第三話 早くも拐われポイント①が追加されました 

 血のように赤い瞳が、見定めるように私を見つめます。

 身体の震えを抑えつつ、私は尋ねました。


「私がファウンテン子爵家令嬢ジュスティーヌです。私にどのような御用でしょうか?」

「名乗らずとも解る……。そなたの星は特別すぎるのでな……」

「私の星……ですか?」

「人なる者の運命は、星の導きによって左右される。……創造神に誘い出されるのは業腹だが、なるほど……これは面白い娘だ」


 吸血鬼バンパイアと思わしき紳士は、興味深く微笑んでいます。

 私の中に、一体何を見ているのでしょう?

 神様からも、魔物からも面白がられる、私の人生っていったい……。


「あなたを吸血鬼様……とお呼びしてよろしいですか?」

「間違ってはいないが、それでは話しづらかろう? 我はノスフェラトゥ不死の者一族の長、ルードヴィヒ。人の理とは違うが、公爵と呼ばれている……」

「では、ルードヴィヒ公爵様……あなたのその瞳に、私の星はどのように見えてらっしゃるのでしょう?」

「知らぬ方が楽しかろう……。意思が加われば、星も乱れる。先の知れた人生など、終わりのない生と同じくらい退屈だ」

「皆様に言われると、私は人生を楽しむ前に不安ばかりです」


 拗ねて唇を尖らせる。

 観客の立場ならそうかも知れませんが、実際にその珍奇と称される運命に翻弄されるのは、私なのです。

 この人一倍虚弱な娘に、本当に耐えられると思ってらっしゃるのでしょうか?


「程度の差こそあれ、命あるものの生に波乱は付き物であろう」

「そう仰いますが、人一倍虚弱な私の身体が、波乱に耐えられるかどうか怪しいものです」

「創造神が断言したのだ……。抜け道がいくつも用意されてるのだろうよ」

「……創造神、様? 私が啓示を戴いたのは至高神様では?」

「人間にはあまり知られていないか……。この世を創りし創造神、その下に至高神と呼ばれる天空神と豊穣神の夫婦神めおとしんが連なる」


 驚きました。

 至高神様よりも更に上位の存在がいらして、その神様が私に啓示を与えて下さった?

 それを肯定するように、セシルが納得顔で頷きます。

「確かに、依代でいらした司教様は啓示を与える際に、ジュスティーヌ様を『我が娘』ではなく『天空神の娘』と呼んでおられました」

「司教自身なら『至高神の娘』と、天空神が憑依していたなら『我が娘』と称しよう。『天空神の娘』と呼ぶ男神は、一人しかおるまい」

「本当に、創造神と称される神様がいらっしゃるのですね……」


 仰ることは確かなのですから、私も頷かざるを得ません。

 そんな事までご存知な、このノスフェラトゥの公爵様は、いったいどれだけの時を生きて来たのでしょう。

 明日の命にさえ脅えて暮らしていた私には、想像もつかないことです。


「公爵様は、それほど長く生きて来られたのですね……」

「不死の身になり、生命のくびきから解き放たれた。だが、その結果、今度は退屈という軛に囚われてしまう……。因果なものだよ……」

蒲柳の質で身体が弱く、明日にでも儚くなるのでは? と家族にも心配されている私には、贅沢な悩みです」

「だからこそ、人の定めというのは不思議なものだ……。まだ理解できないかな? ジュスティーヌ姫……。ノスフェラトゥの長である我が、訪れた意味を……」

「いけません! ジュスティーヌ様を人外の身に変えるなど!」


 私より早く、意味を解したセシルが叫びます。

 吸血鬼に咬まれた者も……吸血鬼となると、お兄様に読んでいただいた本に書いてありました。私は、本当に怖かったのです。

 しばらく、セシルに添い寝をお願いしなくては眠れなかった……。

 人の身で魔物になってしまうなんて、恐ろしい話です。


「では、問おう……強き随従の星に生まれし娘よ。人族と魔族、その差を除いた場合、我が眷属となるに生ずる不具合とは何か?」

「……それは、一般的に知られる吸血鬼伝承が正しいという前提ですか?」

「長き間に判じられし事。ほぼ正鵠を射ている」

「吸血鬼に血を吸われると、吸われた者も吸血鬼になり、血を吸わずに生きていけません」

「下級の眷属は、そうだ。……だが、バンパイアオリジンと呼ばれる我に血を吸われし者は、上位バンパイアであるバンパイアドーターとなる。

 上位種であれば吸血など、せいぜい年に一度程度の欲求だ。……この家の財力なら吸血などせずとも、メイド達から抜いた血を新鮮な内に得ることができよう?」

「日光を直接浴びると、灰になってしまうと聞きます」

「蒲柳の質であるジュスティーヌ嬢は、日中の散歩がお好きかな?」

「……十分程過ごすだけで、確実に立ち眩みを起こされます」


 恥ずかしながら、私……日傘を差しても、ベンチで休んでいてもそのような具合です。

 それ故、雨や雪の日は論外として、私の外出は暖かな時期、そよ風の薄曇りの日と厳命されています。

 陽の光を浴びても、灰になったりしませんけど……。


「薔薇の花に触れると枯れてしまう……と聞きますが、香りの強い薔薇はあまり好まれておりませんし……」

「銀の武器をか弱き子爵令嬢に向ける者もおるまい……。そして、大蒜ニンニクを嫌うというのだけは迷信である」

「身体と命の繋がりが薄くなるので、鏡に映らない……としても、ジュスティーヌ様の身の回りは私が致しますので、問題はありませんね……」

「セ、セシル……他に何かあるでしょう? まるで、今でも私の生活が吸血鬼と大差ないように思えてきてしまうじゃないですか!

 そうです! 聖印や、神様に関することは……ファウンテン家は敬虔な至高神様の信徒でしょう?」


 そう主張すると、セシルは申し訳なさそうに答えます。


「先日のジュスティーヌ様の誕生日以来……御当主様は、『娘にあんな巫山戯た事を言う神など信じるに値しない』と……」


 お父様、それはいけません……。

 その啓示を下さったのは、至高神様と違うそうですよ?

 本当に罰が当たってしまいます……。

 嗚呼……困りました。考えれば考えるほど、私の生活は吸血鬼になってしまっても、大きな問題が見当たりません……。


「顔色の悪さは大差なかろう……。その青い瞳は、少々もったいない気もするがな」

「ジュスティーヌ様なら、赤い瞳もお似合いになります。……コウモリや、狼などと意思の疎通が行えるというのは、本当でしょうか?」

「問題なく行えよう……」

「ジュスティーヌ様、お友達ができますよ!」


 セシルっ。それは私は家の者以外、お友達と呼べる方はおりませんし、欲しいです。

 でも、今ここで言わないで下さいませ!

 しかも、眷属になること前提で話してらっしゃいませんか?

 できることなら私は、同じ人間のお友達が欲しいのです……。

 同じ眷属のお友達……という考え方もありますけど……。


「利点は十五歳の愛らしさのまま、不老不死……ですね」

「その時点で生命が肉体への執着を失う故、肉体が活動をする意味がなかろう」

「空も飛べるのですか?」

「バンパイアドーターでも、身体を霧やコウモリに変えれば空も飛べよう」

「ほら、ジュスティーヌ様。夜空のお散歩も出来るようになりますよ!」


 どうしてセシルは、そんなに乗り気なのでしょう?

 もしかして、私の世話をするのが苦痛だったのでしょうか?

 そうであったとしたら、私は……セシルを自由にする為に人外に身をやつしましょう。


「セシル、あなたはもしかして……」

「勘違いをなさらないで下さい。ジュスティーヌ様にそう思われてしまうのは心外ですし、何より悲しすぎます……。

 ジュスティーヌ様が魔道に堕ちるときは、当然私もお供します。私以外の誰が、ジュスティーヌ様のお世話をするというのでしょう?」

「であるなら、セシル。……どうしてそう乗り気で魔道を勧めるのですか?」

「先程、公爵様が仰いました。 『抜け道がいくつか用意されているはず』と……創造神様の導きであれば、人外に堕ちたままとは考えられないのです。

 ジュスティーヌ様を生かす手立てと思えば、お縋りしたくもなりましょう?」


 ……そんなに簡単に縋ってしまって良いのでしょうか?

 人間をやめてしまう決断は、そんなに軽いものではありません。

 ……た、確かに生活はあまり変わりませんし、不老不死は魅力ですけれどもっ。


 その時、窓の外の赤い世界が消え、いつもの夜のお庭が戻ってまいりました。

 強引にドアが開けられ、お父様やお兄様、家の者たちが武器を持って入ってまいります。


「ジュスティーヌ、無事か!」

「なに……バンパイヤだと……銀の武器を持て!」

「さすがに時間を止めておくのも限界か……」


 ルードヴィヒ公爵様は、肩を竦めて微笑みます。

 そしてマントと共に、左右の手を大きく広げ私とセシルを抱き寄せました。


「では、ジュスティーヌ姫、セシル嬢……参りましょうか」


 公爵様の囁きに、私達の身体はふわりと浮き上がりました。

 そのまま一気に夜空へと駆け上がって行きます!


「あ~~~~~~~れ~~~~~~~~~~~~っ」


 私、ジュスティーヌ・ラ・ファウンテン。

 十五歳と一月にして、拐かされポイントが一になってしまいました。

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