第十二話 amazement

「お前、阿須賀日向……だったか」

「そうそう。お見知り置きを〜」


ダウンしている静奈を抱えたまま、面白がっている少女を睨む。はっきり言うが、へらへらと笑うこの女への印象は先ほど無関心から不信感へと変わっている。


静奈の記憶を読み取った副産物で、阿須賀日向がこの場所でどういった立ち位置で、いつから静奈と仲が良いのかも把握することができた。


どうやら阿須賀日向が自負する人脈は本物のようで、彼女と知り合いでないこの学園の生徒という存在が既に奇特であるらしい。とんだ初見殺しだ。


 「それで……差し支えなければ、桐絵ちゃんのこと教えてほしいかな~って……あ、きりえるって呼んでいい?」

 「やめろ」

                                        

 それで、彼女の何が信用できないのかと言えば、黒津静奈の過去にある。静奈と阿須賀日向は中等部からの仲であり、静奈にとっては唯一無二と言って差し支えない友人だ。しかしその実、静奈の記憶に虐められていたところを助けられたという記憶は無かった。つまり、阿須賀日向は静奈が受けていた仕打ちについて見て見ぬふりをしていた可能性が高い。


 気に入らない──というのが、率直な感想だ。


 「お前に話すことは何もない─ただ」


 アスティの情報を抜き出すのにこれ以上の相手はいない。人間の記憶は事実がそのまま残るものじゃない。静奈の記憶の中のアスティはバイアス……というか信仰フィルターのせいで偏っていて、とても私の知るアスティとは結びつかなかった。その点で言えば事情通であり、静奈よりもアスティと親しいらしいうえに特別な感情を抱いていなさそうな彼女は格好の情報抜き出し相手だ。


 もう一度同じ手で記憶を読み取るべく、静奈を横たえてから日向との距離を縮め、そして──


 「おっ……とぉっ! あ、あれかな? 桐絵ちゃんは外国の人なのカナ!?」


 ……避けられた。一度見られている上に、彼女は静奈とは比べものにならないほど警戒心が強いらしい。もっとも、静奈の無防備さは思わず心配になるレベルなので、正常なのは日向の方なのかもしれないが。


 とにかく、もうノーリスクで記憶を読み取る手段はない。強引な手を選べばアスティに感知されるか怪我をさせるかのどちらかだ。仕方がない……普通に聞くしかないか。


 「悪い。やっぱり聞きたいことがあった」

 「か、会話が一方通行……」

 「七志明日乃について聞きたい」

 「あ、やっぱりファンなの?」

 「本当にやめろ」


 どうやらこの場所では静奈のような存在は珍しいものではないらしく、静奈の記憶からもファンクラブという存在が確認できている。正気か?


 「でも……ここの高等部であすのんのことを知らないなんて──」

 「……最近復学した。そしたら随分様子が違うから、その元凶について知りたい」

 「復学……? でも、名簿…………そっか。じゃあ話してくれたお礼にとっておきのあすのんマル秘情報を教えてしんぜよう!」


 怪しまれている……が、ひとまずは疑問を飲み込んでくれたというところか。後で確認をとるつもりなんだろうが、こちらはアスティの生活を把握するまでに大事にさえならなければ良いのだ。それが済んだ後であれば感知のおそれがある認識改変も使い放題なのだから。


 「明日乃さんのマル秘情報!?」

 「あ、せいなん起きた。筋金入りだよね~」

 「ま、マル秘情報なんて言われたら聞き逃すわけにはいかないよ!」

 「イヤ、それは誇張であってですね……マニアのせいなんからしたら物足りない情報しかないと思うけど……まぁいいや」


 そう前置きして、阿須賀日向はアスティ……いや、聖美原女学園の七志明日乃について話し始めた。


 高等部から外部生として現れたこと。入学当初からしがらみや確執の多い学園の雰囲気にとらわれず行動していたこと。その魅力と能力で次々と先生や生徒に認められていったこと。少し前まで学園の支配者だった氷堂すみれとやらの不干渉主義のせいで勃発していた派閥争いを止め学園の空気を変えたこと。反感を抱くものに対しては個別に対応して逆に味方にして見せたこと。そのままの勢いで生徒会選挙に勝ち生徒会長になったこと。寮の最上階に一人で住んでいること。昼は生徒会室で取り巻きと過ごしていること。特にお気に入りが二人いるらしいこと。二人とはもう既にかなりの仲にあると睨んでいること。


 「聞いてないよ!?」

 「ありゃ?」

 「……」


 阿須賀日向が語った内容は、非常に有用な情報だった。


 「お、お気に入りって……一人は揺川さんだよね!? もう一人は……」

 「りんりんだよ? 生徒会書記の藤村燐華」

 「で、でも藤村さんって明日乃さんのこと嫌って……」


 これがすべて事実だとして、アスティの言う極楽のような思いをしている生活というのは女学園で皆から尊敬され、昼には取り巻きに囲まれ、お気に入りとは夜も共に……といった生活のことらしい。これが意味することは、つまり。


 「もー、何周遅れの話をしてるのさ。すごいんだよ最近のりんりんのデレデレっぷり。もう完全に別人なんだよねぇ」

 「あ、明日乃さん以外の生徒会の人は……詳しくなくて……」

 「っていうかファンクラブでもこの話題で持ちきりのはずなんだけどなー。なんてったって私が流したし」

 「ファンクラブは……その、集まりとか苦手で……」

 「入ってる意味は……?」


 ……それなら、すべての説明がつく。アスティが雌を従えて悦ぶ変態だったのなら、後ろめたいことでも私たちが羨むことでもないという弁にも筋が通る。厄介な『協定』も、人間の女性は保護の対象になっていなかったはずだ。なんでベルルがそれを言い淀んでぼかしていたのかだけ解せないが、ベルルはベルルで何かあるのだろう。


 「そ、それよりかなりの仲って……!?」

 「あー、それは私の推測なんだけどね。ほら、結構な頻度で最上階のあすのんの部屋からみっきーとりんりんが登校してくるし、あの雰囲気はねー……私と同じ考えの人は結構いると思うよ?」


 だとすれば、もう好きにやってくれというのが私の思いだ。口出しするようなことは何もない。いや、思わせぶりな言い方をして私たちをからかったことについては文句を言ってやるが……なんというか、一気に気の抜けた気分だ。


 「そ、そんな……」

 「せいなんもさー、大人になって恥かいたり地雷ふんだりする前にそういうの読み取れるようになった方が良いと思うよ? ほんとに」

 「う……それは……わっ!?」


 にしても……コレか。女同士……アスティはコレに夢中になっているのか……。


 「き、桐絵ちゃ……なんで撫で……ひゃっ!?」

 「ま、まさか……せいなんの春……!?」                                                                                                                                             




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未だ追ってきてくれている方まぢ感謝

……いるよね読者?多分……

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