第十話 rest
「その、ありがとう……付き合ってくれて……」
「構わないよ。燐華とデートができるなんて、礼を言いたいのはこちらの方さ」
「あ、明日乃……」
週末、燐華と二人っきりで外出していた。どんどんと新しい子にちょっかいをかけるのも素晴らしいが、既に心を許された相手と過ごすのもまた素晴らしい。人間は相手を増やしていくと最終的に必ず一人一人に割ける時間が減るという問題に直面するだろうが、私には物理的に増えるという最終手段があるので何も問題はないのだ。
「それに、思い悩んでいるようだったし」
「……やっぱり、分かっちゃうよね……」
「別に相談してくれと言っているわけではないよ。話すことができないなら、今日はただひたすらに君のことを楽しませて、せめて今だけ悩みを忘れさせることにする」
「は、話すよ! 話す……けど……その、その後で楽しませてくれる方も……やってほしい……」
「もちろん。喜んで」
とは言ったものの、悩みの内容はある程度の察しはついている。というのも、燐華の様子がおかしくなったのはこの前言い争っていた生徒たちをすみれと二人で静めた出来事があってからなのだ。ここから推察すると、燐華の悩みというのは私がすみれに言い寄るようなことを言った件か、もしくは氷堂すみれそのもののことだろう。なにせ、燐華とすみれには因縁がある。もっとも、燐華……というよりは燐華の両親が一方的に敵視していただけで、すみれの方は大した感情があるようには見えなかったが。なんにせよ、これはもしかしたら当面の大目標である氷堂すみれの情報を得れるチャンスかもしれないラッキーイベントの可能性がある。
「その……氷堂のことなんだけど……」
「すみれ……? もしかして、私がこの前皆の前で彼女と仲睦まじく振る舞ったことかな?」
「ううん、それはいいの。納得して明日乃の手を取ったつもりだし……今日もだけど、ちゃんと私を見てくれるし」
「ふふ……ありがとう」
「それで、悩みってほどじゃないんだけど……氷堂のこと何も知らなかったんだなって思って……モヤモヤして……」
……確か、まだツンツン成分が残っていた頃の燐華が「氷堂は私のことなんか眼中にない」なんて言っていた。
「今まで、氷堂のこと勉強や経営のことしか頭にない奴だと思ってた。部活にも縁遠いし、周りに人はいても友達ってわけじゃないみたいだったし、他人に興味ないんだろうなって……でも、あんな……明日乃の友達だっていう異種族の子に首輪をつけて連れ回して……あの子や明日乃と話すときは楽しげで……知らない人みたいだった」
つまりは、自分があれだけすみれを敵視して逆にすみれからは全く意識されていないことを嘆いていたのにも関わらず、燐華の方もまたすみれの表層だけを見ていたことを気にしているのだろう。
「そうは言っても、たとえその事についてすみれに謝罪したとしても、彼女はそれを受け取ってくれないだろうね」
すみれと生徒会室で対峙した時も、すみれは燐華に対しては一言二言声をかける程度に気遣うだけだった。勝手な憶測だが、すみれにとって燐華は"親に縛られて自分を敵視する哀れな子"ぐらいの認識なのではないだろうか。そんな相手から今まであなたのことを何も知らなかったと言われても困るだけだろう。
「うん。だから、悩みってほどのことじゃなくて、ただ自省してるだけ」
「それでいいさ。もう君にのしかかるプレッシャーはないんだ。これからは視野を広く持っていけばいい。それに、すみれを知る機会ならこれからいくらでもあると思うよ」
「それって……やっぱり氷堂も狙ってるってこと? あの……余計なお世話かもしれないけど、未姫とか私とか他の子と違って、氷堂は脈がなさそうっていうか……」
「……ま、まぁ一筋縄ではいかないというのは私も同意見だが……そうではないんだ。なにせ……」
たとえ最終的にすみれが私に靡かなかったとしても、ベルルが彼女を選んだのだ。それは既に未姫たちと同様、こちらの世界に踏み入ったということ。友人かそれ以上か分からないが、永い付き合いにはなるだろう。
……いや、待て。私の認識改変を打ち破ったすみれの加護は、ベルルに会う前から持っていたものだ。だとすれば彼女はそれよりも前から……?
「……明日乃?」
「……あぁ、すまない。今日は燐華のために使うと決めたのに、考え事はマナー違反だったな……そろそろ行こうか」
「うん!」
よし……すみれの考察はまた今度だ。今は……どうルートを辿れば最も雰囲気よくホテルに入れるかを考えよう。
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