第六話 ※なお人間だけではない(前)
あれから、燐華は変わった。私に対する態度はそれはもう180度と言っていい変わりっぷりだが、それだけではない。
「その……ありがとうね。一緒に家に行ってくれて……」
「構わないよ。私がいるだけで燐華の気が楽になるなら、いくらでも足を運ぶさ」
燐華には、週末には実家に帰るという習慣があったのだが、それが彼女のストレスとなっていたのは明らかだと考えた私は同行を提案し、無事懐柔に成功して今に至る。家の確執に娘を利用する家庭とあって正攻法でとはいかなかったが、やれないことはないものだ。条約に抵触する父君はともかく、母君に関してはいざという時はズルがし放題というのも大きい。
だが、彼女の変化の一番の要因はそれではない。逐一頑張ったことを私に報告する習慣がついことだ。とにかく褒められたい彼女の望みを叶えるように、とにかく肯定することに努めるようにしている。それが良い方向に働いているのか、燐華が次第に余裕を取り戻しているのだ。見る者が見れば依存しているとも捉えるだろうが、私に依存する分にはオールオッケーである。
「も、もう実家に挨拶したの……!?」
「未姫が望むなら、いつでも挨拶させてもらうけど」
「そ、そう……? って、違うよ!」
今更だが、この場には三人。放課後の生徒会室で、私と未姫と燐華が集まっていた。俗に言う修羅場であるが、私にかかればこの時間もイチャイチャタイムでしかない。
「あ、明日乃ちゃん……わたしとえっちした次の日に藤村さんを誑かしたってことでしょ……?」
「そうなるかもしれない。ただ、よく考えてみてくれ。私は未姫を愛しているし、未姫も私が好き。重要なのはその事実じゃないか」
「え、えぇ〜? ふ、藤村さんはそれで良いの?」
未姫の言葉に、燐華は俯きがちに口を開く。気のせいか、私にしがみつく力が少し強くなった気がした。
「私は……明日乃と一緒に居られれば、なんでもいいよ」
「藤村さん……」
「ありがとう燐華……大丈夫。君の望む限り、私は側にいるから」
子供のような燐華の頭を撫で、未姫の方へと向き直る。そして、少しだけ真面目な声色で話し始める。
「未姫。私は君が大好きだからこれからも一緒に居たいけれど……もし君が私を嫌いになってしまったのなら、その時は君の身体から私の痕跡を取り除き、望むなら記憶も消すことを約束する」
「それは……ヤダけど……」
「でも、そうじゃないのなら……未姫の願望は、これからも私が叶える」
「っ……ずるい」
悔しげにそう呟いた未季は、無言で燐華とは逆側の私の腕を組んだ。よし、修羅場解決。私に依存しきっている燐華と私に身を任せなければ癖を満たせない未姫を丸め込むなど容易いのだ。
「ありがとう未姫。見境なく女の子を好きになってしまう私を受け入れてくれて」
「う……それはちょっと嫌だけど……でも、それでもやっぱり明日乃ちゃんが好きだから……きゃ」
恥ずかしげに頬を染める未姫を抱き寄せる。よし言質取った。これでつまみ食いし放題だ。いずれダブルどころかトリプル以上ブッキングをしそうではあるものの、その時は物理的に身体を増やせばなんとかなるだろう。うん。
そんなこんなで美少女に挟まれて脳内麻薬人間ちゃん成分を大量摂取していたところで、不意に扉が開かれ、乱入者が現れる。
「随分と、好き勝手しているようね」
基本的に、昼休みとは違って放課後の生徒会長に部外者が入ってくることはない。未姫は部外者ではあるが、彼女は私が連れ込んだ例外だ。
「氷堂……」
「やぁすみれ。会えて嬉しいな」
つまりは、関係者。扉を開いたのは、現生徒会副会長である氷堂すみれであった。
「奇遇ね。私も会えて嬉しいわ、七志明日乃」
真意が読み取れない言葉を口にしながら、すみれは部屋を見回しながらゆっくりとこちらに歩んでくる。
「にしても、随分と様変わりしたものね。先輩方が見たら卒倒しそうだわ」
「……!? すみれ、君は……」
「え……? どういうこと?」
この生徒会室は、本来の姿ではない。今の豪勢な調度品や、おおよそ業務に適さない部屋の作りなどは、私が会長になったその日に一瞬で作り替え、初めからそうであったと認識されるよう細工をしてある。
それに気づいているすみれはつまり、ただの無知な人間ではない。
「……お気に召さなかったかな」
「別に。私はこの部屋にも学校の生徒会にも拘りはないから……その子と違ってね」
「っ……!」
すみれの言葉に、燐華の肩がわずかに震える。
……確か、燐華はすみれを評して自分を眼中に入れていないと言っていた。少なくとも、すみれの視線は対等な相手を見る視線ではなかった。
「……と思っていたけれど。随分マシな顔になったのね」
「え……?」
だが、眼中にない……というのも違ったらしく、すみれは燐華を見ながらそう言って、一瞬だけ微笑んだ。だが、その表情はすぐに消えてまた真意の見えない顔で私を見る。
「それで、何の用かな? 仕事ならもちろん君の分もやってあるけれど」
「そう。ありがとうね。ところで、私の祖父がこの学校の理事長なのは知っているでしょう?」
「もちろん」
「祖父は異種族との友好に力を入れていて、その縁で聖美原女学園では5年ごとに交流生を一人受け入れている。そして、今年はその受け入れる年だった」
「じゃ、じゃあそれが明日乃ちゃん……」
……これらの事実は全て、私がここに来た時に隠蔽したものだ。ここが男子禁制というのを利用して、全生徒と職員に認識改変をかけるという方法で私は人間を装った。
理由は最初から異種族だとバレていたら楽しみが一つ減るからである。
「……アスノティフィル・ナナークーシャ。そうでしょう?」
毅然とした顔で、私の名を言い当てる氷堂すみれ。それ自体はおかしなことでもない。私が仕掛けた改変は記録を改竄できるものでもないし、彼女の祖父のような男性や、あの日に校内にいなかった関係者には何の効果もない。疑問なのは、彼女自身がどうやって私の術中から抜け出したかだ。
「すごいな、どんな方法で見破ったんだい?」
「簡単な話よ。祖父が異種族と縁があると言ったでしょう? その伝手で加護をかけてもらっているだけよ……にしても、驚かないということはそこの二人はもう知っていたのね」
「……私は、明日乃がどんな存在でもいい」
「わたしはむしろ、そこに惹かれて……」
「そう。それが自由意志によるものかは知らないけど、まぁいいわ」
そこで、未姫と燐華には興味をなくしたのか、いつの間にか私の目の前ですみれは私を見下ろす。
「それで、どうする気なのかな。脅しなら、そんなことしなくてもすみれの願いなら叶えてあげるのに」
「こんな情報、脅しにもならないでしょう。貴女はいつでも私以外の人間の記憶を弄れるのだし」
「……まぁ、そうだね。じゃあ、本当に何の用なんだい?」
すみれは、他の少女達とは違って、私の力を概ね正確に捉えていた。交渉は無意味だと理解しているはずの彼女が、態々私に直接接してくるというリスクを犯しているのは何故なのか、本気でわからない。
「別に。ただ……貴女が異種族だと知って、ちょうど良かったと思ったの」
「ちょうどいい?」
私の聞き返す声にすぐには答えず、すみれは左手を私の頬に手を添え、まるで私が静奈にした時のような距離感で答えを口にした。
「ちょうど欲しかったの、人外のペット」
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