第九話 月例姉妹会議 じわじわと……

 ふわりと花の香りが立ちます。

 歩む先に草花が芽生え、花々が咲く中を静静と二人を従えながら、今日の私は登場します。

 十六夜様の望月もちづき城の城門前。

 上手にできたようで、お出かけ用特別編成メイド隊が拍手で迎えてくれました。

 練習の甲斐がありました。


「ここが望月城ですか……。十六夜様らしい清廉なお城です」

「いろいろ見学をさせていただいて、参考にさせていただきましょう」


 竹林に囲まれた木造の城は、館と呼ぶ方が近しいかも知れません。

 メアリージェンが声をかけると門が開き、城内へ迎えられます。

 ハビューソーターの操る馬車はメイドたちを乗せて勝手口に向かいます。

 残る私たちは……飛んだ方が早かったりしますので。


「もう姉妹たちは集まっているようですね」


 馬車置き場に繋がれた馬車の紋章を確かめていた、セシルが眉を顰めます。

 新入りが最後に来たと虐めるほど、皆様心が狭くはないでしょう。

 私には必殺の「途中で熱が上がってしまい……」という虚弱アピールもありますし。

 姉妹の月次報告会などと言われても、自領の整備に忙しくて、黄昏の王国全体に関することなど、まだ何もしていないのですから。


 会議室に入室すると、ずらりと集まっています。

 四角いテーブルの上座の一辺に、十六夜様と官僚らしい白衣の吸血鬼バンパイアが二人。

 右には、おなじみのドロレス様&女官ズ。左にはクラウディア様が、なんとなくラテンな雰囲気の男性吸血鬼を侍らせて座っています。

 残りの一辺に憮然と立つハビューソーターに一礼して、私を挟むように左右の席にセシルと、メアリージェンが着きました。


「お待たせしました、お姉様方……」

「ずいぶんと、人族奴隷を買い集めているようだけど……寿命のある者ばかりでは、使い勝手が悪いのでは? ……と、ドロレス様が心配されております」


 おおぅ……今日の先制パンチはドロレス様でした。

 ニッコリと微笑んで、応酬のジャブはメアリージェンが放ちます。


「ジュスティーヌ様の体質は眷属入りしても、あまり変わりませんので……。セシル様に動いていただく為にも、まず先にジュスティーヌ様付けのメイドが必要だったのです。

 ご心配をおかけしましたが、ようやく領内の整備に着手できるようになりました」

「それは結構なことです。お困りがあれば遠慮なく申して下さい。……と、ドロレス様が申しております」

「その面倒な会話、何とかなりませんの?」


 長い爪で、イライラと机を鳴らしながら、クラウディア様。

 相変わらず、ドロレス様の女官経由のやり取りが癪に障るようです。


「その破廉恥な補佐役が気にならぬ神経であれば、問題ないでしょう……とドロレス様が」

「破廉恥とは何よ! 恋のいろはも知らぬお子ちゃまの分際で」


 女官の言葉をぶった切って、クラウディア様。

 でも、言われても仕方ないと思うよ?

 油で濡れた黒髪を額に垂らし、ラテン系の濃い顔立ちに口髭。おまけにブラウスシャツの前を開いて、胸毛を覗かせて……吸血鬼なので肌が蒼白いのが惜しいと思うくらい、キャラの濃い男性吸血鬼にしなだれかかっているんだから。


「あなたからも何か言ってやりなさい、アントニオ!」

「アモーレ……ボクの瞳には、君以外の女など目に入らないよ」

「あぁ、アントニオ……それは仕方のないことだわ」


 熱烈なキッスに目を丸くしていると、左右から目隠しをされました。


「ジュスティーヌ様には、まだ早すぎます」


 見た目は年下のメアリージェンに言われた……。実際の年齢はともかく。

 十六夜様が、さすがに大きなため息を付いて空気を変えます。


「私も例に漏れず退屈しているから、姉妹漫才を眺めるのも悪くないと思うが……。とりあえず、やるべきことを済ませてからにしないかい?」

「誰が漫才をしていますか!」

「漫才などしていません……と、ドロレス様が憤慨しております」


 ホスト役の一言に、バツが悪そうに皆居住まいを正します。

 タイミング良く、準備を終えたメイドたちがそれぞれの主に飲み物を配りました。

 うん、ウチのメイドたち目立ってる。

 しょせんは作業服と、お仕着せの紺のメイド服ばかりの中で、マイカラーの緋色は圧倒的に目立つし、キビキビとした動作に薔薇色の頬。

 嬉しさいっぱいにホットチョコレートのカップを配る姿は、嫌でも目を惹きます。

 十六夜様が何か言いかけましたが、プライドが邪魔してか口を閉じます。


 一度始まってしまえば、会議は思った以上にスムーズに流れます。

 実務的な話が多い為か、発言はほとんど補佐役からされますし、答える方もそう。

 あのアントニオですら、ただのイロモノではなく、きちんと業務を把握しているのに驚かされたり……。

 うちの領も現状報告として、職人街を始めとする街を作り始めたことなど、メアリージェンとハビューソーターから報告されます。

 まあ、他愛無いレベルでしか進んでいないので、軽く聞き流されてしまうのですが。

 水面下はわからないけど、表立った形での争いにまではまだ移行していない様子。

 気を抜いてミスると、がんがんマウント取られそうな空気はありますが、そこは皆さんソツが無いようで……。

 次回はドロレス様の三日月城で……と決まって、解散です。

 とりあえず、今夜……もとい、今昼は望月城に宿泊と、客間に移動します。

 見慣れぬ調度の部屋でも、見慣れた顔に囲まれれば気持ちも安らぐというものです。


「他所のメイドの皆さんは、顔色が悪いですね……」


 連れてきたメイドたちに、何か嫌がらせはされなかったかと聞き取りという名目のお茶会を開くと、皆第一声がそれでした。

 メアリージェンに訊いてみると、おそらく眷属入りは避けるために血を抜かれて、どなたかのお食事に当てられてる者と、爵位無しの眷属になってる者といるのだろうということ。

 そんな事を言うから、皆に懐かれてしまいます。


「ジュスティーヌ様は、メイドに求めるものが少々異なりますものね」

「血の気のない顔でモタモタ動かれるよりは、きびきびと動いて元気な方が気持ち良いと思うのに……」

「ジュスティーヌ様に仕えるようになって、私もそう思えるようになりました」


 意外なメアリージェンの褒め言葉に、メイドたちが「きゃあ」と歓声を上げてはしゃぎます。こんな姿を主人に見せるのも、ウチのメイドだけでしょうね。

 それは微笑ましい光景です。


「皆さん、何か不足している物や、忘れてきた物は無いかしら? あれば練習がてらに、私か、セシルがひとっ飛びして持ってきますけど……」

「さすがに恐れ多いですぅ……」

「良い機会ですので、ジュスティーヌ様たちには移動の練習をしていただきたい所です。今回は、遠慮はいりません」


 一番厳しいメアリージェンが、「むしろ何か見つけて頼め」的に言うので、メイドたちが顔を見合わせて、ゴニョゴニョと……。

 そんな中、挙手をしたのは望月城に友人がいると聞いて選抜メンバー入りした、追加要員からの抜擢のエリスです。


「あの……もしお手間でないのでしたら……ヴァイオレットさんのお作の『黄昏王国物語』の続刊の御本をお願いできませんでしょうか?

 こちらで働く友人が、続きがあるなら是非読みたいと……」


 私はにんまりと微笑みます。

 ふむふむ……望月城メイドの間では、新入りメイドが手に取れるほどポピュラーになっているのですね。

 ヴァイオレットさんの筆は絶好調で、月蝕城ではすでに第五巻が私の手を離れて、超特急で写本されている状態。

 第一巻だけ、前に巡回コウモリ便で各城に、メアリージェン名義でプレゼントしてあったりします。


「お友だちと、続刊の話はどんな風にしましたか?」

「えと……今は四巻まであって、だんだん内容が大胆な感じになってきて、みんなできゃあきゃあ言いながら読んでいると……」

「それに対して、お友だちの反応はどう?」

「お友だち以上に、先輩方の圧が強い感じでした……」


 しめしめ……じわじわ浸透してますね。

 いつになく悪い顔で私は、微笑んでいるのでしょう。メイドたちも共犯者の顔をしています。


「ジュスティーヌ様、三巻までお貸しすれば良いのではないですか?」

「五巻も写本中だし、四巻も放出しても良いかと思いましたけど……駄目?」

「四巻より、三巻の終わりの方が次への引きが物凄いですから」


 あはは……解ってらっしゃる。

 続きが気になるのに、次巻が無いのは辛いよね。既に月蝕城にあると知ってるのに。

 口々に「あのシーンで終わって、続きが読めないのは地獄」とか「私。ヴァイオレットさんに、次はどうなるのかって直接質問しちゃいました」とか言い合ってる。


 苛めっ子の心境で、私とセシルは続刊を取りに月蝕城へと飛びました。

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