1.3
第9話 幼馴染は付き合っている
放課後。
学校指定の黒のセーターを着ている時彦は、職員室にて担任の
「中間考査ということで補習はない。が、特別課題が多く出ている」
「はい」
「分からないところがあれば、直ぐに私や他の先生たちに聞くように。一年生の最初で躓くと、後々大きく響くことになるからな」
「はい」
長い黒髪を無造作に伸ばした律は、機械的に返事を返す時彦に溜息を吐いた。
「天井。一人暮らしが大変なら今からでも寮に入るか? うちは小さいながらも寮があるのを知っているだろう?」
「大丈夫です」
「……分かった。この話は置いておこう。が、期末の結果次第では親御さんと話し合う必要性がでてくる。そこはキチンと理解しておきなさい」
「……はい。お手数おかけしました。失礼します」
時彦は律に軽く頭を下げ、職員室を出た。
「ねぇねぇ、ヤバいよね! ほぼ満点だってよ!」
「ね、歴代二位の点数だってよ!」
廊下を歩く時彦の耳にはそこかしこから、とある話題が聞こえてくる。
「二位が900点いくくらいだろ? かなりの差だよな」
「ってか、それでも凄いだろ。数Ⅰと数Aもだけど、英語二つもT大の入学試験に似た問題あったし、もっとムズイ問題もあったじゃん。俺、全部できなかったし。他の教科も似たようなもんだっただろ?」
「だよな。あれ、どう考えても100点満点じゃなくて、80点満点のテストだっただろ。鬼畜過ぎる」
話題は五月の末に行われた中間考査について。
時彦たちが通う
そしてつい先ほど、テストの最終結果が手渡され、またそれに伴った順位が発表された。
「凄いわよね」
「ね。こないだの模試も全国一桁だったんでしょ? もう圧倒的よね」
皆、口々にとある人物の話題を口にする。自分のテストの結果もだが、他人の結果も気になるのは当然の事。その結果が目を疑う様なものであるなら猶更。
課題のプリントを抱えた時彦が教室に戻る。騒がしい方向に目をやれば、紅華が多くの生徒たちに囲まれていた。皆、口々に紅華に凄いだの、天才だのと言っていた。
その殆どは尊敬や感心の言葉であり、紅華はお淑やかな微笑みを浮かべ、皆の言葉に謙虚に受け流していた。
それを尻目に時彦は一番左前の自分の机に抱えていたプリントを置き、机の脇に掛けていた学生鞄に仕舞っていく。
と、時彦の後ろの席で漫画を読んでいた五十嵐佳祐が時彦に気が付き、顔を上げる。
茶色の髪を持ち、その目は濃い茶色に輝く。少しの幼さとヤンチャさを感じさせる端正な顔立ち。座っているが、身長が高い事は一目瞭然で分かり、半袖のスクールシャツから見える腕は細身でありながら筋肉質。
時彦の幼馴染である佳祐は漫画を学生鞄に仕舞いながら、時彦に首を傾げた。
「久我先生からの呼び出し、終わったのか?」
佳祐の問いに時彦は無言で頷く。辺りを見渡し、尋ねる。
「椿は?」
「廊下の方で友達と話してる。けど、もう終わるな」
「ん」
時彦と佳祐は学生鞄を肩にかけ、前の扉から教室を出ようとした。その時、いくつかの会話が時彦の耳に入った。
「流石女神様だよな」
「いいところのお嬢様って噂もあるし、恵まれてるやつは違うよな」
「まったく神様は平等じゃないよな」
とか。
「ねぇ、見てよあのクールな表情。絶対、あのテスト簡単だったんだ」
「まぁそうでしょうね。ほぼ満点を取ってるんだもの」
「まぁ、私たちとは格が違うのよ。春風さんにとっては児戯みたいなものだったんでしょ」
「挫折を味わった事なんてないだろうね」
とか。
他にもいくつかの会話が聞こえた。それらの会話が聞こえているはずの紅華は、しかし気にする様子もなく実に完璧な微笑みを浮かべていた。
時彦が足を止めて、小さく呟いた。
「……んなわけないだろ」
その呟きが聞こえたのか、佳祐が時彦の顔を覗き込んだ。
「時彦、どうかしたか?」
「……いや、何でもない」
首を横に振った時彦の表情は少し険しかった。
Φ
にゃーん、と猫が鳴いた。
「見て見て、佳くん、時くん! めっちゃ可愛いよ!」
「みゃ~ん」
明るい雰囲気の美少女がブロック塀の上にいる猫を指さし、時彦たちに振り返る。佳祐が強く頷いた。
「このピンっと伸びたひげとか、かなりキュートだよな」
「やっぱりそうだよね! 鳴き声も可愛いし! みゃ~んって」
明るい雰囲気の美少女が猫のポーズを取りながら鳴き真似をする。すると、佳祐が稲妻に打ちぬかれたかのように黙り込み、叫んだ。
「……猫もだけど、つーちゃんもそれに負けないくらい可愛い! 可愛すぎて心臓が持たない」
「もう、やめてよ、佳くん! そんなに言われたら嬉しくなっちゃうじゃん!」
「……」
イチャイチャ。佳祐と明るい雰囲気の美少女がイチャコラ。甘々な二人のやり取りに時彦は溜息を吐く。明るい雰囲気の美少女が時彦に首を傾げた。
「そんな深い溜息吐いて、どうしたの?」
「何でもない」
時彦は明るい雰囲気の少女を見やった。
はっきりとした顔立ちに大きくクリクリとした琥珀色の目。赤みがかった茶髪はミディアムヘアに切り揃えられている。
身長は佳祐よりも一回り低く、時彦と同じくらい。スレンダーなプロポーションに血色がよい健康的な肌色。制服から覗く健康的な手足を見るに、それなりに鍛えられていることがわかる。
二人は二ヵ月前から付き合っている。
時彦は甘ったるい雰囲気を漂わせる椿と佳祐を見やりながら、ふと、尋ねた。
「あんまり聞いてなかったけど、お前ら普段どんなデートしてるんだ? ってか今更だけど、
そう。時彦と同様、県外に実家がある佳祐は
幼馴染で小さい頃から家族ぐるみで付き合いのある時彦も、同様に美波家に居候する話もあったのだが、時彦が固辞した。
兎も角、幼馴染の二人が毎日登下校時にイチャイチャしているのだ。幼馴染がどんなデートをしているのか気になったのである。
あと、椿の両親が心配しないのだろうかとも思ったのだが……
「時くん。今、私たちの事、聞いた?」
「綾子さんたちの事も聞いたよな?」
椿と佳祐はまるで幽霊でも見たかのような驚愕の表情になった。
時彦が不審に思う。
「何だ、変な事聞いたか?」
「い、いや、違うよ! 別に変な事じゃないんだよ! ね、佳くん!」
「ああ! 俺たちに何か聞くのは変な事じゃない!」
椿と佳祐は不審がる時彦にブンブンと首を横に振った。それから、興奮した様子で話し出す。
「デートいっぱいしてるよ! つい最近だと、テスト勉強デートとかしたし!」
「そうそう。あと、綾子さんも
「っというか、ママは孫はまだかとか冗談を言ってくるし……」
椿が少し照れた様子で言った。時彦がしらっとした表情になる。もちろん、長い前髪でその表情は見えていないが、しかし長年の付き合いでそれを察した佳祐と椿が慌てて弁解する。
「まだしてないぞ! そういうのは、もっと後だろ!?」
「そうだよ! 大体、キスだってまだ……」
椿と佳祐の顔が真っ赤になり、よそよそしくなる。そんな二人を見て、時彦は生温かく柔らかな眼差しを向けた。
同時に湿気のある六月の風が吹き、時彦の長い前髪を
「少し、変わったな」
「え?」
「……丸くなったって言ったんだ。ほら、ぷにぷにできるぞ」
「ホントだ! 柔らかい!」
「お、お前ら、頬に触るな! やめろ!」
佳祐と椿に頬を指先でツンツンと突かれ、時彦はその場から逃げ出したのだった。
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