第35話 魔晶石の商談
「リン――」
「嬢王様、申し訳ございません」
俺が言いかけたところで、リンが土下座して頭を下げた。
「私には畏れ多くも嬢王様の前でそのようなことはできません」
その綺麗な土下座に見とれること数秒。
「妾の言うことが聞けぬというか。ならばそこの黒服の男よ」
「はあ、俺でしょうか」
「輪廻に命令して交合させよ。奴隷の主の特権であろう」
嬢王様は若干ご立腹のようだ。困ったな。これで商談が破棄されればここまで来た意味がない。ビアンコの爺さんに合わす顔もないぞ。
リンが不安げな目でこちらを見ている。
ええい、もうどうにでもなれ。
「嬢王様、リンは俺の奴隷ですが、強制的に嫌なことをさせたりはしません。ですから、その申し出は断ります」
そう言って俺は頭を下げた。
これで商談が破棄になっても、それはそれでいいと思っていた。金を儲けたいなら、別の方法を探せばいいだけだ。
「興覚めじゃの」
嬢王はぴしゃりと扇子をしまった。元の胡乱気な状態に戻ると、俺たちに外に出るように促した。
「どうだった?」
「駄目かもしれないな」
ウォルゲイトにそう伝える。あの気まぐれな嬢王のことだ。意見を変える可能性は十分にある。
「封魔よ、来い」
嬢王に呼ばれ、封魔が垂れ布の奥に入っていく。
ああ、絶対にこれは駄目なやつだ。俺は無一文でクエストを汗水たらして稼ぎ、世界中に散らばったあのクソッタレの元パーティメンバーを探し出し、宝珠も見つけなければならないという無理ゲーに挑むことになる。
「商人御一行様」
封魔が戻ってきて無表情に俺たちに告げる。
「金を用意するので、魔晶石の準備を整えておくようにと、嬢王様からの命令でございます。後は下々の者に任せる、と」
「それはつまり……」
商談成立、ということでいいのか?
やった、よっしゃ!
その場で気付かれないようにガッツポーズする。ここまで来た苦労が全て報われる。商人としての第一歩だ。
「了解しました。すぐに魔晶石を準備しましょう」
ウォルゲイトはあくまでクールにそう言った後、俺に耳打ちして、
「魔晶石は本当にあるんだろうな」
と言った。
ステータス画面からアイテムボックスを確認しても、無くなっている様子はない。
「大丈夫だ」
「ならば、補給をして、さっさとこの国を出よう。戦時中の国に長居は良くない」
「待てよ、一泊ぐらいして行かないか? 長旅は疲れただろう」
「それは……そうだが」
封魔の先導に着いて行き、城の奥の倉庫にたどり着いた。
「ここでございます」
閂を外し、門扉を開くと、そこには金の延べ棒が大量に置かれていた。
「すごい……」
エリーシェが息をのんで金塊の山を見ている。
無理もない。俺だって内心圧倒されるほどの量だ。
「最初に魔晶石を見分させていただきたいのですが」
そこで封魔のそれだけで人を殺せるんじゃないかってぐらい鋭い殺気を感じた。
「あ、はい……」
内心小心者の俺はそれだけで縮み上がりそうになった。暗黒の引きこもりニート時代が思い出される。
持っている魔晶石を一画に全部ぶちまけてやった。
「なるほど」
短く言って封魔は魔晶石を一個一個調べていく。偽物や粗悪品が混ざっていないか調べているのだろうが、ビアンコの爺さんに限ってそんなことはあるまい。
「いいでしょう。この量でしたら……」
ウォルゲイトと封魔が何やら難しそうな商談を繰り広げている。この国に金貨はないらしいから、単純な計算は成り立たないな。
商談の行く末を待ちながら、俺はリンに少し耳打ちした。
「あの封魔って女は、実は相当……」
「この国最強の魔法剣士の一人です。おそらくその気になれば、彼女に私たちは全滅させられていたでしょう」
「じゃあ俺たち、殺されてもおかしくないんじゃないか」
「いえ、大丈夫だと思います。あなたは嬢王に気に入られていますから」
「いや、そんなわけないだろ。さっき不興を買ったばかりじゃないか」
あのアンニュイで気分屋な嬢王が俺を気に入るだと……?
「嬢王はご主人様を試したのです。最初は、私を奴隷にしたご主人様を死ぬほど憎んでいたでしょう。しかし、私をあの場で犯さなかったことで、ご主人様は命拾いをしたのです」
「そうでなければ俺は殺されていた……?」
「この国に奴隷制度はありません。当然でしょう。私は嬢王のお気に入りでもありましたから」
「クレド、金塊をしまってくれ」
ウォルゲイトと封魔の商談が終わったようだ。
ステータス画面を開き、金塊をアイテムボックスにしまっていく。
相場はわからないが、結構な量をもらえた気がする。
「夜、今後の取引について会議があるそうだ。難しいことは俺に任せておけ。だから、お前は裏切るな。持ち逃げはできないとは思うが」
「命の恩人を裏切る訳ないだろ」
「……そうか」
神妙な顔つきで頷くと、ウォルゲイトはまた封魔と商談の続きを始めた。
結局、その日は宿に一泊することになった。温泉宿らしいが、俺とリンとエリーシェに大部屋が与えられたのは何の配慮だろうか。
あの嬢王、今度は何を考えているんだ?
月が綺麗な夜になった。縁側で涼んでいると、虫の声も聞こえてくる。日本を思い出しそうだ。
「綺麗ですね。それに、自然が豊かで、涼しいです」
「そうだな」
リンは嬢王と話があるとかで行ってしまった。今、部屋に残されているのは俺とエリーシェ。
彼女が俺の膝に頭を載せてきた。
「エリーシェも、長旅で疲れたよな」
「少しだけ……です」
縁側で寝ると風邪ひくぞ、と言いたかったが、しばらくそうしていた。
そういえば、この宿には露天風呂があったよな。
後で行ってみてもいいかもしれない。
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