第十四話 高級娼婦ベアトリーチェ
「うぐっ……うぉぉっ!」
激しく腰を使っていた大男が慌てて引き抜いて、宙に放った。それでも男は、未練がましく汗み尽くの肌を抱きしめて、豊かな乳房に顔を埋める。
「まだまだキツめだが、だいぶ
リャナンシーである私には児戯に等しい交わりでも、つい先日、乙女を捧げたばかりの貴族令嬢を演じるために、目に一杯の涙を溜めて唇を噛んだ。
あの日から一週間……。
私はマダム・サリヴァンの屋敷に留められ、二人の男たちに嬲られ続けていた。
この男には、不慣れな男爵令嬢の性を開花させるべく、体力任せに犯される。細身の男には、唇や乳房、尻などを使って、男に奉仕する手管を教え込まれる。
芸術や、教養面ではマダムのお墨付きをもらっている。せいぜい、指が鈍らぬようにピアノやバイオリンを演奏するくらいだ。
実のところ……そんな日々は、大して苦にならない。
私が本気で責め上げれば、逆に男たちの方が持ちはしないのだ。初心な貴族令嬢の小芝居を続けるゆとりがあり、それで男たちを楽しませてやってるなどとは、思いもしないだろう。
お目付け役のバンパイアリレイティブ、バンビーノからは、二人のメイドが無事に向こうに合流したとの連絡があった。
このような淫らな館に留め置いて、万が一にも泣かせてしまうようなことがあったなら、ジュスティーヌ様にお詫びのしようもない。その気になれば、魔族たる力を発揮して八つ裂きにでもできるが、メイドたちの傷を癒やす術など無いのだから。
恥ずかしい姿を見せたくないという理由で、暇を取らせた事を疑われてはいないようだ。
できることなら、マダム・サリヴァンの前では、男爵令嬢ベアトリーチェ・バンビーノで通しておきたい。
この連中を操っても、大した碌はないし、何もしなくても貴族への仲介はしてくれよう。
おそらくは、お得意様相手の仲介であろうから、よけいな疑惑はもたれぬ方が良い。
シャワーを浴びせられ、身支度を整えられた私は、大男に従うようにリビングに戻る。
マダムの姿はなく、三人分の夕食と細身の男が待っていた。
「どうだ? 麗しのビーチェちゃんの具合は?」
「お道具の使い方は覚えたらしく、健気に食い締めてくれちゃってよ。だいぶ、腰の振り方も様になってきた。まだ、いちいち泣きべそを掻くのはいただけないがな」
「そこが育ちの良さで可愛らしいと思うんだが、マダムの意見とは合わねえなぁ。……ほうら、ビーチェ。食えよ」
細身の男が私の分のチキンを取り分けて、フォークで口元に持ってくる。私はおずおずと唇を開いて、それを食べる。時には、男が咀嚼したものを口移しに食べさせられたりと、まるでペット扱いだ。
呼び方もベアトリーチェから、愛称のビーチェに変わっているし、すっかりこの男爵令嬢を躾けているつもりなのだろう。その内に首輪でもつけられて、散歩させられるのではないかと予想してる。
そんな中、慌ただしく馬車が戻って来た。
ホクホク顔のマダム・サリヴァンが私に対する【教育】の中止を告げると、男たちは当然のように反発した。しかし……
「子爵様のお望みが、清楚さなのでね……。これ以上は逆効果だよ。対面までの一週間はベアトリーチェの美貌の方を磨いて仕上げる。お前さんたちの仕事は終わりだよ」
「チッ……マダムのところでも、滅多に出てこない上玉だったのによ」
「アンタはツイてるな、ビーチェちゃん」
名残惜しげに、スカートの奥に指を挿れたり、キスをしながらも渋々と男たちが出てゆく。 この場は脅えておくべきであろう。その様子を見たマダムは、静かに歩み寄るとベアトリーチェの髪を優しく撫でて囁いた。
「もう怖いことは終わりさ……。どうやら、アンタの引取先が決まりそうだからね。この先は地獄から天国。その美貌をピカピカに磨き上げてもらうよ」
シャワーを浴び、汚辱の全て洗い流すと、まさしく世界が変わった。
緩んだ筋肉をダンスや乗馬で引き締め、楽器の演奏や絵画を描いて過ごす。蒸し風呂やバスタブに浸かり、汗を流したあとは香油を擦り込まれ、マッサージを受ける。
久々に櫛を入れられたプラチナブロンドの髪は、すぐに輝きを取り戻して優美なカールを加えられた。わざと手を加えていなかった恥毛もトリミングされ、そこも男の目を意識したものへと変えられます。
一週間後──。
「この娘です。バンビーノ男爵令嬢を名乗っていますが……事実かどうかよりも、それに相応しい教養と躾はされてますよ。名はベアトリーチェ、年齢は十九歳ですが……いかがでしょう?」
マダムが連れてきた子爵様は、磨き上げられたベアトリーチェに目を見張った。
三十歳手前くらい? 家柄の割に苦労をしているような、神経質な印象を受けます。
どうやらお気に召していただけたようで、柔らかな笑顔を向けて、私の手を取りました。
「初めまして、ベアトリーチェ嬢。ひと夏という短い間ですが、よろしければ私と過ごしていただけますか?」
「ええ……喜んで」
お金の話は、使用人同士で済んでいるのでしょう。満足する額が得られたのか、満面の笑みのマダムに見送られて、子爵様に手を取られた私は、馬車に乗り込みます。
モスグリーンの馬車は、意外なくらいに質素なもので……私の反応に気づいたのでしょうか? 子爵様は苦笑しながら、頭を掻きます。
「子爵といっても、辺境伯の親戚筋でね……。辺境伯の領地の一部を管理している家だから、あまり贅沢は見せられないのさ。 そして、僕には妻がいる。身重な為、都に残してきたが社交の場に女性を伴わないのもね……」
「ご理解しております……その為の、女です」
エドワード・グレン子爵は、意外にもあけすけに何でも語って下さる方でした。
リューベン辺境伯の家は旧く、領土も広い代わりに、爵位持ちの親族も多いそうです。定まった領地に、多い管理者。そのため、親族間での足の引っ張り合いも多いとか。
情報収集や友好関係など、身重の妻がいても社交の場に出ないわけには行かない。そんな事情があるようです。
湖畔のグレン子爵の別荘。私に与えられたのは、客間です。
家令から、多すぎるほどの額のお金を受け取りますが、殆どはドレスやアクセサリーなどの準備で消えてしまうでしょう。さっそく、子爵家出入りの商会の者を呼び、衣装の仕立てを依頼します。
必要なことを済ませた後は、エドワードと共に過ごします。
お茶を飲みながらカードを楽しんだり、ダンスを踊ったり……。おそらくは、奥様以外の女と過ごすことに慣れていないのでしょう。
踊りながら、遠慮がちなエドワードに自分から身を預けます。
「遠慮なく、私を楽しんで下さい……」
「済まないね……なかなか慣れなくて」
「なんだか、初めてのデートの気分です。……キスは三度目まで待ちましょうか?」
「許してくれるのなら、今すぐにでも……」
「ウフフッ……女性経験は、ございますよね?」
「妻を妊娠させるくらいには、ね」
お互い、大人ですもの。
そのまま、ボールルームで身を重ねてしまいます。
美しいものを慈しむようなエドワードの行為の優しさを受け止め、ほんの少しの大胆さをスパイスに彼を包み込みます。
エドワードが驚くのを承知で、彼のモノに口で奉仕をして見せます。そうしないと、私を金で買った女であると、忘れてしまいそうな気がしましたから。そんな危うさを感じると、わざと軽蔑されなければなりません。
不思議なもので、一度身体を重ねると様々な事がしっくりと噛み合います。
湖にボートを出して魚を釣って遊んだり、馬を出して遠乗りをしたり。昼間はまるで恋人のように過ごします。
夜は……清楚に振る舞う私のヴェールを剥がそうと、エドは私の官能を昂らせるべく、様々な手管を駆使します。そんな彼の嗜好を汲み取り、奥様相手にはとてもできないようなプレイをさせてあげるのも楽しいものです。
そうこうしている内に、超特急で仕上げさせた私の衣装も整います。
避暑地での夏の社交の始まりを告げる、リューベン辺境伯のパーティーの招待状が届きました。
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