第八話 セシルのお仕事 ~街を作ろう~

 セシルです。ジュスティーヌ様の侍女をさせていただいてます。


 ファウンテン子爵令嬢の侍女をさせていただくだけでも身に余るのに、いろいろな成り行きがあって、今は黄昏の王国の伯爵として吸血鬼バンパイアをさせていただいております。

 立場は変わっても、ジュスティーヌ様の侍女であることに変わりはありません。

 主人の手の届かぬ所をケアするのが、私の仕事です。

 それ故、今は馬車に揺られて領地に出ています。


 乗り物酔いの激しいジュスティーヌ様には難しく、まだ領地の施政が行き渡っていない状況ですので、メアリージェンは執務が大変です。

 甲斐甲斐しく働くメイドたちの目処が立ちましたので、私が動くことになりました。


「それにしても、人族メイドたちの賑やかさはどうなのでしょうな? 今日、追加で補充した者たちが目を丸くしていましたよ」

「ジュスティーヌ様の方針です。その為に、人族メイドを望まれてます」

「城に連れてくるまでは、いつ食い殺されるかと脅えていたのが、あの歓迎具合ですから……。私の方が驚かされましたよ」

「歓迎のお茶会は……やはり珍しいですか?」

「他の伯爵様では絶対に有り得ません」


 通商関係を指揮するバンパイアカズンのバグスが、隣で思い出し笑いをしています。

 普通ではないと私も理解していますが、ジュスティーヌ様にとってメイドたちは、単なる使用人ではないのです。

 長くベッドから離れられない主人をお慰めするのに、あの手この手と楽しませようとしていた、生まれ育った屋敷の同僚たちの献身を知ればこそ。

 一芸の無いメイドはジュスティーヌ様付けには採用されない。

 そんな噂が、信憑性を持って語られていたのですから。


「ジュスティーヌ様は、メイドは人を楽しませる術を心得ているものと思っておられますから。……その想いに応えられる者を揃えねばなりません」

「エントランスの肖像画も……その一環ですか?」

「もちろん。メイドの一人がメアリージェンの肖像を描いたのが気に入ったので、自分のと私のも描くよう依頼してました

「芸術的には……思うところもありますが……」

「ふふっ……芸術よりも、いかにもメアリージェンらしさの溢れる絵が、お気に召したようです。絵として美しいものより、本人らしさが大切とか」


 この道は主街道となっているはずですが、地面の凹凸が大きく、馬車が揺れます。

 とてもジュスティーヌ様を乗せることなどできません。

 石畳……できることなら表面を磨いたもので主街道くらいは、埋め尽くしたいものです。

 それと乗り心地の良い馬車の開発も……やることがたくさんあります。


「メイドにも色々といるでしょう。応えられないものは処分しますか?」

「まさか……領民が増え、領内にも職人等の男性人族奴隷がいずれ増えるでしょう。娶らせ、子を産めば領内で調達可能になる」

「今日は、その第一歩というわけですか……」


 先行する馬車には、多くの男性人族奴隷が乗っています。

 そのほとんどが職人です。

 手に技能を持った、普通よりお高めの奴隷たち。

 まずは不死の作業者たちに慣れてもらい、居着いてもらわねばなりません。

 強制は何より、ジュスティーヌ様が嫌います。

 この地を好いていただいて、腰を落ち着けていただかねば……と、理想ばかりを語る主の、その理想を実現させなくて、何の従者ですか!

 ジュスティーヌ様が望む通りの街が作れたなら、そこはきっとジュスティーヌ様のようにおっとりと、優しく、暖かな街になるはずなのですから。

 できたなら、きっと大喜びして下さいます。


「人族奴隷の中でも、技能持ちなどを大量に購入して……予算は大丈夫でしょうか? メアリージェン様は意外に厳しい方だけに……」

「初期の予算は多めということで、彼女も主のやりたい方向で進めることに同意していますから、大丈夫ですよ」

「それなら安心できますが……少々意外ですな。あのメアリージェン様がそのような……」

「……らしくないように、長くいる方には思えるみたいですね。そんな彼女も、ジュスティーヌ様のやり方を楽しんでいらっしゃるから」

「退屈は……させないと私も誘われたましたが、まさしく……です」


 鉱山の近くを切り開いた、職人街の予定地につきました。

 馬車から降りた職人奴隷たちは、ゾンビやグールの不眠不死の労働者たちに脅えつつも、川や水場の位置を確かめ、やりがいのある表情に変わります。

 そして更に


「お食事の準備ができました! テーブルがないので、ワンプレートのものですから、草むらに腰掛けるなりして、お召し上がり下さいね~」


 お料理メイドの一小隊が、早速準備を終えたようです。

 おっかなびっくりであった職人たちも、彼女たちの明るさと賑やかさに目を丸くしています。

 どんなに説明するよりも、実際に見てもらう方が早いこともある。

 ジュスティーヌ様が掌中で慈しむメイド軍団は、その役目を見事に果たしてます。

 このジュスティーヌ領が目指すものの象徴として。

 日が傾き、それぞれの工房の場所を決めた頃、私は馬車を降ります。

 バグスのエスコートで進むと、慌ててメイドたちが膝をつきました。

 戸惑いながらも、それに習うように(小声で私の立場を教えられて)職人たちも膝当を折ります。

 膝を折って迎えられるような者ではありませんが、バンパイアドーターの格式として甘受しなければならないことです。


「みなさん、工房の位置決めまで終えたようですね……。この地の街づくりは皆様にお任せ致します。それぞれの技を存分に奮えるような街を作って下さい。バグス?」

「かまどなどの設備や道具は、明日以降に次々と送られてくる。誰の工房から先に立ち上げるか、喧嘩せずに順番を決めて立ち上げろ。

 ……もう作るべきものの注文は届いているだろう? 必要な工房から、順にな」


 力強い歓声が沸き上がります。

 良い街に育ってくれる事を願います。

 そして、最後は私の仕事となります。


「この街の長となるものは決まりましたか? そして、技を極めるのに不死を願う者も……。長となるもの以外は、望まぬ者を眷属に招きはしません」

「……儂が長となる鍛冶職人のガトーだ」


 いかにも鍛冶職人らしい、がっしりとした壮年の男が立ち上がります。

 続いて、細工職人の若者と武器職人の中年男と。

 寿命ある人族では極められない技術も、不死の身になれば極められるのかも知れない。

 そんな情熱、もしくは長としての責任を持つ者たちが、チュニックの襟を開き、首筋を晒します。


「気持ちを楽にして……意外にあっけないものです」


 私が鋭い犬歯を見せると、メイド達から意外そうなどよめきが聞こえます。

 普段は吸血鬼バンパイアらしい事をしていませんからね。……信じ難い部分もあるのでしょう。

 メアリージェンに教わった所によると、血の吸い方で眷属になる者の格式が違ってくるので、吸いわけが肝心なのだとか。

 ゆっくり吸うほど、バンパイアエキスが濃密に血に混じり、高位のものに変じやすく、短時間で一気に吸うと下位の者に変じやすくなるとか。

 汗臭さに閉口しながら、メアリージェンと同格のネヒューにする訳にはいかないので、雑にならない程度のスピードで血を吸います。

 早すぎて、爵位無しの下位吸血鬼になったりしませんように……。


「ううっ……あぁ……」

「上手くできたようですね。……ガトー、あなたは私たちの眷属、バンパイアカズンとして生まれ変わりました。

 御父様、ジュスティーヌ様に忠誠を誓い、この街をまとめ、導きなさい」

「……誓います」


 苦しげに誓うガトーから、他の二人の側へと移動します。

 そして、同じ要領で二人を眷属に招き入れます。

 どちらも上手くできたようです。安心しました。

 ちょっと脅え気味だったメイドたちに、いつもの笑顔を向ければ、バネで弾かれたように動き出します。

 上物のワインまで持ち出しての街開きパーティーです。

 賑やかな歓声を背に、私は独りで馬車に戻りました。

 吸血の余韻で、頬が赤く火照っているのを自覚しています。


「血色の良い方がセシルらしいのに……」


 ジュスティーヌ様の声が聞こえるような気がします。

 そう仰りそうな予感があるだけに、ジュスティーヌ様の前では吸血は控えようと思います。

 これに慣れるのは、自分でも怖いですから。

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