第3話 墜落
「明日乃ちゃんのお部屋……って、あの最上階の? もちろんいいよ〜」
あの後……みんなからは燐華についての興味深い話が聞けたのだが、兎にも角にも今は未姫だ。もちろん二人目は燐華の気分である。すまない、待っていてくれ燐華……。
良い加減我慢ができないので未姫を部屋に連れ込もうと声をかければ、あっさりと未姫は了承した。本当に、これから襲われて今後千年の生を捧げることになるとは夢にも思っていない無警戒っぷりである。つまり合意である。
「たのしみだな〜、明日乃ちゃん、最上階独り占めなんでしょ?」
「まぁね。行き来が少し面倒だけれど……」
聖美原学園学生寮の最上階は、階そのものが私専用である。これは学園の生徒会長の特権──などではなく、もともと存在しなかったもの……つまり、私がここへ来た時に自分で自分用の階層を増設し、その後学園の人間全員の認識を改変したのである。
……というわけで、件の私の部屋に着いたわけだが。
「わぁ〜広ーい!」
「まぁ、みんなの部屋と比べればね」
「あと綺麗! 私なんかお部屋すぐ汚しちゃうよ〜!」
「まぁ、あまり置くものもないしね」
そもそも、私は食事すら必須ではないからあまり物を持っていないし、掃除すら魔法で一瞬だ。家具類こそ良いものを用意したが、それでもこの部屋はどこか生活感が欠けていて、この広い部屋も無用の長物である……今日までは。
「……未姫」
「な〜に? …………え?」
私の呼びかけに振り向いた未姫は、私の姿を目にした途端に固まる。
……無理もない。歪な翼、黒白眼、雄々しい角、棘棘しい尾。今の私は誰がどう見ても人間の姿形ではなかった。
だが、もう遅い。最早未姫の力ではどうやってもここから脱出することは敵わず、今更自分の置かれた状況を理解しようが彼女の運命は決している。沈黙する未姫に向かって一歩踏み出したところで、ようやく未姫がその口を開いた。
「明日乃ちゃん、異種族さんだったんだ……」
「ふふ、怖いかい? だが安心してくれ、すぐにその感情も──」
「ねぇねぇ、何の種族なの? 触っていい?」
「……私の種族を一言で言えるほど私は単純な生まれではないんだが……未姫、私の角を触って楽しいのかい?」
驚いたことに、ここまで来ても未姫はいまだ何の警戒もしていなかった。これから襲う身で心配になってくるが、今の人間の女性の意識などそんなものなのかもしれない。もちろん、相手が同性で異種族は女性を狙わないという思い込みも大きいだろうが、それくらい現代の女性は性犯罪とは無縁なのだ。
なにしろ、『そういう行為』は我々の法で明確に同意扱いである。性欲奔放な男性はいずれ
要するに、ヒトメスはメチャクチャ警戒心が薄くて、この世界はどこまでも私に都合が良いということだ。
「触っちゃダメ?」
「ダメではないが──」
私のことを微塵も疑っておらず、純粋な興味で私の角を撫でる未姫を見る。全く……なんだ? なんなのだ? そこまで私を誘惑して楽しいのか? なんて罪深いんだ……これはもう犯し尽くすしかない……良い加減我慢できないしもう私のものにしていいよね? うんいいよ(自己解決)
「君が私のものになった後で、好きなだけ触れるといいよ」
「……え」
角を撫でていた未姫の腕を掴み、超至近距離まで顔を近づけてそう言うと、さすがの未姫も呆気に取られた顔をする。
「そ、それってどういう……」
「私がこの学園に来たのはね、未姫。今後数千年の伴侶を見繕う為なんだ。でも、一度進んだら止まらなくなると思ってね。今まで我慢してきたんだけど……未姫、今朝君は言ったね。『異種族に興味がある』と。アレでタカが外れてしまったみたいなんだ。責任、取ってもらわなきゃね」
「わ、わたしを……?」
「最初は君だって、決めていたんだよ?」
段々と状況が飲み込めてきたのか、未姫の顔がじんわりと紅潮しているのを目線で愛でる。ここまで来たというのに、彼女からは恐怖を感じなかった。
「そ、それって……私に気持ちいいこと、するの……?」
「あぁ……こんな風に」
「んっ……!?」
強引に唇を奪い、舌が捩じ込ませる。意図的に鋭敏に仕立てた感覚器が、その全神経で未姫を堪能する。彼女の甘やかな香りに包まれながら、不慣れでぎこちなく震える彼女の初めてを満喫する……が、自分ばかり楽しむわけにもいかない。今日の為に調整した舌の出番だ。
「んぅ……っ!?」
ヒトより長い舌を使って、未姫の口腔内を好き勝手に蹂躙する。上顎を軽く叩き、歯茎をなぞり、歯の裏側をそっと撫で……最後には未姫の舌を絡め取って締め付け、舌先から出した分泌液を未姫の喉に流し込む。
「ん……ぁ……?……んっ…………っ!? ぇ……ぁぇ?」
数秒の間飲ませ、そうしてやっと唇を離す。すると、途端に未姫が崩れ落ちそうになる。もちろんそうなる前に支え、すぐ側のベッドに寝かせる。かわいそうに、もう普通のキスはできないだろう。させるつもりもないから問題ないが。
「な……っ、にした、の……?」
寝かされた未姫は自分の身体の異変に戸惑いつつも、その瞳はしっかりと私を捉えていた。
「私の愛だよ、それは……心配しなくても、すぐ馴染むさ」
人間の脆さに耐えかねて、拉致した男を二度と外に出さず徹底的に縛りつけ、果ては思考までも奪おうとする異種族は少なくない。私とてその恐怖を克服できているわけではないが……この分泌液はそこに折り合いをつける一つの手段なのだ。
「君に飲ませた分泌液……甘く痺れるように感じただろう? あれは君の身体を強くする効果がある。摂取し続ければ病気にもならないし、衰えも感じないだろう。まぁ、それは少しずつ私に近づいているということでもあるが」
あとは、私相手限定で感じやすくなるとか、他の男を受け付けなくなるとかそういう些細な効果しかない。
「そんなことが……あすのちゃん、ほんとうにわたしを……」
話していると、段々と未姫の言葉が明瞭に戻ってきた。感じやすくはなるものの、催淫の類は含んでいないのだから身体に馴染めば復帰できるのは自然なことだ。
……にしても、一つ気になることがある。ここまでやったというのに、ついぞ未姫からは一切の恐怖を感じなかった。それどころか、私がズルをするまでもなく歓んでいるようにも思える。
これが初めから私を好いていたからだと喜べればよかったのだが……どうやらそうではないらしい。
「ふふ……たとえ泣いて嫌がってもその心を私で埋め尽くし、将来を誓わせるつもりだったんだけど。未姫、どうして君はこんなにも素直に私を受け入れる?」
「……明日乃ちゃん、聞いてくれる?」
「君の言葉ならいくらでも」
いつものふわふわとした雰囲気が霧散したような未姫の言葉に対する私の返答を聞くと、未姫は一度瞳を閉じ、数瞬の後に意を決したように目を開けた。
「今朝ね、わたし明日乃ちゃんに嘘ついたの」
「……今朝?」
「ニュース見て、男の子は大変だね、って。あれ」
「あれが……?」
「わたし、本当は羨ましかったの」
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