第25話 師匠も色々苦労している
「って感じで、今は一緒に食事をしているんだよ」
司乃がこれまでの経緯を簡単に説明をした。
そしてそれを聞いた佳祐と椿は土下座した。静かな声音で、しかし強い想いのこもった感謝を紅華たちに伝える。
「本当に、本当にありがとうございます」
「時くんを助けてくれてありがとうございます」
「うぇっ!?」
「ちょ、頭上げてっ!」
紅華と司乃は驚き慌てて土下座をやめさせるが、二人は悔しそうに顔を歪め
「本当は俺たちが気が付かなきゃいけなかったのに」
「こうなることは簡単に分かってたのに」
「ほ、ほら、お茶飲んで、落ち着こ?」
椿と佳祐の背中をさすり、落ち着かせる紅華と司乃。時彦は複雑な表情で視線を逸らしていた。
それに椿が気が付き、時彦に掴みかかろうとした。
「時くんっ、そんなに私たちが――」
けど、ハッと何か思い出した表情になり、首を横に振った。
「……ごめんね。何でもないよ」
「ああ…………僕こそ、ごめん」
時彦は申し訳なさそうに顔を歪めた。重い雰囲気が漂い、佳祐も紅華も黙り込んでしまう。
司乃は仕方なさそうに眉尻を下げ、パンッと柏手を打った。全員の顔が上がり、司乃を見た。
「ねぇ、五十嵐くんと美波ちゃん。もしよかったらでいいんだけど、夕食食べていかない? 時彦くんの食事の様子を見れば安心できるでしょ? 私たちも君たちの事、色々と知りたいし」
「……家に確認してみます」
椿がスマホを取り出し、電話を掛ける。
「あ、ママ。時くんの友達の家で夕食を。そうだよ、時くんだよ。覚えてるでしょ? あ、うん、佳くんも一緒だよ。うん、大丈夫。代わる? いい? 分かった。うん、じゃあ」
椿がスマホを耳から離し、電話を切って司乃の見やる。
「大丈夫だそうです」
「そう。なら、よかった」
司乃は嬉しそうに笑い、チラリと紅華を見やる。その視線の意図を読み取ったのか、紅華はあっと立ち上がる。
「なら、時彦さん。夕食の材料を買いに行きましょう!」
「えっ?」
「さぁ、ほら、行きますよ!」
紅華は戸惑う時彦の手を引いて、夕食の材料を買いに行った。
「じゃあ、二人とも。お姉さんとゲームしようか」
コントローラーを手に取り、司乃は戸惑う佳祐たちにニカッと笑ったのだった。
Φ
あと一時間半もすれば、夜が訪れるといった頃合い。
「あぁ、負けた! 佳祐くんも椿ちゃんも強いね!」
カシュッと缶ビールを開けグビグビと飲んだ司乃は、ニャハハと笑いながら悔しそうに言う。
顔は赤く、だいぶ出来上がっているようだった。
買い物から帰ってきて時彦と一緒に夕飯の準備をしようとしていた紅華が、ローテーブルに置かれたいくつもの空の缶ビールを見やりながら、怒る。
「師匠! お客さんの前でそんな飲まないでください! 迷惑です!」
「大丈夫、大丈夫~! まだまだ酔っぱらってないからぁ~!」
「どうみても酔っぱらってるじゃないですか……ごめんなさい、五十嵐さん、美波さん。ゲームにも付き合わせてしまって」
目を伏せる紅華に佳祐たちは苦笑いする。
「気にしないでください。嫌ではないんで」
「むしろ、楽しいから大丈夫だよ」
「そうですか、ありがとうございます」
いえいえ、と佳祐たちは首を横に振る。紅華は固い、それでいて素を少し見せた微笑みを浮かべる。
「あと一時間もしないで、夕食ができあがりますので」
「春風さん、何か手伝うことある?」
「いえ、大丈夫です」
紅華はキッチンへと戻り、時彦と一緒に夕食の準備を始めた。
司乃はスヴァリアたちを撫でながら、脇に置いていたゲームコントローラーを握りなおす。
「じゃあ、二人とも、もう一戦やろう~!」
佳祐と椿もコントローラーを握り、色々なゲームキャラで乱闘するゲームを始めるた。それから数十分も経つと、乱闘から車やバイクで競うカートゲームへと変わっていた。
「よっしっ! 私一位! いえ~い!!」
司乃がガッツポーズをしている中、佳祐と椿はキッチンから漂う料理のいい匂いに鼻をくすぐられ、ふとチラリとそちらの方を見た。
「ねぇ、二人とも次はどのステージ――」
司乃が次のステージの希望を尋ねようとして、口を閉じた。
佳祐たちが静かに泣いていたからだ。その視線の先には、キッチンで微笑みながら料理をしている紅華と時彦の姿があった。
司乃は静かに二人の涙が止まるのを待った。佳祐がポツリと口を開く。
「……司乃さん、変な事聞いていいですか?」
「いいよ、佳祐くん」
「ここは、ここはあの世なかどこかなんですか?」
「ん? ……なるほど、そういうことね。君たちはそう考えたか」
司乃は驚いたように目を
佳祐と椿の頭を撫でる。
「頑張ったね」
「あ、え」
「あの」
佳祐たちは急に頭の撫でられ、驚く。気にせず司乃は頭を撫で続けた。
「自分たちを疑って、苦しんで、それでも手を握り続けた。信じ続けた。君たちは凄いよ」
「「ッ!」」
佳祐と椿が大きく息を飲んだ。わなわなと震える。
「あと、少しだから。そうすれば、君たちは彼と本気で笑うことも、喧嘩することもできる。正しい友人として、向き合える」
優しい司乃の言葉に佳祐たちは顔を上げた。椿が恐る恐る尋ねようとする。
「もしかして、司乃さんたちはまじょ――」
「今はだめ。あの子が聞いたら逃げちゃう」
「……はい」
椿は悔しそうに頷き、佳祐が優しくその肩を抱いた。優しく目を細めた司乃は、それからニカッと微笑む。
「二人とももうすぐ夕飯っぽいし、ここでゲームは終わりにしようか。付き合ってくれてありがとうね!」
そして佳祐と椿は、紅華たちと一緒に食卓を囲んだのだった。
Φ
夜中。
紅華も既に寝静まったころ、平屋の屋根の上に司乃はいた。
「ままならないものだね。あの子たちは皆、互いを大事に思ってる。けど、それがすれ違って、複雑に絡み合ってる」
満月にとても近い月に手を伸ばし、司乃は溜息を吐く。
「魔法は、奇跡じゃないから。心は、絆はやっぱり人が頑張って紡いでいくものだから。まだ、傷を癒すには時間がかかる」
司乃の隣にいたサカエルが呆れた視線を司乃に向ける。
「ゲコ。ゲッコ」
「い、いいじゃん。意味深的かつ文学的な事言っても! 複雑な気持ちとかを整理するには、こういう言い回しを口で発するのが重要なんだよ! 恥ずかしさとか捨てられるし」
「ゲッコ」
「わ、私だって羞恥心くらいあるし! まったく、さっちゃんは意地悪だな……」
司乃は唇を尖がらせて拗ねた。と、その時、司乃のポケットに入っていたスマホが鳴り響く。
「知らない番号だなぁ」
スマホを取り出した司乃は首を捻りながら、通話ボタンをONにした。警戒した声音で電話に出る。
「はい、もしもし。夏目司乃ですが」
『司乃ちゃん~』
「あれ、
『そう、司乃ちゃんが大好きな水葡ですよ~~』
「はいはい、私も大好きだよ。それで急にどしたの? ってか、なんで知らない番号? 私が渡したガラケーはどうしたの?」
司乃は電話相手である紅華の姉の水葡に尋ねた。すると、申し訳なさそうな声音で返答が返ってくる。
『無くしちゃった~』
「え、またっ!? どうしてそうすぐ無くしちゃうのっ!?」
『え~だって、あのパカパカ、使いにくいんだもん~。だから、あんまり使わなかったら、消えてた~。今は異世界で知り合った
「スマホね」
『それそれ~。というか、司乃ちゃん、あの糸電話が欲しいよ~。何で無いの~』
「ッ! 水葡ちゃんが壊したからでしょ! 言ったよえ、あれ、修理するの時間がかかるって!」
おっとりマイペースな水葡の声音に少しイラッとする司乃。が、一転。真剣な表情で尋ねる。
「で、次元連続交信魔法まで使って、どしたの?」
『例の悪魔の足取りが掴めたから~その連絡~。魔女協会の連絡先、忘れちゃったから~』
「……つまり、私が報告しろって事ね」
『そう~通話の位置情報にもとに報告書を転送するね~』
突然、司乃の頭上に光輝く幾何学模様が現れ、そこから紙束が落ちてきた。司乃は動揺することなく受け取り、ペラペラと軽くめくって報告書であることを確認する。
「確かに受け取ったよ。他にはある?」
『う~んと、あ、あれ。こないだ司乃ちゃんが送ってきたあの書類の子~。あれ、心当たりあったよ~』
「やっぱり?」
『うん~、七年前だっけ~。お師匠様が保護するとか言ってて~。けど、そのあと、誰も話をしなくなったから、精霊たちの勘違いなのかな~と思ってたんだけど~。もしかして~、なんか、事件~?』
「いや、事件ではないよ。ただ、気になっていただけ」
司乃は小さく首を横に振った。
「他にはある?」
『う~んとね、紅華ちゃんは元気~? 入学式行けなくて拗ねてなかった~?』
「拗ねてたよ。凄く拗ねた。姉さん、嘘吐いたって怒ってた」
『やっぱり~。仕事終わったら、なんか埋め合わせしないと~』
「なら、旅行チケットとかいいと思うよ。もうすぐ夏休みだし」
『え~、私はいいけど、紅華ちゃんは私と旅行なんて嫌じゃないの~? 一緒に寝てくれなくなったし~~』
司乃がニシシと笑って、返答する。
「違う違う、水葡ちゃんじゃなくて、紅華ちゃんの友達――」
『友達っ!! 紅華ちゃんに友達できたの!?』
「うおっ」
スマホから大きな声が響き、司乃は顔をしかめる。
「もう、水葡ちゃん。急に叫ばないでよ」
『ごめん~驚いちゃって~。でも、本当に友達ができたの~? 本当に本当?』
「そうだよ。かなり仲良くなってるよ」
『……良かったわ~。本当に良かった……………………』
感極まっているのか、しばらく黙り込む水葡。と、突然とても低い声が響いた。
『ねぇ?』
「ん、何?」
『もしかしてだけど~、もしかしなくてもだけど~、その友達とあの書類の子って関係あるのかな~?』
「さて、どうでしょう」
『ッ! 帰る! こんな仕事さっさと終わらせて帰る! 男なんて、お姉ちゃん許しません!!』
ガチャリ。一方的に電話が切れた。
「アハハハハハハハ!!」
司乃は楽しそうに笑ったのだった。
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また私の別作品、『最弱最強の英雄騎士~鼠だって竜を倒すんですよ?~』も読んでください。最弱種族の少年が竜を打ち倒す物語です。よろしくお願いします。
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