第十一話 潜入

 「……完璧」


 変身魔法、制服、偽装学生証、すべて準備ができた。今の私は誰が見ても聖美原女学園に在籍する生徒であり、天才キュリードル・クレイドルだと看破できる者はいないだろう。たとえあのアスティが相手でも、だ。


 新魔法の開発という分野で既に歴史に名を刻んでいる私にとって、この程度の魔法は造作もない。その精巧さはアスティを大きく上回り、ベルルイレの雑な魔法とは雲泥の差があると自負している。そもそも私から言わせればアスティが魔法の名手であるという皆の認識は誤りだ。アレは正しく呼吸をするように、つまりは生まれ持った機能を使うように高度な魔法を行使するが、初めて会ったときから……いや生まれたときから彼女の魔法の腕は進歩していない。よって同等の天才+すべてを魔法に費やしてきた私には及ばないことは明白。


 ……といっても、魔法以外の部分では逆立ちしても勝てないから殺し合いでは勝ち目がないのだが。


 「……でも、今日は魔法の腕だけがものを言う」


 今回の目的は、あくまで調査。アスティや裏切り者のベルルに悟られず、奴らの日常を見るだけで良いのだ。


 「……行くか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 学園への潜入は、無事に完了した。


 「それにしても……どういうつもり?」


 学園には、数多の魔法が張り巡らされていた。それも私を警戒するものではなく、ほとんどが認識改変の魔法。アスティの仕業であることは間違いなく、この学園の人間は奴の掌の上にあると見て間違いない。


 ……これが知られればアスティだろうとただではすまないだろう。いかにあいつが魔王の娘と言っても、後継者はくそ真面目な妹の方なのだ。こんな人間界への干渉は最低限という方針に喧嘩を売っている行動が許されるとは思えない。


 なお、私の今の行動もあまり良い顔はされない。あくまで表向きの理由だが、ベルルもここに侵入したこと……正確には割り当てられた生活から逸脱したことで処罰を受けている。しかし、対策は万全だ。今この時もダミーの分身が普段の生活を続けている上、この世の誰にも今の私の正体は見破れない。懸念点を挙げるとすれば、デジタルなセキュリティを突破するための学生証は用意してきたが、誰かに成り代わっているわけではないためこの学園の籍を持っているわけではないという点だろうか。そこは、適宜認識阻害魔法で誤魔化していくしかない。


 「とはいえ、何日も潜伏するわけでもないしそんな機会……」

 「あれ、君誰?」

 「……」


 などと考えていたら、いきなり話しかけられて目論見が外れてしまった。


 「おまえこそ、何の用?」

 「いやぁ、これでもお姉さんは人の顔を覚えるのには自信があってね? 初めて見る子だなぁって思って」

 「……お姉さん……?」

 「あれ、違った? 中等部の子だよね? 病気がちだったとか?」

 「……」


 失礼な……とは思うものの、私の正体に勘づいての行動や悪意から来る行動で話しかけてきたわけではないようだ。……仕方がない、アスティと同じ手口を使うのは癪だがここは認識改変魔法で乗り切るしかないか。


 「……人の顔を覚えるのには自信があるっていうの、改めたほうがいい。私はずっとここに通っているし、高等部」

 「……あ、れ……そうなの……? おかしいな……ご、ごめんねぇ? 名前教えて貰ってもいい?」

 「…………来栖桐絵。お前は?」

 「阿須賀日向っていうんだけど……え、私を知らない……?」


 初対面なんだから当たり前だろと言ってやりたいが、そこをつつくと折角施した認識阻害と矛盾が起きて効果が揺らぐ危険があるのでスルーしておく。とにかく、さっさとこいつから離れるべきか……いや、どうせならアスティについて聞いてみるか……?


 「あ、日向ちゃんいた……お、おーい……!」

 「お、せいな! あれ持ってきた?」

 「うん! だから写真を……ってあれ、その子は?」


 また新しいのが来た。これ以上ここにいれば面倒ごとに発展するかもしれないし、退散するべきか。


 「気にしなくて良い。私はもう行く」

 「あ、そ、そうなの?」

 「ちょ、ちょっと待った! せいなの用事はすぐ終わるから! はいこれ!約束のやつ!」

 「ありがとう! じゃあこれ私のノート、次のテストの範囲はカバーしてると思う!」

 「どーも~、せいなのノートがあればみんな安心だよね~」


 そんな会話をして、二人はノートと写真を交換する。待てと言われて待つ義理もないが、なんとなくそんなやりとりを眺めていると、受け渡された写真が目に入り唖然とする。


 「アスティ……!?」


 人間のふりをしているようだが、ノートを差し出した少女が嬉しそうに眺めている写真に写っているのは間違いなくアスノティフィル・ナナークーシャだった。


 「あす……? あぁ、もしかして明日乃さんのこと?」

 「君もファンなの? うーん、残念だけどこれは超貴重なプロマイドだから……」

 「冗談でもやめろ」


 ……なんだ。何が起こっているんだここは。アスティの写真が貴重で物々交換? 何を言っているんだ?


 「……ねぇ、ソレにお前のノートと同じだけの価値があるの? ソレに?」

 「え? わ、私なんかのノートで明日乃さんコレクションが増えてむしろありがたいくらいだよ!」

 「……」


 正気か? ……いや、冗談でもなんでもなく正気じゃない可能性は十二分にある。ここはアスティの根城。既にこの学園には数多の魔法が仕込まれているのは確認済み。そこまで墜ちたとは思いたくないが、ここの人間は全員洗脳されている可能性はありうる。


 ……確認するか。


 「ちょっと」

 「な、なに……ひゃあっ!?」


 了承も取らずに、私は少女の長めの前髪をかきあげ彼女と自分の額を合わせた。確認に一番手っ取り早い方法が、頭の中を見ること。それ自体はこんなことをしなくても可能だが、普通のやり方でアスティに感知されない自信はさすがに無かった。こうでもしないと魔力が漏れるのだ。


 「ち、ちちちちちかっちかちか近い……っ!」

 「静かにして」


 何を大げさな……と思ったが、今のこれは先輩が得意げに見せてきた人間界の娯楽のワンシーンに似ていることを思い出した。たしか、恋人同士はこうして体温を測るんだったか。


 なんてことを思いながら、並列で解析を始める。


 ……黒津静奈。16歳。好物は磯辺焼きと七志明日乃。アスティの偽名か……正気か? 嫌いなものは運動と大人数と暗所。愛人の子で、父親の財で学園に通っている。それゆえ、学園での立場は弱く、またその気質もあって虐めの対象になった経験もあり、自己肯定感が低い。暗所恐怖症はこの時暗い場所に閉じ込められたことに起因。……。高等部進学後、現れた七志明日乃に困っているところを助けられ、人の優しさに飢えていたこともあってそれ以来彼女を慕っている。……洗脳ではない、か。また、七志明日乃が生徒会長になってから嫌がらせの類いはパタリと止み、現在は和やかに過ごすことができている。……こちらに関してはアスティが何かしているな。それらを七志明日乃によって学園が変わったと認識しており、向ける感情は信仰へと昇華され自室のベッド周りには七志明日乃の写真が──もういい、もういい。


 「……とりあえず、シロか」

 「あ、あのー……えっと、桐絵ちゃん? せいなもう限界みたいだから許してあげてほしいなー……って……」

 「……おい、しっかりしろ」

 「……」


 気づけば、黒津静奈はボイルクラーケンのように顔を赤くしてふらついていた。慌てて支えると、今度は動かなくなった。


 「いくらなんでも対人耐性なさすぎ」

 「いやいやー、そこが面白いんですよお嬢さん」

 「……」 

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