様方が気にする必要もございませんでしょう?」
「この気取り屋の小娘の取り巻き女官を筆頭に、ニースとはいえ看過できない者もおりましてよ、メアリージェン」
女官たちのヒートを煽りながら、器用にクラウディア様がメアリージェンに詰め寄ります。
その判断は十六夜様も同じらしく、珍しくクラウディア様に同調しました。
「君一人の判断なのか、それとも御父様の肩入れがあるのか。気になるね」
「御父様が楽しげにジュスティーヌ様を見ておられるのは確かですが、それは皆様が眷属入りをした時と同じでしょう? これは私個人の判断に過ぎません」
どうやら私が思っている以上に、メアリージェンは重要人物らしいです。
よく気の利く、可愛らしい
それに、ドレスの色が支持する方を示しているのですね。
確かに、ドロレス様の女官たちは皆、黄色を基調とした服装で統一されています。
私と時を同じくして、セシルも気づいたのでしょう。何やら、メアリージェンにお強請りをしています。
「セシル様も仕方のない方ですね……ですが、お気持ちは理解できます」
苦笑しながら、セシルの肩の上で指を鳴らします。
一瞬にして、セシルの濃紺のメイド服が緋色の
思わず、セシルも満足そうなサムアップで応えます。
「ふむ……無防備そのものに見えるが、何がメアリージェンまでをも惹きつけるのか」
十六夜様の見定める視線が痛いです。
私にだって、何がどうしてどうなっているのか解っていないのですから。
「思っていた以上に状況が動いているようですね……。一度居城に戻って、策を練り直します。御父様、姉妹方失礼致します。……と、ドロレス様が申しております」
女官の口上と共に、霧がドロレス様を包み込み消えてゆきます。
十六夜様も爽やかな風を呼びました。
「どうやら、今回は一筋縄では行きそうにないな……」
「今回も勝ち上がる手段を探して参りますわ!」
一瞬の雷光に、姉妹たちの姿は夢のように消えました。
後には戸惑うだけの私とセシル。
そして楽しげな笑みを浮かべる御父様とメアリージェンだけが残りました。
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