第15話 誰かが責任を取ってくれる機会なんてそうそうない

 仕事の依頼をしに来た。そのことに困惑する紅華に司乃が説明する。


「十五歳になれば、協会から魔女の仕事が受けられる事は知ってるでしょ?」

「はい。ですが、私はまだ修行の身ですし……」

「だからだよ。学びは実践あってこそでしょ?」


 シロギクが器用にフォークを扱い、チョコレートケーキを食べながら、紅華を見やる。


「本来、新人魔女の其方そなたに依頼する仕事はもっと難易度が低いものだ。初仕事であることを加味すれば、一番低い難易度の仕事が適切だろうと考えている。が、このちゃらんぽらんが其方そなたを高く買っているようでな」

「シロギク。それは言わない約束でしょ」


 恥ずかしい、と照れた様子の司乃。紅華も少し頬が赤くなっていた。


 口元についたチョコレートケーキをペロリと舐めとり、シロギクはピンッと姿勢を正す。


「儂はここら一帯の奇異坂くいさかの監視と千曳ちびきの岩を管理しておる」

奇異坂くいさか?」


 話に口を挟まないようにしていた時彦だが、思わず首を傾げてしまう。シロギクは話の腰をおられたことに気分を害した様子もなく、説明する。


奇異坂くいさかは地球と異世界を繋ぐ天然のみちの事だの。逆に人工的に作り出した路を天異回廊てんいかいろうと言う。それと千曳の岩は天異回廊てんいかいろうの入り口のことであり、其方そなたの知っているのとは違う。分かったかの?」

「……ありがとうございます」


 時彦は少し深刻そうな表情を浮かべながら、感謝する。シロギクがそれにピクリと尻尾を動かし不審な表情で口を開こうとして、その前に司乃がシロギクをヨイショをする。


「兎も角、異世界との繋がりはかなり重要だからね! それを管理するシロギクは凄く偉い妖精なんだよ! うやまたまえ! パチパチパチ!」

「やかまし。というか、そんな偉い儂をこき使う其方そなたは何様なのだ?」


 日本刀よりも鋭い視線が司乃に突き刺さる。しかし、司乃は気にする様子もなく、ニヤリと笑う。


「そりゃあ、大天才様じゃない?」

「チッ」


 シロギクは、認めたくない事実を認めるかのように苦々しく舌打ちをした。その二人のやり取りに困惑する時彦に紅華は耳打ちをする。


「師匠はあれで物凄く優秀な魔女なんです。特に失った古代魔法を復活させた功績が大きく、弱冠二十歳で大魔女グランドウィッチの称号を授かってるんですよ」

「それって凄いんですか?」

「そうですね。分かりやすく言うと、十歳で博士はくしになるくらい凄い事です」

「博士って学位の博士ですか?」

「それです。ドクターです」


 学位に関して詳しいことを知らない時彦でも、とても凄いことだと分かる。尊敬の目を司乃に向けた。


 司乃がそれに気が付き、ニャハハと照れた笑みを浮かべる。シロギクが溜息を吐き、紅華を見やった。


「兎も角、今回の仕事は単発的に発生した奇異坂くいさかによって迷い込んだ妖精の捕獲だ。しかもかなり面倒な妖精でな」

「……あの、私、攻撃系の魔法はあまり得意ではないんですが」

「心配いらん。戦闘系ではない。ちと、面倒な能力を有しておるだけだ」


 シロギクは説明を始める。


「名はエンガニャール。見た目は猫に近い。幻惑系と空間操作系の魔法を得意としており、変化へんげも使いよる」

「ここ最近、私の勤める神社の敷地内に現れまして。昼間はどこかに隠れているようなのですが、夜になると周辺の住民を幻惑で呼び寄せては、おどかしてまして」

「しかも、得意の変化と空間操作のせいで逃げ足だけは早くての。中々捕まらんのだ」


 紅華の表情が堅くなる。それに気が付きつつ、司乃が説明を引き継ぐ。


「空間操作を使う妖精の捕獲は本来、そっち専門の魔女の仕事なんだけど、人手不足もあってさ。それに脅かすっていっても、当人たちは殆ど覚えてなくて悪影響もほとんどない。だから、後回しになってたんだよ」

「それで、私ですか」

「ほら、紅華ちゃん。転移妨害の魔法を習得してたでしょ? それに認識能力がかなり強くて、看破系の魔法も得意だし。だから仕事を持ってきてみたんだけど、受けてみる?」

「しかし、捕獲に関しては」


 紅華が迷いと不安が混じった表情を浮かべた。


 魔女の仕事にはかなり興味がある。受けたいと思った。


 しかし、今回の仕事は本来、優秀な魔女が受ける難しいものであるし、自分の実力を鑑みても、仕事を達成する自信がない。


「……勘違いしているようだが、新人魔女に期待などしておらん。このちゃらんぽらんがどうしても言ったから、依頼しにきたまで。ゆえに、失敗しても構わん」

「……分かりました。やるだけやってみたいと思います」


 厳しい声音で、しかし優しさのこもったシロギクの言葉。


 紅華の表情に浮かんでいた迷いと不安は既に消えており、代わりにやる気に満ちた表情がそこにはあった。


 司乃がそれに満足そうに頷き、それから時彦を見やる。


「もしよかったら、時彦くんも一緒に仕事受けてみない? 魔法使いではないから、見学って形になるけど」

「え?」

「ほら、時彦くんってカヤン君としか関りがなかったでしょ? 魔女と精霊たちとの歴史や文化、仕事に遊び。私たちの事をもっと知って視野を広げてみない?」

「……視野ですか」

「うん。将来、普通の人として生きていくにせよ、私たちと関わって生きていくにせよ、知っておいて損はないと思うんだよ」


 司乃は優しい眼差しを時彦に向け、それからチラリと紅華を一瞥する。それに気が付いた紅華は、時彦と初めて食事を共にした日にした、『時彦を魔法使いにするための手伝いをする』という、司乃との約束を思い出した。


 紅華は時彦の手を握った。


「天井さん。一緒にやりませんか?」

「ッ」


 時彦は驚いた表情をする。けど、直ぐに何かを思い出したのか、とても暗い顔になった。小さく首を横に振る。


「……いや、春風さんの邪魔になるし、僕は遠慮――」

「邪魔になりません」

「けど、悪いことが――」

「起きません! 私は時彦さんと一緒に仕事をしてみたいんです」


 自分の望みから目をそらすために自分に言い訳をしているような時彦に、紅華はムカついてくる。静かな、それでいて強い語気で言った。


「天井さんはそれでいいのですか?」

「……」


 時彦は気圧される。その表情には、先ほどの紅華のにも似た迷いと不安の表情が浮かんでいた。


 シロギクが口を開いた。


「先ほど言ったように、儂は何も期待しておらん。だから、稀子まれごが一人増えたところで、関係ない。そして、問題が起こればそれは監督者の責任だ」

「つまり、私の土下座だけで済むって事だよ! 大丈夫! これでも昔は土下座の魔女として名を馳せててね。そりゃあ、お偉いさんがつい許してしまうほど完璧な土下座ができるんだよ!」

「自慢することではなかろうて」


 茶化した司乃の言葉にシロギクが深いため息を吐いた。そしてクドクドと司乃に小言を言い始める。


 場が和み、時彦の暗い表情も柔らかくなり、迷いと不安が少し消えた。


 だから。


「……やってみたいです」


 時彦がポツリと小さく震える声で言った。紅華と司乃が嬉しそうに頷き、シロギクが厳かに言う。


「うむ。分かった」


 正人を見やる。


「ということだから、正人。今晩のこの二人の案内を頼む」

「承りました、シロギク様」


 シロギクは紅華たちに視線を向けた。


「儂は予定があるのでこれで失礼するぞ。それと、時彦。このちょこれーとけーき、美味かったぞ」


 シロギクはポンッと音を立て、消えたのだった。



 Φ



 時間は夜の八時を過ぎていた。ちょっとした昼寝と夕食を済ませ、時彦は家の前で紅華を待っていた。


 時彦はいつもどおり、黒のパーカーとズボン、トートバッグを肩に掛けており、あまり代り映えのしない格好だ。フードの中ではカヤンが寝ているだろう。


 玄関の引き戸が開き、紅華が出てくる。


「天井さん、お待たせしました。着替えるのに少し手間取ってしまって」

「……」


 時彦は息を飲む。


 黒のゴムでポニーテールに纏められた桜色の長髪。首元にはシンプルな銀のネックレスが添えられていた。


 羽織っているのは銀の刺繍が施された黒のフード付きローブ。前が開いているタイプで、襟元のボタン一つで止められている。


 その下に着ている白シャツと黒のショートパンツ、黒のタイツがローブの隙間からチラリと見える。


 黒のブーツを履き、腰には大小のウエストポーチがそれぞれ一つづつ。片手には年季の入った箒。肩にはスヴァリアが座っていた。


 魔女だ。黒猫を使い魔とする綺麗な魔女がそこにいた。


 その姿に時彦は呆然とし、紅華が首を傾げる。


「天井さん、どうかしましたか?」

「あ、いえ。……凄く、似合っていて綺麗だなと思いまして」

「ッ! それはどうも、ありがとうございます!」

「……」


 飾り気のない言葉。だけど、だからこそ、紅華は嬉しくなった。満面の笑みを時彦に向ける。その笑みに時彦は再度、息を飲んだ。


 と、


「ねぇ、行かないの?」

「ひゃっ!」

「ッ」


 司乃の声に紅華と時彦が驚く。


「し、師匠! いつから、そこに!」

「いつからって、紅華ちゃんと一緒に出てきたじゃん」

「えっ」


 時彦が驚いた。どうやら、紅華に目を奪われていて司乃には気が付いていなかったらしい。司乃が溜息を吐き、頭の上にいたサカエルを紅華に渡す。


「仕事だけど、さっちゃんも一緒に連れてってね」

「何故ですか?」

「出張の報告とかで手が離せない私の代わりに仕事の評価をしてもらうためだね。あと、万が一があった時のため」

「……なるほど、分かりました。サカエルさん、お願いしますね」

「ゲコ」


 そして紅華たちは正人が務める神社へと向かったのだった。

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