第31話 誕生日と再会
「……………………」
驚きすぎたのか、時彦は口をポカーンと開けて固まっていた。
「あ、あの、時彦さん……?」
「時くん。お~い、時くん?」
紅華と椿は反応のない時彦の目の前で手を振ったり、肩を触ったりする。が、時彦は未だに反応しない。
佳祐と司乃がボソッと呟いた。
「気絶してるな」
「気絶していね」
時彦は立ちながら気を失っていたのだ。とはいえ、気を失っていたのも数秒。時彦はすぐに意識を取り戻した。
キョロキョロと周りを見渡す。
ローテーブルなどを見やれば沢山の料理が並んでおり、部屋には色々と飾り付けがされていた。
そして一番目立つのが、『お誕生日おめでとう』と書かれた文字。
「……ありがとう」
「ッ……どういたしまして」
掠れた声で感謝を告げた時彦は、はにかんだ。
万感の思いが込められたそのはにかみに紅華は息を飲み、嬉しそうに微笑んだのだった。
そして椿が恥ずかしがる時彦に主役の証であるバースデーハットを被せ、時彦の誕生日会が始まった。
まず部屋の明かりを消し、紅華と椿が作ったチョコレートコーヒーケーキに刺した蝋燭の火を、時彦が息を吹きかけて消した。
「お誕生日おめでとう」という言葉と、拍手が時彦に送られた。時彦は少し照れた様子で礼を言い、司乃がチョコレートコーヒーケーキを冷蔵庫に仕舞う。
「「「「「いただきます」」」」」
「にゃな~ん」
「きゅうきゅきゅ」
「ゲッコ」
時彦たちはローテーブルで昼食を始めた。
時彦がまず、目の前にあったチーズ入りハンバーグを口に運んだ。小さく目を見開く。
「……美味しい」
「ッ! 本当ですかっ?」
「ああ。もしかして、紅華が作ったのか?」
「はい」
「そうか。ありがとう。本当に美味しい」
「そうですか!」
嬉しそうに笑う紅華を見つめる黄金の瞳は優しく細められていた。その様子を見た椿と佳祐が時彦に言う。
「あ、時くんっ! 次はブーケサラダを食べて! 私が作ったの!」
「あ、ずるいぞ、つーちゃん! 次はトマトのファルシを食べてくれ! 俺が作ったんだ」
「あ、待ってください! それならローストポークを食べてください!」
「そんな一気に食べられないから! 押し付けないでくれっ!」
三人に次々料理を口に運ばれ、時彦は少しキレる。「全部食べるからゆっくり食べさせてくれ」と言った。
シュンと落ち込んだ紅華たちだったが、直ぐに時彦の感想が気になってソワソワとする。時彦は苦笑いをしながら、料理を口に運び感想を伝えた。
そこから会話がはずみ、時彦たちは笑みを零しながら食事をした。
「賑やかだね~」
「ゲッコ」
ダイニングテーブルに座り、その様子を見ながらワインと料理を
そうして食事も終わり、食器などを片付けた後、冷蔵庫にしまっていたチョコレートコーヒーケーキを取り出し、切り分ける。
もちろん、時彦のケーキの上にはチョコレートプレートが載っている。
椿が少しニヤニヤしながら言った。
「時くん。ケーキは紅華ちゃん一人で作ったんだよ!」
「そうなのか?」
「……はい。時彦さんがコーヒーが好きだと聞いたので」
「そうか」
時彦は嬉しそうに微笑んだ。そして皆が見つめる中、フォークで一口サイズに切り分けたチョコレートコーヒーケーキを口に運んだ。
驚いたように目を見開き、少し震えた声で呟いた。
「……おいしい」
「本当ですかッ!」
「ああ。大好きな味だ」
その時彦の微笑みは、先ほどの料理を食べたときに浮かべていた幸福な微笑みとは違う、哀しみが混じった微笑みだった。
けれど、その黄金の瞳は酷く穏やかに細められていた。
それ見た紅華は、何故か心の奥底から嬉しさが込み上げた。それを隠すように、けれどやはり隠しきれず、紅華は喜びが零れた笑みを浮かべた。
「時彦さんが喜んでくれてとても嬉しいです。よかったです!」
「…………」
口の中はほろ苦いチョコレートコーヒーの味で満たされている。なのに、何でこんなにも甘く優しい気持ちになるのだろう。精巧な飴細工のような、綺麗で壊し難いこの気持ちは何だろう。
まるで、魔法みたいだ。とても甘い魔法だ。
無垢の少女の様な、それでいて
Φ
誕生日プレゼントをあげたり、一緒にゲームをしたり、映画を見たり。時彦たちは笑いあった。楽しさや嬉しさを共有した。喜びを分かち合った。
だから、過ぎ去る時間は早いもので、もう太陽が沈みかけていた。
「お二人とも、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」
「俺も楽しかったぜ」
「私も楽しかったよ。紅華ちゃん、本当にありがとうね」
靴を履いた佳祐と椿を見送る。司乃は酔いつぶれてソファーで寝ていて、ここにはいない。
「じゃあ、また明日学校でな」
「またね」
「ええ、また明日」
「じゃあな」
去っていく佳祐と椿の背中を見ていた時彦が、引き留めようと手を伸ばした。
「待ってくれッ」
「ん、どした?」
「時くん、どうかした?」
「そのな……」
言い淀んだ時彦は、佳祐と椿から視線を逸らし、しかしその先に紅華がいた。蒼穹の瞳が時彦を優しく見守っていた。
グッと下唇を噛んだ時彦は、すぅと深呼吸して言った。
「今日は、ありがとう。祝ってくれて嬉しかった。……本当にありがとう」
赤く染まった時彦の顔を、夕日が祝福するかのように照らした。時彦はそれから目を伏せた。
「……それと、ごめん」
佳祐と椿は息を飲んだ。そして、二人も夕日に照らされながら笑った。
「来年も、祝ってやるから謝るな」
「プレゼント、大事にしてね! じゃないと、許さない!」
「ああ」
時彦の頬を突いた佳祐と椿は手を繋ぎ、帰って行った。
そして時彦と紅華は玄関に戻り、その時、インターフォンが鳴った。
「……少し早いですね。師匠が酔いつぶれているですが」
ポツリと呟いた紅華は時彦を見やる。
「私が出ますので、時彦さんは師匠を起こしておいてください」
「……分かった」
どうやら、紅華は来訪者に心当たりがあるらしい。時彦は誰だろう? と思いながら、リビングに戻りソファーで酔いつぶれている司乃の肩を叩く。
「ぐ~が~。ぐ~が~」
「司乃さん。司乃さん、起きてください! お客さんっぽいです!」
「うぅん~むひゃひゃ~~お酒さいこう~~」
「寝ぼけてないで、司乃さん起きてください!」
「わぁ~お酒の風呂だ~天国だ~~」
「司乃さん! 服脱がないでっ!!」
時彦は服を脱ぎ始めた司乃を慌てて止める。が、酔っぱらって寝ぼけている司乃はその程度で止まらない。
「あ~時彦くんも一緒にはいるの~~? いいよ~脱ごう~」
「あ、ちょっ! 本気で起きてくださいっ!!」
司乃が時彦の服を脱がそうとする。しかも、司乃の力はかなり強く、また怪我させるかもしれない不安で本気で抵抗できないのもあり、時彦は着ている黒のTシャツを脱がされそうになる。
「ッ! 何してるんですかッ!?」
来訪者と共にリビングに戻ってきた紅華がその光景に驚き、そして顔を赤くしながら両目を吊り上げた。
一瞬で駆け寄り、司乃から時彦を引き離そうとする。
「師匠、時彦さんから離れてください!!」
「なんだよ~いいじゃん。一緒に風呂入るだけじゃん~」
「ダメですッッ!! 絶対にダメですッッ!!」
「
紅華の言葉に怒気がこもる。力づくで時彦を司乃から引き離した。引き離された時彦は紅華に抱きしめられ、司乃は床に体を打つ。
痛がる司乃を無視して、紅華は時彦を見た。
「時彦さん、大丈夫ですか?」
「……ああ。ありがとう。助かった」
「いえ、無事で良かったです」
はだけた服を直した時彦の横で、紅華はリビングの入り口で戸惑いながら立っている老婆と女性、男の子に頭を下げた。
「お見苦しものを見せてしまい、申し訳ありません」
「いいのいいの。夏目さんの酒癖の悪さは知っているし、賑やかで何よりだし。の、
「ええ。お母さん。それに早めに来ちゃった私たちも悪いしね。この子が早く行きたいってどうしても聞かなくて」
遥香と呼ばれた藍色の髪と瞳を持つ美しい女性が、横にいた幼い男の子の頭を撫でた。
「……お兄ちゃん」
「ッ」
その男の子は、雨の精霊の子供である純太だった。
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