第20話 失踪したエリーシェ
「ルーナ! ルーナはいるか!」
木製の扉をガンガン叩く。彼女の一軒家に帰ってくるのは久しぶりだ。
「何だよ、騒がしいなあ……どうしていつも夜に押しかけてくるんだよ」
眠い目をこすりながら、ネグリジェ姿のルーナが出てくる。グレーでウルフカットの髪は寝癖がついている。
「今日も、泊めて欲しい。あと、傷の手当ても」
「何? 君は死んだと思ってたけど、しぶとく生き残ってたんだね。でも、何かされた?」
「まあな。仲間に裏切られて、遺跡に放置された」
「そりゃまた……」
ルーナは良く効く薬だと言って俺に何かを飲ませた。
後、ロックスにやられた背中の傷に薬を塗ってくれる。
「いてっ!」
「我慢して。包帯も巻くから」
彼女の細い指が包帯を巻いていく。息遣いも近く、くすぐったい。
「エリーシェは、元気にしてるか?」
「エリーシェね、もういないよ」
「いない?」
耳を疑う。
「森に一人で薬草を取りに行ったきり、戻ってこなかった」
「どうして一緒について行かなかったんだ!」
「ボクも立て込んでてね。というかボクを責められても困るよ」
「クソッ、エリーシェまでいなくなるなんて」
仲間に騙され、親しい女の子も失踪。もうどうでも良かった。
「今日はゆっくり寝なよ。動くのは、もっと後になってからでねー。破れた服は、ボクが直しておくからさ」
そう言ってヒラヒラ手を振ってルーナは自室に戻って行った。
そんなにゆっくりしていられるかよ。魔王軍が攻めてくるかもしれないし、エリーシェもいなくなったんだぞ。
悶々としながら俺は寝れない。しかし、ルーナが調合した薬に睡眠成分も含まれていたのか、いつの間にか眠りについていた。
その日は昼まで寝ていた。起きてみると、ルーナは何やら怪しい調合品を増やすことに余念がなかった。エリーシェと同年代くらいの体躯なのにどういう人生を送って来たんだ。
夜まで、俺はゴロゴロとベッドに寝転んでいた。傷が癒えるのを待つのと、疲れが癒えるのを期待して動かない。ルーナの持っている本も、大半は難しすぎて特に読めそうにない。
俺は『白薔薇の戦乙女』という本を取った。この都市じゃ出回っているみたいだが、伝記のようなものか。装備屋の親父がえらく薦めてきていたが、面白いのだろうか。
『太古の昔、天空から剣が撃ち込まれた。それは聖剣アンジェロス。周囲を薙ぎ払い、当時の都市アトラを吹き飛ばし、魔王軍も蹴散らした。周囲の植物は吹き飛び、砂漠地帯となった』
その都市アトラっていうのがこの前行ってきた砂漠の遺跡か。
『ステラは岩に深く刺さった聖剣アンジェロスを抜いた。誰にも抜けなかったそれを抜いたことで彼女は戦乙女の称号を手に入れた』
アーサー王伝説みたいだな、と思ったが、特に関係は無いのだろう。
『白薔薇の戦乙女は魔王軍を倒し、地中に封印した。それ以来、人間界に魔王軍が攻めてくることはなくなった』
その封印をこの前、いとも容易く俺たちは解放したということか。なんてことをしてしまったんだ。これでこの世界は再び魔王軍の脅威にさらされることになる。
そこまで読んで、眠くなってまた寝てしまった。
夜、俺は酒場に来ていた。
飲まなきゃやってられない。不運なことが続きすぎて頭がパンクしそうだった。
ウイスキーをロックで飲む。度数の高い酒に喉が焼けるようだ。
「飲んだくれてますねえ、旦那」
隣のカウンターにいつぞやの情報屋のリックがすっと現れた。相変わらずのサングラスの怪しい男だ。
「旦那のいたパーティ、解散したらしいですぜ」
「そうか」
「それが、奴ら、盗賊ギルドのウロボロスに入ったらしいですぜ。ある手土産を用意して」
「4つの宝珠だろう」
「何だ、知ってるんですかい?」
「そのウロボロスってのは何なんだ?」
「力のあるギルドでさあ。裏社会を牛耳る、巨大な悪、とでもいいますかねえ」
「その力を欲して、彼らは宝珠を手放したのか?」
「ウロボロスの権力は絶大ですからねえ。宝珠もとっくに、売りさばかれてどこへ行ったやら……」
「そうか……」
「旦那、口数が少ないですねえ。元気もなさそうで」
「そりゃそうだよ」
「じゃあ、そんな旦那にいい情報を。この都市の港湾部に奴隷市場があるのはご存じで?」
「奴隷市場?」
「そう、奴隷市場。明日は女奴隷が大量に入荷されるらしいですぜ。旦那ほどの金があったら、性奴隷の一人くらい買ってもいいんじゃないかと思いましてねえ……」
「その中には、戦える奴もいるのか?」
「戦い……? ああ、闘技場用の奴隷もいますから、それ目当てでもいいんですぜ?」
俺は遠距離武器で魔法使い。いわゆる後衛だ。前衛となる裏切らないパーティメンバーが欲しい。
「明日、その奴隷市場ってのに行ってみようと思う」
「本当ですかい? 旦那はやはり、行動力がありますねえ」
リックには何だかんだで感謝したいところだ。奴隷をパーティメンバーにすれば、絶対に裏切られることはない。ただ、どこまで戦える奴がいるかは微妙なところだが……。
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