第十話 リャナンシー大作戦 ~ウラミハラサデオクベキカ~

 はぁ……。

 溜め息しか出ません……。私の虚弱さはどこから来ているのでしょう?

 高所恐怖症対策として、超低空飛行を編み出したものの、一日に望月城と月蝕城を一往復したら……力尽きました。

 荷物はセシルに届けてもらい、私はベッドでダウンです。

 不老不死と体力増強は別物なのでしょうか?

 謎です……。


「少しは元気になりましたか?」

「こうまでしていていただいては、元気にならなければ罰が当たります……」


 メイドさんたちの善意の献血による新鮮な血液を、チュウチュウと飲みながらベッドから身を起こします。

 本当に即効性ありますね、処女おとめの生き血……。


「この際、寝室を執務室と兼用しましょうか?」

「あの偉そうな机よりは、落ち着きそうですね……」


 冗談のつもりだったのか、真面目に返されてメアリージェンが苦笑い。

 セシルの後ろに、目線を反らせつつハビューソーターもおります。


「……で、どのような相談でしょう?」

「ランヴァン、エミリー夫妻より、リャナンシーの準備が二体整ったとのことです。ハビューソーターも交えて、どの人族領地に派遣するかを決めようかと」

「リャナンシーというと……?」

「芸術系に長けた美形な女性型の下級眷属です。……血を吸った異性を魅了する能力があって、回数を繰り返せば隷属させることも可能ですね」


 イメージ的には、セクシー系の歌姫や踊り子っぽい。

 それに現地指揮官として、爵位無しの最上位の吸血鬼バンパイアバンパイアリレイティブをコンビで派遣して、現地でじわじわ眷属を増やす計略。

 巧く領主一族に食い込めたら、思うがままに操れるとか。


「まあ……普通の貴族は酒場とかには行かないから、出入りの商会あたりから広げていくようでしょうか?」

「領主次第では、娼館に紛れ込ませて、高級娼婦として接触させる方法もあります。ジュスティーヌ様の意識外のルートになりますが……」

「そういう方もいらっしゃるのですね……。好色な領主では、臣下も苦労……ん?」


 ふと、何かが心に引っかかりました。

 首を傾げてセシルを見ると、沸々と悪い笑顔を浮かべています。


一組ひとくみはリューベン辺境伯の領に派遣しましょう」

「いきなり辺境伯は難しいのでは……。侯爵家に並ぶ格式ですから、近づくだけでも難しいのではありませんか?」

「いえ、ハビューソーター。リューベン辺境伯の好色さはよく解ってますから、付け入る隙はあるでしょう。……それに、少々恨みもあります」


 セシルの背後に、怒りのオーラが湧き上がってます。

 いったい、何が彼女をここまで激怒させているのか……。

 引き気味に、メリージェンが尋ねます。


「セシル様、失礼ですがどのようなお恨みが?」

「……ジュスティーヌ様はお忘れかも知れませんが、私は決して忘れません。

 あんまりなスキルを授けられて、傷つき涙している最中さなか。事もあろうに『味見をさせろと』実家のお父様に、身分を嵩に……」

「即、潰しましょう。そのような無礼者は! 乙女の純潔を何だと思っているのでしょう!」


 ああ、メアリージェンにも飛び火しちゃいました。

 あの方でしたか……リューベン辺境伯って。

 たしかに女好きでしょうし、チョロそうな気がします。

 無駄に身分もあるようですから、傀儡化の暁にはファウンテン子爵家を重用させて、親孝行できたりしますよね?

 もう少し地道な所から実績を上げたそうなハビューソーターの渋面ですが、三人がこれだけ盛り上がっては止まりません。

 ため息と共に吐き出します。


「では、一組は……難しいとは思いますが、リューベン辺境伯の領地へ派遣しましょう。お話の内容から、肉感的なタイプよりも、たおやかなタイプのリャナンシーがおりますので、そちらを」

「お願いします。 ……私たちが先走ってしまいましたが、ハビューソーターにも、狙いをつけた人族領があるのでしょう? 私の実家以外は反対しませんので、もう一組は無条件でそこに決めましょう」

「いえ……一応の検討はお願いします。使い潰すには惜しい個体のリャナンシーですので」


 ハビューソーターが開いた大陸地図を皆で覗き込みます。

 いくつか付いている色付きの印は、姉妹たちの手が入り込んでいる領地。

 リューベン辺境伯領に緋色の印を打って、意外に太い指が王都からの主街道をなぞります。


「王都への南ルートの旅人や商隊が、王都到着前の最後の宿泊地となるのはボーモン伯爵領ですが、ここは他の伯爵様たちも苦戦しています。

 ですので、その前。……東ルートのボーモン伯爵領前の交易点、リジェの街を擁するジタン男爵領を提案します」

「交易点に拘りますね。領地的には、さほど見るものもない領地でしょう?」

「広い砂漠と岩山……宿泊地としての収入がほとんどでしょうし……」


 農業や鉱業などの発展も望めない土地に、女性陣二人が眉を顰めます。

 何か価値があるのかと、私は目線で補足説明を求めます。


「人が集まる所には情報が集まります。砂漠地帯が続くだけに、越える者も、越えてきた者も、リジェの街で宿を取るのがほとんどです」

「では、欲しいのは情報?」

「はい……。他の伯爵様方に比べて、新規の我らの領は独自の情報を得る手段がありません。他との交渉にしても、戦略を立てるにしても、独自の情報網の有無は大きな差となりますから」

「……ですね。軍師としてのハビューソーターにとっては、死活問題でしょう。私たちはリューベン辺境伯への私怨を晴らすことに専念しますから、この先しばらく準備のできたリャナンシーたちの派遣先は、一任します」

「またそのような……本当に、一任していただいて良いのですか?」

「リューベン辺境伯への恨みを晴らすので、他に気を回す余裕なんてありません! と表向きはしておきましょう。リャナンシーで得られる利益は、現状では軍師のあなたにとって必要でしょう。そちらが本音」

「ジュスティーヌ様、それでは本音と建前が逆さまです」


 先走ってしまった分、軍師の情報収集策を遅らせてしまったことは確か。

 単なる私怨ですし、現状は人族領の上層部を傀儡にしたところで、キープしておくくらいしかすることがないわけで。

 情報収集する方がよほど大事。

 反省はするけど、撤回する気もないほど女子三人激怒してますので、次からは自由にしていいですよ~というのが最大の譲歩です。


「なるべく、情報戦での不利は最小限にとどめたいですからね」

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