幽囚(ベルル視点・後)
「ちょ、ちょっと……どういうつもり?」
すみれの立場は思っていたよりもずっと強いようで、アタシが呆気に取られている間にあれよあれよと聖美原女学園への編入が決まってしまった。
すみれの家と管理局が協力関係にあり、すみれは管理局を動かせるだけの立場にある……それはなんとか飲み込んだ。けれど、何故アタシを──という疑問は全く解決しない。
「貴女、アレに対抗したいんでしょ? こっちにいた方が都合がいいと思うけど」
「それは……」
対抗……か。すみれに協力しようと思ったのはアスティが痛い目を見る必要があると感じたからであって……いや、絶対先に彼氏作ってやるとは思っていたけれども……直接アイツと対峙して上回りたいなんて対抗心はとっくの昔に折れている。だから、残念ながらそれはすみれの勘違い……いや、買い被りだ。
「ところで貴女、アレとの仲は……いえ、アスノティフィルは貴女のことどう思っているの?」
「アスティが……?」
……どうなんだろう。口喧嘩の絶えない間柄ではあるものの、アタシとアスティは同期の中でも一番付き合いが長い。ここまで長くやってきたし、嫌われていることはないだろう。
「まぁ、その、腐れ縁よ。アンタが生まれるずっと前からの、長い永い付き合いで……えっと、アイツもアタシのこと嫌ってはいないと思う」
こんな答えでいいだろうか。もっとも、すみれがどんな答えを求めているのか見当もつかないが……あ。
「……って、今日のアレ見てそういう仲を疑ってるんなら違うからね!? アイツ向こうにいた時は全然そんな素振りなかったんだから!」
……正確にはこちらへ発つ少し前までは、だけど。
「そう、好都合ね。大切な友人が──ふふ、楽しみ」
「何の話よ…….」
「それと一つ伝えておくけど、管理局が貴女に与えた物件の契約、終了したから」
「…………は?」
「荷物のことなら安心しなさい。運ばせるから。今日から貴女はここで寝泊まりすること」
「ちょ、急にそんな……!」
いきなり貸し出されていた部屋がなくなったことを告げられ、またも情報の整理が追いつかない。編入のことと言い、すみれと出会ってから何一つ自分で選べていない。
「……気に食わないわね」
そう言って、アタシはすみれを睨んだ。それをすみれは怖がるどころか面白がるような表情で見下ろしてくる。
「選択肢がないことが?」
「そうよ」
「なら選ばせてあげる。人間界に居続けたいなら、もうここにいるしかない。けれど、向こうに帰るのならそれは自由よ」
「くっ……」
……どうするべきか。俯いて、考える。このまま帰ったほうが良いのか……アスティ達もしばらく帰ってこないであろう、向こうに。
「だけどね、聞きなさい」
いつのまにか近づいてきていたすみれは、アタシの顎を上げて否応なく視線を合わせた。
「後悔させないから、私を選びなさい」
なんとなく、彼女の強引な瞳がアスティに似てるなぁ、などとぼんやり思っているうちに、いつの間にかアタシの頭の中から首を横に振るという選択肢は霧散していたのだった。
──────────
「……今更だけど、なんでアタシ洗われてるの?」
……あの後、結局すみれの掌の上を選ばされたアタシだったが、問題はその後だ。使用人に部屋を案内されたかと思えば、今度はすみれに連られまるでペットのように無駄に大きい風呂場に入れられていた。
「生態観察。龍は珍しいでしょう?」
そう言って、無遠慮なくせに手つきだけは優しくアタシの身体を撫で洗うすみれ。裸体を晒していることがもう既に恥ずかしいのに、本当に興味深そうにアタシを見るすみれの視線で余計に小っ恥ずかしい。あとこの浴場、不思議な香りするし。
「遠目だとほとんど人間なのに、ちゃんと観察すると鱗もあるのね」
「ちょ、ちょっと……! じろじろ見すぎでしょ……!」
「恥ずかしいの? ……不思議なものね。貴女、龍の姿では服なんて着ないでしょう?」
「そ、それは……ひゃっ!?」
すみれの言葉に、自分がなぜ恥ずかしがっているのか考えてみる暇もなく、アタシの脳髄に甘く強烈な痺れが走った。
「なるほど……ここが貴女の逆鱗ね」
「ア、アンタね……龍の逆鱗をそんな……っ! 殺されても文句は言えないのよ!」
「らしいわね。けどそれって、ただソコが弱いのをそういうことにして隠してるんじゃなくて?」
「ぐ……」
龍の逆鱗。龍それぞれによってその場所は異なり、触れれば怒りを買い、灰も残らぬほど焼き尽くされる──という話は向こうで知らぬ者はおらず、人間でも……すみれのように異種族に詳しいものなら知っているくらい有名な話である。
ただ、この話は様々な情報が抜けている。確かに無遠慮に触れられれば大抵の同族はキレて相手を燃やすだろうが、これは逆鱗と呼ばれる部位が弱点というか、非常に敏感というか、とにかく感じやすいからである。そんな話を広められるわけにもいかないので、龍族は逆鱗についてとにかく触れてはいけないものということだけ他種族に伝えているのだ。
……そんな背景まで、すみれは見透かしているかのような言動をしているわけだが。
「……も、もうその話も洗うのも良いでしょ……!」
「そうね。真偽の程は明日からじっくり貴女で検証するわ」
「ま、毎日やる気なの……!?」
涼しい顔で恐ろしい事を宣うすみれは軽く自分の身体を洗い、そのまま共に風呂に入ることになってしまった。
「……なんか、広さを全く活かせてなくない?」
すみれはこの家の無駄に大きい浴槽の端ではなく、半顕現したアタシの尻尾に寄りかかっていた。おかげでせっかくの広い浴槽が全く活かされていないし肩が触れるか触れないかの距離にすみれがいてこそばゆい。
「わざわざ離れる理由もないでしょう?」
「だからって……いや、それにしたってここ大きすぎない? 人間が使うにしてはちょっと……」
「あぁ、前に住んでた異種族が本来の姿で浸かれるように設計していたのだけれど、龍は流石に無理ね」
「……ねぇ、やっぱりアンタ人間にしては異種族に詳しすぎじゃない? それに前に住んでた異種族って……」
「あぁ、乳母がスキュラでね。その人から色々と教わったの」
スキュラ……下半身がタコみたいな触手の異種族だ。個体数という意味ではアタシ達龍よりも希少と言えるほど珍しく、アタシも会ったことがない。
「……じゃあ、最初に会った時にアタシの欺瞞を見破ったのは?」
「彼女に加護を強請ったの。餞別みたいになったけれど、これで貴女を捕まえられたし得だったわね」
「ふーん」
思ったよりもあっさりと過去を話すすみれだが、相変わらずその内心は読み取れない。けれど、なんとなくだがこの話は彼女の根幹に関わっているような、そんな気がする。
「……あれを……見破る、なんて……相当な……格の……」
「あら、のぼせた?」
「いや……これ、おかし……そもそも……まだ、ちょっとしか……」
おかしい。クラクラして意識が朦朧とする……が、のぼせたわけではない。そもそもまだ少ししか入っていないのだ。なら、何か……水に違和感は……あ……この香……は……
「……不注意ね。アスノティフィルとは大違い」
回らない頭でそんな言葉を聞きながら、アタシは意識を手放した。
───────────────────
自分の動悸が、うるさい。
「ふーっ……ふーっ……っあ……」
目が覚めたというよりは、正気に戻ったというべきか。
「すみれ……っ!」
「おはよう、ベルル」
まず視界に入ったのは、笑みを浮かべてアタシを見下ろすすみれ。
「なに、これぇ……」
そして、手錠や鎖で拘束された自分の身体。一体何でできているのか、力を入れても外せない。
「別にそれは特別なものじゃないわよ。特別なのは、ここ」
そう言ってすみれはおもむろにアタシの首を撫でる。そこには、衣装のついた首輪が嵌められていた。
「……っ!」
疑問は尽きないが、それは後だ。
とにかく優位に立とうとアタシは近づいてきたすみれを引き寄せようとして──
「待て」
「っ!?」
すみれの言葉と同時に、身体を動かせなくなった。
「こういう風に、貴女は今私に逆らえない。その首輪のおかげでね……まぁ、そう都合の良いものでもないけれど、今はいいわ」
「ふーっ……アタシに……何をした!?」
「ふふ、そんなに辛いの? 初めての発情期が」
「はつ……じょ……?」
ありえない。アタシ達異種族にそんなものはないからだ。一生涯ピンクの淫魔は置いておくとして、多くの異種族に発情期はない。そんなものがあっても繁殖などできないのだから、祖先達はそれぞれの方法でそれを封じてきたと、習ってきた。
「浴場で炊いた香には、ロックされている異種族のそれを解き放つ効果があるの」
「……そんなもの、どこで……」
「ねぇ、辛い?」
動けないアタシに、すみれが労わるような声色で声をかける。元凶のくせに。
「本当は首輪だけで良かったんだけど、目が覚めた貴女が常に命令していなきゃ劣情に振り回されて暴れるから、手錠も足枷も加えたの。正気に戻ったとして、その衝動が消えるわけじゃないんでしょう?」
「はっ……はっ……く……」
「……だから」
「ぁっ」
不意にすみれがアタシの身体をマッサージ師のような手つきで指圧した。それだけで、思わず声にならない嬌声が漏れる。
「私が解消して、心の奥に刻みつけて……って、まさか今ので達したの?」
「……そんな……っ……わけ……ぁ……!」
首輪の効果なんて関係なく、息も絶え絶えで動けないアタシを見下ろし、すみれは初見のイメージとはとても結びつかない獰猛な舌なめずりをして、言った。
「手間がかかるのね、なんて言ったけど撤回するわ。貴女、相当な逸材よ。嬉しい?」
もはやアタシには、言い返す気力も残っていなかった。
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