第九話 collusion(前)

「というわけで、この子もうちに通うことになるから。私のペットとして」

「ペ、ペット……え、ベルル……本当かい……?」

「ペットじゃないし! じゃないけど……その……」

「いや……その首輪……」


ほとんど反射でペット扱いを否定したベルルだが、私にはそれが口だけの反抗にしか見えなかった。そんな印象をベルルの首に昨日までなかった、強く“所有”の意を主張する首輪が裏付ける。


……見たところ、命令を強制するタイプの拘束具のようだが、本気のベルルを抑えられるほど強力なものには見えないし、この手の拘束具に見られる無理に突破した際に発動する悪辣なペナルティもなさそうだ。


ここから導き出される結論と言えば……。


「完全に手懐けられている……」

「〜〜〜〜〜〜っ!」


どうやら私としたことが、すみれのことを過小評価していたようだ。


「というより、昨日あれだけ私のことを異端者扱いしておいて一日でそれかい?」

「うっさい! 浮気性のゴミとだけは一緒にされたくないんだけど!」


とにかくこの話題を有耶無耶にしたいのか、喚きながら私を睨むベルル。彼氏がどうのと言っていた彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。


「とにかく、そういうわけでこれから私達は手続きがあるから。アスノティフィル、貴女の間抜けな顔が見れて良かったわ。ベルル、行きましょう」

「りょ、了解……」


そう言って、二人は部屋を出ていった。どうやら本当に私を挑発するために変わり果てたベルルを見せにきたらしい。確かに、驚きのあまり普段の私にあるまじき表情で硬直してしまったが……それだけだ。私とて、ベルルのプライベートに口出しする立場にないわけで、それ以上の感情は……。


「…………ベルル」

「明日乃ちゃん? どうしたの?」

「未姫……いや、なんでもないよ」


……待てよ。このまま私が予定通りにすみれを手に入れてしまえば、おまけでペットのベルルちゃんがついてくるのでは?


「ふ、ふふ……ただ、面白くなって来たなと思ってね」


良い、良い。今の生活にはスリルが足りないとちょうど思っていたところだ。



────────── 



聖美原女学園に御洒落なチョーカー()をつけた異種族が転入してきたその日、学園はただならぬ雰囲気に包まれていた。高等部一年フロアの一角、廊下の合間にあるスペースにて、七志会長派の生徒の一団と氷堂副会長派の生徒の一団が睨み合い、一触即発の状態に陥っているのだ!


 「どど、どうしてこんなことにぃぃぃ……」


 そんな様子を遠巻きで見ることしかできないでいる少女が一人。七志会長ことアスノティフィルに密かに憧れ、毎日アスノティフィルの複製写真に囲まれて眠る平均的なファンであるこの少女の名は、黒津静奈という。


 「なんかねぇ、生徒会室であすのんとみーれんが言い争ってる? ところを見たって子がいるんだよね  それに背びれ尾びれにおまけでスクリューがついて今に至る、みたいな?」


 何でもないように事情を話すのは、阿須賀日向。学園随一の事情通である。言い争う集団を眺めるその顔は面白がっているようにも嘲笑しているようにも見える。少なくとも、他人事だと捉えていることは誰の目にも明らかだった。


 「みーれんって副会長のことだよね?だ、だから……」

 「まー、眉唾だよねぇ。あすのんが女の子相手に怒るとも思えないし、喧嘩になったとしてもみーれんが感情的になるはずないしねー」

 「す、すごいね日向ちゃん……副会長をあだ名で……」

 「んにゃ、呼ぶたびに睨まれるし苦情言われるよ? でもこういうのは継続が大事だからねー」


 いかに珍妙なあだ名でも、人は呼ばれ続ければいつの間にか慣れて受け入れてしまうものだと、日向はよく知っていた。あんなにも頑なで手応えがないのは氷堂すみれが初めてだが、と日向は内心ですみれの鉄面皮を思い浮かべた。


 「に、睨まれ……やっぱり日向ちゃんはすごいね  私だったら一回で心折れちゃう……」

 「確かに、ちょっと塩味が強くて初心者向きではないですなぁ。ここはあすのんと真逆だよねぇ」

 「!そ、そうなの……!明日乃さん本当に優しくて……!」

 「優しくされてコロッといっちゃったんだ?」

 「うううう……む、向こうは覚えてないだろうけど、入学式の日に……」

 「へー? ま、優しいは優しいよねぇ」


 聞き手に徹しながら、日向はいつも話題の中心にいる七志明日乃のことを思い浮かべる。彼女が親切耐性の低い静奈を一撃KOするくらいには優しいというのは日向も同意見だった。


 (けど、あれって余裕からくる優しさなんだよねぇ)


 犬や猫を可愛がる時に、見返りを要求したりはしない。たとえ噛みつかれたとして、本気で怒ったりはしない。それと同種の認識を、日向はアスノティフィルから感じ取っていた。


 「って、そんなことよりアレ、加勢しなくていいの? せいなもファンクラブメンバーでしょ?」


 日向がそう言うと、静奈の意識が現実へと戻り、再び怯えだした。どうやら話に夢中になるあまり眼前の光景も忘れていたらしい。


 「む、無理だよぉ……」


 言い争っている集団のうち、片方は静奈も属する七志明日乃のファンクラブめんばーが中心となっていた。そしてもう片方、氷堂副会長派もその熱量は負けていない。耳聡いすみれが禁止したためファンクラブこそないものの、中等部までのカリスマぶりであの塩対応にも関わらず人気は根強いのだ。


 「まぁ冗談だけどサ。でもそろそろ止めないとさすがに……」

 「貴女達、何をやっているのかしら」


 ヒートアップしていく喧噪を、すみれの声が一瞬で静めた。








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