畏解

 『キュリードルはエルフ随一の天才だ』


 私もそう思っているし、事実としてそうなのだろう。里のすべてが私より劣って見えたし、親族から褒められない日も、同世代の者から疎むような視線を向けられない日もなかった。


 ただ、それで私が増長して調子に乗っていたかと言えば、そうではない。なぜかと言えば、そもそもあの世界においてエルフというのは下から数えた方が早い弱小種族にすぎないからだ。魔法適正こそ上位だが、身体性能では下位。そのくせ森で自然と調和だの言っているから魔法適性を活かすための複雑な魔法研究が進んでいない。ハッキリ言って扱いは田舎者だ。

 私は、そんな環境で抜きん出たからといっていい気になるような愚者ではなかった。


 早々に里を抜けて魔王城のお膝元、全種族のエリートが集まる学園の門を叩いた私は一層努力して魔法を追究した。天才を自称するようになったのはこの頃だ。幸い、私は大海を知らずとも蛙に収まる器ではなかった。努力は実を結び、次第に虚勢は自信の象徴になっていった。


 「エルフにしては出来が良いっていうのは認めるけど……ちょっと必死すぎるよね……」 「真面目ぶってさ……どうせ目当ては交流生枠なくせに……」


 それと同時に、敵も増えた。味方を作ろうとしなかった私の方にも落ち度があるが、陰でどうこう言われる分には特に対処しようとは思わなかった。里からの慣れというのもあるけれど、そもそも妬み嫉みをぶつけられるのは嫌いではない。私の方が上だと、向こうの方から認めているようなものだからだ。


 「君たち、そこまでにしたまえ」


 だから、どちらかと言えば鬱陶しいのはこいつの方だった。


 「ナナークーシャ様……」


 アスノティフィル・ナナークーシャ。学園最高の傑物。あらゆる面において私たちの世代で……いや、この世界で突出した才覚を持つ怪物。


 「彼女が気に食わないなら、実力で上回るべきだ……どうだろう、君たちにその心意気があるのなら私が……」

 「っ! ……失礼します!」


 喧嘩を売る度胸もない二人組は、アスノティフィルの差し出した手に背を向けて逃げるように去って行った。あの二人に向上心があれば、アスノティフィルは言葉の通りに協力を惜しまなかっただろう。本当に上を目指しているのなら、学園のほぼ全員から恐れられているアスノティフィルの手を恐怖を押し殺してでも取るべきだった。結局、本気の者に他人を貶めている時間などないのだ。


 「頼んでいない」

 「頼まれなくても、友人として君の努力を貶されて黙っていられなかっただけさ」

 「友人じゃない」


 笑みを浮かべて近づいてくるアスノティフィルが助けてやったぞとでも言いたげな顔をしていたので、何か行ってくる前に拒絶の言葉を口にする。


 「それで、勉強中かい? それは……魔法式かな。エルフ族のものではないようだが……」

 「……種族の壁を越えた学びができるのが学園の利点。当然でしょ」

 「ふむ。その発想はなかったな……私は学ぶより先に自分に合った魔法を作ってしまうから」

 「……自分で使うにしても、似た魔法を見つけてそこから改良していく方が効率が良い」

 「普通はそうかも知れないけど、私は思い通りのオリジナル魔法をすぐに作れるからね」


 それが結果的に過去の魔法と同じものになっていることはあるかもしれないが、と付け加えるアスノティフィル。どこまでもふざけた存在だ。本当の意味で一から魔法を創造するなんてことは非常識にもほどがある。一般的な新しい魔法が既存の魔法体系の流れを汲んでいるのに対し、こいつのやっていることは自分で新しく体系そのものを作っているようなものだ。


 アスノティフィル=ナナークーシャは、学園の皆から恐れられている。……悔しいが、私も例外ではない。とにかく得体が知れなくて、恐ろしい。エルフよりも格上の種族などごまんといるが、この私が恐れるなんて初めてだ。だが、私がこの恐怖を表に出すことはない。もしそれを表に出せば、まるで私が凡才どもと同じかのように見えてしまう。それだけは認められない。


 「そんなことより、何の用? 用がないならいつも通りベルルイレと遊んでいれば良い」 「さすがに常に一緒とはいかないからね。それに、用がなくてもキュリーと話すのは楽しい」


 そうやって拒まずにいたら、私はアスノティフィルに気に入られてしまったらしい。こいつは龍族のベルルイレとよくつるんでいるが、あいつがいない時は決まって私のところに来る。拒絶していないだけで受け入れた覚えはないのだが、もしかして寂しいのだろうか。


 「そういえば、さっき種族の壁を越えた学びができるのが学園の利点といっていたけれど」

 「それが何?」

 「いやなに、純粋な尊敬だよ。そんな風に学園を捉えている者は、本当に少ないんじゃないかな」

 「……さっきの奴らも言ってた、交流生制度の話?」

 「そう。ここにいる者の大半が交流生枠を得るためにここの門を叩いている。そんな中で純粋に自らを高めている君は凄いと、そういう話さ」


 学園の優秀者には合法的に人間界へ赴く権利が与えられる。それが交流生制度だ。ここで研鑽を積む者のほとんどがこれを目当てにしていて、この枠を狙える実力を持った私が疎まれていることも知っている。が、私はそれにさほど興味がなかった。エルフの里では里の婿として人間の男が延命魔法をかけられながら飼われていたが、接する機会もなく興味の対象外だった。交流生枠についても同様に私は無関心だった。今の今まで。


 「……アスノティフィルも交流生枠が狙い?」

 「もちろん。ここに来た以上それが本懐さ」

 「なら、私も狙う」

 「ほう」


 交流生として人間界に赴き、自分だけの伴侶を捕まえる。アスノティフィルも凡才と同じようにそれが目当てらしい。ならば、これはチャンスだ。戦闘ではもちろん、純粋な魔法の腕で初めて勝てないと思ってしまった相手に私の方が優れていることを証明するチャンスなのだ。


 「それはつまり、キュリーも人間界へ行って人間くんを愛しに行く、と」

 「そうなる。必ずお前よりも早く男を捕まえ──」

 「やっぱりキュリーも人間くんに興味があるんだね! では私と人間くんについて語り合おうじゃないか!」

 「……寄るな」


 一気に雰囲気を変えて詰め寄ってきたアスノティフィルは早口で何やらまくし立て、懐から人間が写った本を持ち出して見せてきた。最初は興味のない話に辟易としたが、次第に本の中の人間に目が吸い寄せられる自分がいた。


 「……っと、ついヒートアップしてしまったね。すまない、私はここで──」

 「その本、貸して」


 思いのまま、欲望のままに漏れ出た私の言葉に一瞬驚いたアスノティフィルは、次の瞬間にはニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべる。非常にムカつく顔だ。


 「では、条件がある」

 「なに」

 「これからはアスティと呼んでくれ」


 この日を境に、私が感じていたアスティへの恐怖は次第になくなっていった。

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