第8話 酔っ払いは鋭い

 紅華の言葉に呆然とする司乃と時彦。


 司乃としては、色々と考えていたため、もっと重要な話が出てくるかと思っていた。特に昨日の純太に関しての不可解な出来事など。


 時彦も昨日の話題が出た時点で諦めていた。純太の力を暴走させた事をバラされるかと思った。


 が、実際は違った。


 紅華は時彦にビシリと指をさして言う。


「この人、毎日カップ麺とケーキしか食べてないんですよ! それがこっちに来てから一ヵ月半。あり得ませんよね!」

「……それは確かにマズイね」


 呆然としていた司乃は紅華の発した事実の重大さに気が付き、時彦を見る。


「保護者さんの話では、自活もキチンとできるって事だったし、面接したときも受け答えがしっかりしていたから、アパートを借りることを受け入れたけど……」

「うっ」


 司乃にジト目を向けられ、時彦は焦った表情を浮かべる。


「僕はキチンと自活できます! 料理だってできますし、その他諸々の家事もできますから!」

「でも、してませんでしたよね?」

「うぐっ」


 紅華の鋭い指摘に時彦は頬を引きつらせ、保護者に電話をかけるためかスマホを取り出していた司乃に慌てて頭を下げる。


「お願いです。連絡だけはしないでください! これからは食事もまともに取りますから! お願いします!」

「……私も店子の私生活に首を突っ込みたいわけではないんだけど、流石に天井くんは高校生だからね。アパートの契約者も君じゃなくて、保護者の方だし。アパート運営もそれなりに苦労が多いんだよ」

「けどっ!」


 司乃の言葉はもっともで、時彦は反論しづらい。その時、紅華が助け舟を出した。


「師匠。連絡はまだ、いいんじゃないですか?」

「……どういうことかな?」

「要するに天井さんがまともに食事を取っていればいいんですよね?」

「まぁ、まずはそこだね。大家としても倒れられるのはかなり困るし、個人的にそんな食生活してるのも心配だから。けど、私が毎日、天井くんが食事をキチンと取っているかどうかを確認するわけにもいかないでしょ?」


 そこまで言って、司乃は今朝の紅華の言葉を思い出す。夕食に人を招くという言葉を。


「紅華ちゃん、まさか……」

「そのまさかですよ。私としても、雨宿りさせてくれた人がこんな事で師匠にアパートを追い出されるのもアレですし。……それで、よろしいでしょうか?」


 紅華はおずおずと司乃を見る。結局のところ、紅華も司乃にお世話になっている身のため、家主である司乃の許可が必要なのだ。


「う~ん」

 

 司乃は少し顎に手を当てて考え込み、それから溜息を吐いた。


「まぁ、いいよ。紅華ちゃんが他人と関わろうとするのも珍しいし、食事の席が賑やかになるのも嬉しいから。あ、けど、防犯結界の設定は少し弄らせてもらうよ。天井くんが悪いことができないように」

「それはもちろんです。……師匠、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 紅華は司乃に嬉しそうな表情を浮かべ、話の流れが見えず困惑している時彦を見て、微笑む。


「ということで、天井さん。これから毎日朝食と夕食を一緒に食べましょう」

「はぁ!?」


 そして時彦が紅華たちと共に食事をする事が決定した。



 Φ



 結局、保護者へ連絡するという人質を取られたため、時彦は朝食と夕食を一緒にするという提案を受け入れざるを得なかった。


 時彦は隣に座っている紅華を恨めしそうな表情で見る。それに気が付いた紅華が時彦の耳元に顔を近づけて、こそっと言う。


「そんな顔しないでください。師匠も昨日の事に関して何か疑っているようでしたから、別の大きな話題とすり替えたんです。それに師匠は直感が鋭いので、下手に嘘つけませんし」

「……」


 時彦は黙り込む。こそっと耳元で喋られてくすぐったいのもあるが、紅華の言いたいことも分かるから言い返せないのだ。


 が、そもそも紅華が時彦と司乃を会わせなければこんな事にはならなかったという事実もある。


 そしてまた、紅華もそれを理解しているため、話を逸らす。自分の目の前にあるハンバーグを見て、意外そうに言う。


「それにしても、天井さん。本当に料理できるんですね」

「……こっちに来る前までは毎日作ってましたので」


 時間は既に夜の七時を回っており、時彦たちは夕食を食べていた。そしてダイニングテーブルに並ぶ料理の数々は時彦が全て一人で作ったものだった。


 というのも、これは時彦が提案した事であり、司乃や紅華に対して自分がキチンと料理ができる事などを示し、一日にでも早く紅華たちと食事をする事を終わらせようと考えたからだ。


 が、もちろん、紅華も時彦の魂胆をキッチリ見抜いている。時彦に釘を刺す。


「けど、天井さん。どちらにせよ、一学期が終わるまでは約束通り食卓を共にしますからね?」

「うっ」


 釘を刺され、時彦は項垂れた。その様子に紅華は頬を緩める。


 そして二人の向かい側に座っていた司乃が、大きく煽っていたビール缶を机に叩きつけ、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「美味い! いやぁ~、本当に美味い! お店のにも劣らないほど美味しいよ! あ、そうだ! このワインも開けちゃおう! 高いけど、絶対に合うッ!!」

「師匠!」

 

 呂律は回っておらず、明らかに酔っぱらった様子の司乃は、いつの間にかワインボトルのコルクを開けていた。


 紅華がガタリと立ち上がり、司乃に抗議をする。


「いい加減、お酒は控えてください! 酒癖も悪いんですから!」

「いいじゃん、いいじゃん~! 大体、紅華ちゃんは鍋しか作らないだし、こういった手料理食べるの久しぶりなんだもん!」

「鍋?」


 時彦が首を傾げる。司乃はワインをグラスに注ぎ、グイッとあおり、食い気味に時彦の疑問に答える。


「聞いてくれる! 紅華ちゃん、鍋しか作らないんだよ! 鍋は至高だとか言ってさ!」

「……」

「何ですか、顔は」

 

 何だよ、人の事言えないじゃん。そう言わんばかりに時彦が紅華を見やる。紅華はむっとなる。


「良いですか、天井さん。私と天井さんのそれは全くもって違います。天と地の差があるんです!」


 紅華の口調が徐々に力強くなっていく。


「一日に必要な栄養は決まっています! しかし、調理の行程によって各素材の栄養素の欠損率が高くなり、沢山食べているのに栄養が足らないなんて事もあります!」


 しかしっ!! 


「鍋! 鍋は素晴らしいんです! 肉、魚、野菜、その他諸々がたった一つの料理として収まる! しかも、欠損率は少ない! どんな食材でも鍋に合いますし、また調味料一つでいくつもの味に変えることができる!!」


 グッと拳を握り、熱く語る紅華。時彦はその熱量に圧倒される。チラリと司乃やスヴァリアたちの方を見ると、彼女たちは呆れたように首を横に振っていた。


 その様子を気にすることなく、紅華はカッと目を見開いて叫ぶ。


「圧倒的な効率があるんです! 料理を考えたり、用意する手間。美味しさ。栄養。全てにおいて圧倒的な効率があるんですよ! 最高の料理なんです!」


 それは心からの叫びだった。それに司乃が溜息を吐き、時彦にこそっと愚痴る。


「別に、他の料理が作れないわけではないんだけど、こんな調子でさ~。私、夕食は鍋しか食べてないんだよ。たまには揚げ物も食べたいのに~」


 すると、紅華が司乃にジト目を向けた。


「たまにしか家にいない人が何言ってるんですか。私だって揚げ物もしますよ。偶然、その日に師匠が家にいないだけで。朝食は普通に作ってますし。大体、料理しない人が文句言わないでください」

「うっ」


 司乃はバツの悪そうな表情をし、それから逃げるようにワインを煽り、チマチマと料理を食べていた。


 そして紅華は時彦に頼む。


「けど、天井さんが料理得意で助かりました。お恥ずかしい話、魔女の修行とかで忙しく、あまり料理に時間をさけなかったんです。詳しい事は後で決めますけど、手伝いを頼んでもよろしいでしょうか?」


 それを聞いて時彦は理解した。


 最高の料理と言っても、鍋は食べ飽きたんだな、と。でも、忙しくて栄養バランスを考えながら料理を作る手間が惜しかった。


 だから、自分を招いたんだな、と。少しでも料理を手伝わせて手間を減らすために。


 時彦は紅華の頼みに頷いた。


「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 紅華は満面の笑顔で礼を言った。


 そしてそれを見た時彦は、直感的に感じた。この笑顔はマズイと。いずれ、逆らえなくなりそうだと、思ってしまった。


 けれど、その予感は司乃がワインをラッパ飲みしながら大声で歌い出したため、忘れてしまったのだった。



 Φ



 門の前で時彦は紅華と司乃に頭を下げる。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ。では、明日の七時には家に来てください」

「分かりました。じゃあ、明日」

「また明日」

「また明日ね~時彦くん」


 時彦は紅華たちに頭を下げながら、自分のアパートに戻ろうとした。その時、紅華が時彦を呼び止める。


「天井さん!」

「……どうかしましたか?」

「その、先ほどは言いそびれましたが、ハンバーグ、とても美味しかったです!」

「ッ」


 時彦は息を飲む。前髪で隠れた黄金の瞳にはわずかに喜びが浮かんでいた。


「……ありがとうございます。じゃあ、僕はこれで」


 時彦はもう一度頭を下げて、今度こそ自分のアパートの家へと戻った。その背中を見送った紅華たちは玄関へと戻る。


 そして紅華たちがリビングに戻ったところで、酔っぱらっていたはずの司乃は静かに言った。


「紅華ちゃん。中途半端だけはダメだからね。最後まで、助けるんだよ」

「ッ」


 まるで全てを見透かすかのような澄んだ司乃の声音。紅華は大きく息を飲んだ。


「それと、私は時彦くんを魔法使いにする方向で動くから。今は人手不足だし、特に魔法使いの数はかなり少ないからね」

「えっ! いや、それは天井さんの意志がありますし、なれるかどうかも……」

「それは分かってるよ。けど、私は彼がいつでも魔法使いになってもいいように準備をする。それを紅華ちゃんが手伝う。彼がここで食事をする条件に加えさえてもらうよ」

「……分かりました」


 司乃の絶対的な雰囲気に、紅華は頷いた。司乃が苦笑する。


「そんな怖い顔しないの。別に悪いようにはしないから。というか、紅華ちゃんの我が儘があるからこれでとどまっている部分もあるしね」

「それはどういう――」


 司乃の言葉に紅華は不審な表情になる。が、その前に司乃が大きな欠伸をした。


「私、眠いからもう寝させてもらおうよ~」


 そして司乃は自室に入っていったのだった。





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