第七話 ※なお人間だけではない(中)

「ちょうど欲しかったの、人外のペット」

「へぇ……」


私を見下ろしながら、すみれは妖しく笑って思いもよらない宣言をする。


「すみれになら、どんな扱いをされても受け入れてしまいそうだね。けど、甘く見ていると気づいた時に傅いているのはすみれの方かもしれないよ?」

「ユーモアのセンスに関しては、調教が必要そうだけど」


熱い視線が交差する。そこには敵意とも純粋な好意とも違う感情がぶつかり合っていた。私もすみれもしばらくそのまま、未姫と燐華は何も言えない時間が続くと、思い立ったかのようにすみれが私から視線を外して踵を返す。


「おや、もう帰ってしまうのかい?」

「今日はただの挨拶よ。続きはそこの二人がいない時がいいわ」


そう言って、すみれは部屋を出て行ってしまった。


ふむ……それにしても、ペットか……。


それは負けなのだろうか。私の真価の片鱗を見たにも関わらず正面から私の前に立つ胆力、人の身でありながら何の畏れもなく私を見下ろしたあの瞳……あとかっこいいしかわいいしスタイル良いし良い匂いしたし……別にペットでもご褒美なのでは……?


……まぁなんにせよ、しばらくはすみれと心を奪い合うのも一興だ。彼女が私に感情を向けてくれるのであればそれは全て至福の時。


「ね、ねぇ……」

「ん、なんだい未姫?」

「あすのてぃ……えっと、あれって明日乃ちゃんの本当の名前?」

「あぁ、そうだよ。と……そういえば言ってなかったかな」


特に隠すことでもないし、素直に肯定の意を伝えると、未姫も燐華も不満気な顔をして私の腕に伝わる力がまた強くなった。一体なぜ……と先程の会話を省みていると、燐華が口を開く。


「……明日乃、自分のこと全然教えてくれない……」

「あ……あぁ、大した話ができるわけでもないし……それよりも、私は二人のことが知りたいからね」


確かに、二人には自分のことを実は異種族だったことぐらいしか明かしていなかった気がする……が。そうは言っても、これから末永き時間を過ごす私たちにはいくらでも時間があるのだから、おいおい知り合っていけばいい──と思っていたのだが、そう思っているのは私だけのようだった。


「……不満、か。いや──すまない。浅慮だったよ。私のことは必ず話させてもらうよ。ただ……私の生は長い上に複雑だから、いずれね」

「……明日乃ちゃん、結局話してくれないんだー」

「う……そうだな……代わりに二人の頼みを聞くよ。それで手打ちにしてくれないだろうか」


言ってから、自分はこんな機会でなくとも彼女達の願いをなんでも聞いてしまいそうだし、譲歩の条件になっていないのではないかと気づく。しかし、元より本気で追及するつもりはなかったのか、未姫は私の言葉を聞いてくすりと笑っていた。思えば、先程の言葉も揶揄うような声色だったか。


「頼みかぁ……藤村さんはどうする?」

「わ、私は……もう充分だし……だから、これからも側に、とか……」

「〜っ! 燐華!」

「……ん」


あまりの愛らしさに、思わず燐華を抱き寄せる。ふんわりと柔らかな香りが鼻腔を掠めた。


一方の未姫は、そんな私たちに嫉妬するでもなく、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。まさに良いことを思いついた、と顔に書いてある。


「ねぇ明日乃ちゃん……誓隷紋、使える?」

「未姫……本当に詳しいんだね」

「えへへ」

「使えるか、と聞かれれば使えるが……まさか、それが頼み……?」

「……誓隷紋ってなに?」

「あぁ……誓隷紋っていうのは……」


誓隷紋というのは、我々の世界においての奴隷契約に用いられる魔法……であったが、今となっては廃れた魔法だ。その効果は、対象との主従関係を結ぶことができる紋章を身体に刻む、というもの。そして、その主従の制約の内容、罰なども自由に決められ応用が効く便利な魔法……なのだが、既にあちらでは奴隷制が廃止されて久しい。ついでに、これを人間に対して使用することも一般的ではない。男性に対しては禁止されているというのもあるが、そもそもこれは自分より強い者を縛るためのものであり、あらゆる魔法がそのまま効いてしまう人間に対して使う意味が薄い。


今もその使用用途があるとすれば……応用。私も噂に聞いたにすぎないが、無事に伴侶を得た異種族の中でもマゾヒスト気質の者が誓隷紋の制約や罰を自由に設定できるという点を活かし、自らに誓隷紋を刻んで旦那である人間との力関係を逆転させる、といったプレイの一環で使用されることが稀にあるそうだ。おそらく淫魔に執着していた未姫は、この話を知って誓隷紋を知ったのだろう。


「そ、そんなのがあるんだ……」

「それで、頼みとは……一度言った手前、撤回するつもりはないけれど……」

「うん。私に刻んで欲しい」


未姫はそう言うと、立ち上がって私の目の前に立った。そして、顔を赤くして裾をたくし上げ、しなやかな腹部をあられもなく晒してみせた。


「……わかった。刻むよ」


私の言葉に喜色を滲ませる未姫だったが、私が彼女の手から服の裾を奪って再びお腹を隠すと、まるで直前で餌を取り上げられたかのような顔をした。


「けど、ダメじゃないか。風邪を引いてしまうよ……まぁ、かかったとしてもすぐに治してあげるけど」

「……え?」

「それに、人に見せない位置に刻んだら、未姫が私のものだと周りに伝えられなくなってしまうだろう?」

「あ……」


そして、私は固まる未姫の左手をゆっくりと掴んで持ち上げる。


「私としては、薬指なんかが良いと思うんだが」

「……うん……うん! お願い、明日乃ちゃん!」

「わ……」


無事未姫の合意を得て、燐華の羨望の視線を受けながら、魔法陣を展開する。刻むだけなら簡単なのだが、問題はその契約内容である。一度刻むとそれらを弄るのには手間がかかる。


ふむ、何が良いのかな、私の意に背けば快感とかかな、それとももっと縛る方向で、一日一度は私に触れないと不安になるとかもアリだな、あっここで浮気に反対できないとかも付けるか……いやそれはちょっと違うな、とはいっても未姫に不満なんかないしな、最悪私が命じるだけで絶頂というのもできなくはないな、いや別に誓隷紋でやる必要ないななどと考えていると。


ガラリ。今日2度目である、不意に入口の扉が開いた音。すみれの時と違うのは、扉が勢いよく開いたことと、現れたのが本当に予期しない人物であったことか。


「あ、アスティ……なにやってんの……?」

「ベルル」


扉から姿を現したのは、久々に顔を見る旧友であった。


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