第六話 月蝕城でのお勉強会
前略、私はお城を頂いてしまいました……。
月蝕城と申しまして、実家よりも大きなお城です。
爵位に続いての父親越えは、親孝行でしょうか? 親不孝でしょうか?
「セシル様は不要と申しておりましたので、御父様の黄昏城を等分に囲む三つの城の位置をずらして、新たに築城いたしましたジュスティーヌ様の城です」
ニッコリと微笑みながら、メアリージェンは軽く流してるけど……。
今、お城をずらして造ったって言ったよね?
そんな事、簡単にできるものではないでしょう?
「御父様には容易いことです。……伯爵様たちの城は、等分に配置しなければ不公平になってしまいますから」
緋色に変えたドレスを嬉しげに揺らして、くるりとステップ。
なぜ、この娘は上機嫌なのでしょう?
思ってた以上の重鎮っぽいのに、ずっと御父様に付いて他者を支持することがなかったと聞いたけれど……見た目は幼い少女なのに。
「そうそう……ジュスティーヌ様。実家にお手紙は出されますか?」
「できるんですか? そんな事」
「私ではなく、ジュスティーヌ様の能力でできます。コウモリ便の練習がてら、いかがでしょう?」
いきなり
でも、人外の仲間入りした方が体調が良く快調だとか……御父様以上の爵位とお城を戴いて、セシルに加えて、可愛らしいお付も増えて幸せです……とか。
自分で考えても、脳天気過ぎる内容にしかならないのですよね?
とりあえず、当たり障りのないように……。
「ジュスティーヌは、不自由なく過ごしております。セシルも一緒ですので、生活面に不安はありません。
こちらの水が合ったのか、意外に健やかに過ごしております」
とだけ書いた手紙を封筒に入れて、セシルの準備した封蝋をして、コウモリさんを呼んでみます。
教わった通りにしたら、緋色の派手なコウモリさんがひょっこりと。
言われるままに住所を念じて、空に放ちます。
私にもできました!
セシルと、メアリージェンが拍手してくれたので、少し得意げです。
笑わないで下さいね。人並みのことをできるのって、私には珍しいことなのです。
「では……少し、御父様の王国についての勉強会を致しましよう。この人数ですので、執務室で充分ですね」
華美になり過ぎぬように、絵画やタペストリーの飾られた廊下を静静と進みます。
城の調度は、セシルとメアリージェンの合作だそうです。
居心地の良さは、そのためですね。
あまり他の者の姿が見えないのは、私を驚かさないようにとの配慮だとか。
そう聞くと、他の皆さんが気になってしまうのですが……。
執務室は、書斎と言った方が良いくらいの本に囲まれた洋室です。
窓際の一際偉そうな大きな机は私の席らしいのですが、今日は応接セットの大テーブルを使うので、そっちでなくて一安心。
それぞれが大テーブルを囲んだソファに座り、お茶ならぬ吸血鬼の嗜み、ホットチョコレートのカップを配り終えると、セシルがメアリージェンに問います。
「その前に教えて、メアリージェン。他の姉妹たちにも一目置かれているあなたは、いったいどういう立場なの?」
「特別な力など無い、普通のバンパイアニースですよ? ……ただ、古株というだけ」
「古株って……あなたはいつ、御父様の眷属に?」
一呼吸置いて、メアリージェンは私とセシルを見つめます。
そして、艶やかに微笑んで誇らしげに答えました。
「私は……御父様の一番最初の眷属です。まだ御父様が伯爵であった頃のことですから、私はドーターではなく、ニースなの」
停止年齢最年少にして、吸血鬼年齢最年長ですか……。
一番幼気なのに、最長老って……吸血鬼ならありえるとはいえ、思考が追いつきません。
つまりは、私達にしてくれているように、他の姉妹たちが眷属になった際の世話も焼いていたのでしょう。
俗に言う……昔、おしめを替えてやったことがある。ですね。
これは、逆らいづらい相手です。納得しました。
「さて……私のことはこれくらいにして、御父様の王国のこと、他の姉妹たちの仕事のこと、この王国を取り巻く状況のこと、軽くお教えいたしましょう」
メアリージェンが招くと、テーブルの上に羊皮紙の古い地図が広がります。
私も実家で学習の際に見たことのある、大陸全図。
ただし、魔族領地入りの完全版ですね、これ。
予想通りというか、当たり前というか……御父様の王国は、魔族の領地である黒の森にあります。
初めて知ったのは、すでに新たに魔王とされる存在が、勢力を集め始めていること。
これはまだ、人族には知られていないことです。
もっとも、魔王軍と
「自ら力を振るうのは面白味がないでしょう? 人族が勝つか、魔族が勝つか。……どのような手段で勝利を収めるのか? 予想のできない楽しみとは、そういうものです」
それは、魔族にとっても同じことのはず。
参戦せず、ただ成り行きを見極める傍観者……それがノスフェラトゥ。
「前回の大戦で、調子に乗った人族が御父様の王国にまで攻め入ってきた時には、もちろん火の粉を振り払いましたけど……」
少し遠くを見るように、メアリージェンが長い睫毛を伏せます。
「……その分、屈強な兵が御父様のお王国に増えましたわ」
ですよね……。
ノスフェラトゥですもの、倒した兵は眷属にして取り込んじゃいますよね?
人族の記録に残っていないのは、思い出すのも憚られるからなのか? それとも、思い出す者もいなくなる全滅状態だったのか?
不干渉とはいえ、領地を接する以上は貿易などの国交はあるようです。
安定した領地と、疲れを知らぬ農奴の存在故に、農業、酪農業などを生産して、魔王領に輸出したり、あちらが略奪してきたワインを仕入れたり。
経済面では、お互いに助け合っているのだとか。
そういった内政や、外交を主にドロレス様&女官ズが取りまとめ、国内財政の管理をクラウディア様が、ノスフェラトゥ軍の整備や、編成、指揮を十六夜様がお執りになっていらっしゃるとか……。
はて、そんな中で私の役割なんてあるのでしょうか?
「今のところは、お父様が退屈せぬよう騒がせるのが、ジュスティーヌ様の一番のお仕事でございます」
「私は望んで騒がせているわけではないのですが……」
不本意ですと、言葉の代わりにホットチョコレートを啜る。
ワインよりは、こちらの方が私に合うようです。
寝起きに一杯飲めば、もう食事をせずに済みますし……本当に便利です。
「争えといっても、御父様も殺し合いを命じられてるわけではありません。何しろ皆
「政治闘争、マウンティング合戦……女の闘いですか。やりがいがあります」
やる気満々なのは、もちろんセシルです。
私としては、争うより仲良くしたいのですけど……。
それでは、いざという時の命令に不備が生じやすい……味噌っかすでも女の端くれなので、一応理解できてしまうのが残念ですね。
不死でも、女は群れる生き物ですから……群れにリーダーは必須なのです。
とても自分には向いてないことも、同時に理解できてしまうのですが……。
「では、ジュスティーヌ様……」
「まずは、どこから攻めましょう?」
乗り気の二人は、目を輝かせて詰め寄ります。
とは、言われても返事に困りますよ。
さすがに弱気なことも言えないので……。そうですね……。
「まずは守りを固めましょうか……。この月蝕城を本当の意味で私の居城にしましょう」
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