1.5

第20話 高校での昼食

 少なくとも最初は、紅華と交代で料理をしていた。当番制だった。


 しかし、時彦の料理の腕前がとても高く、また本人の希望もあって、今は時彦が全て担当している。


 つまり高校に持っていくお弁当も時彦が作っているのだ。


「ふんふふん」


 少し音痴な鼻歌を歌いながら、時彦は朝食の洗い物をし、冷ましていた自分と紅華のお弁当に蓋をした。箸や保冷剤と一緒に弁当袋に詰めていき、水筒と一緒にダイニングテーブルに置く。


 散歩でいないカヤンたち用の弁当にラップをして、保冷剤と共にキッチンのカウンターに置き、その旨を書いたメモ用紙をダイニングテーブルの上に置く。


 自分の分の弁当袋と水筒を学生鞄に入れた時彦は、風呂掃除をしている紅華に声をかける。


「紅華。テーブルに置いてあるから」

「いつもありがとうございます、時彦さん!」


 紅華が風呂場から顔をだし、満面の笑みで時彦に礼を言う。時彦は「ん」と頷き、玄関へと向かう。


 時彦と紅華は一緒に高校に登校しない。それぞれ別々に、時間をずらして登校する。お互いの立場、特に紅華の学校での立ち位置的に、二人の関係が万が一にでも疑われないように徹底しているのだ。


 そして今日も、時彦は一人で家を出た。



 Φ



 四時限目の終わりと昼休みの始まりを知らせるチャイムが響く。


 教師が退室し、生徒たちは各々動き出す。とりあえず、友達と話し出す人。購買や学食に一目散に向かう人。お弁当を広げ、友達と一緒に食事を始める者。寝始める者。


 色々な人がいる。


「佳くん、時くん! ご飯食べに行こ!」

「おう!」

「ん」


 弁当袋と水筒を持った椿が時彦たちに声を掛ける。佳祐と時彦はそれぞれ返事をし、自分たちの弁当袋と水筒を取り出す。


 三人は教室を出て一階に降り、下駄箱で上履きからローファーに履き替える。


 新校舎の中庭の方へと向かった。


 すると数分もしないで、古めかしい木造やレンガ造りの建物が見えてくる。


 結ヶ幸ゆいがさき高校は戦前からある学舎を改築、増設などをして建てられた高校であり、十数年前に建てられた新校舎とは別に、戦前のレンガの学舎や戦後間もない時期に建てられた木造の旧校舎の一部が今も残っている。


 特に有力者なる者の意向によって取りつぶせない場所などもあり、かなり複雑で入り組んだ形となっていたりもする。


 新校舎と旧校舎の境はそれが顕著であり、小さな通路がいくつも入り組んでいたりもして、ちょっとした迷路である。


 危険もあるためバリケードなどによって立ち入り禁止となっていが、高校生たちにとって立ち入り禁止など暖簾のれんのようなものである。頭を少し下げて通り抜けるのが常だ。


 なので、時彦たちも公然の秘密となっている通路を抜け、旧校舎側へと足を踏み入れ、人が一人通れるくらいの入り組んだ通路を歩く。


 右へ左へ、何度も曲がるとそこにたどり着いた。


「やっぱり綺麗だよね、ここ!」

「そうだな」

「ああ」


 そこは木漏れ日が差し込む石畳の広場。広さは十畳くらい。そこまで広くない。


 中央には一本の木が伸びており、その周りを円形のアンティークのベンチが囲んでいた。上部は開けており、昼の時間はそこから太陽が顔を出し、木漏れ日がその広場を照らすのだ。


 喧騒けんそうはほど遠く、細い通路から広場へと吹き抜けるわずかな風がザザァーと木の葉を揺らす。


 とても静寂で澄んだ、特別な場所だった。幻想な場所だった。


 だが、それは佳祐と椿が見た・・・・・・・場合の話。


(……いつか叶うなら、二人と一緒に見たいな)


 中央に伸びる木の葉っぱから、陽だまりをふわふわに丸めたかような、淡く輝く毛玉が現れ、宙を漂う。


 その淡く輝く毛玉に反応するように、石畳の地面がキラキラと輝き、そこから、ぽわんほわんと、金平糖のような小さな星を浮き出てくる。


 そして小さな星と淡く輝く毛玉がぶつかると、パチンパチンと、新しい命が生まれるかのような音とともに弾け、ぽわわんと宙に溶けて消えていく。


 それがとめどなく続く。


 ふわっ、ふわ。ふわ~ん。ぽわん、ほわん。ぷぉわわ~ん。ぱち、ぱちぱち、ぱちんパチパチ。パチンパチン。


 幻想ではない。本物の幻想の光景がそこにはあったのだ。


(あっち側と重なっている場所らしいんだよな、ここ)


 紅華に聞いたところ、時彦たちがいる広場は、地球に隣接して存在する異空間と部分的に交わった重閉域という場所らしい。


 どうやら時彦たちが住む地域にはそのような場所が多く、結ヶ幸ゆいがさき高校の敷地内にもいくつかそのような場所があるらしい。


 そして大抵は魔女たちが魔力的な波長を変えて、通常の他人ひとには見えないようにしている。


 だから、佳祐や椿はこの光景を見ることはできず、時彦は少しだけ寂しい気持ちになった。 


「時彦、どうかしたのか?」

「いや、何でもない」


 時彦たちはアンティークの円形ベンチに腰を降ろし、それぞれの弁当を広げる。椿と佳祐の弁当を見て、時彦が首を捻った。


「あれ、今日は中身が違うんだな」


 佳祐は椿の家で暮らしているため、二人の弁当の中身は大抵一緒だ。しかし、今日は違うようだった。


「そうなんだよ、お父さんが佳くんのお弁当を持っていっちゃったんだよ! 私が一生懸命作ったのにさ! もうヤにやっちゃうよ!」


 椿がプリプリと怒る。佳祐がそんな椿の手を握る。


「つーちゃん、ありがとう。その気持ちだけで俺はとても嬉しい。だから、斗真さんをあんまり責めないでくれ。今朝は忙しかったし、弁当箱の見た目も一緒だったから間違えても仕方なかったんだよ」

「……それは分かってるけど」


 甘々なイケメンスマイルに椿は頬を赤くしながら、怒りを萎める。時彦はそんな二人の様子に嬉しそうな、それでいて呆れたような顔をし、「頂きます」と言う。


 おかずを箸で取ろうとして、その前に椿が「あ!」と声を上げた。


「時くん、何その可愛いお弁当! とても可愛いんだけど!」

「キャラ弁だろ、それ」


 そう、時彦の弁当は黒猫のキャラ弁だった。デフォルメ調の黒猫はとても可愛らしいく、しかも栄養バランスもしっかりしており、完成度の高いキャラ弁当だった。


 普段は手間などもあってキャラ弁を作ることはないのだが、昨夜、紅華と一緒にテレビを見ていたところ、たまたまキャラ弁の特集をしており紅華が興味を示したのだ。


 また、スヴァリアが自分を模したキャラ弁を作って欲しいと言っていたため、作ってみたのだ。


 椿がスマホを取り出す。


「時くん、撮って良いっ?」

「いいぞ」

「ありがとう! きゃー、可愛い!」


 自分の弁当をベンチに置き、椿が興奮した様子でパシャパシャと時彦の弁当を撮る。その様子を微笑みながら眺めていた佳祐はふと、時彦に尋ねる。


「なぁ、これってどうやって作るんだ?」

「ん? どうしてだ?」

「いや、な。つーちゃんに作ってあげたくて。つーちゃん、可愛いもの好きだし、俺が作ったお弁当食べて欲しいし」


 佳祐が少し照れた様子で、言った。時彦が微笑ましそうに頬を緩めて頷く。


「なら、今度教える。そんな難しいものでもないしな」

「あっ、ズルい! 私も佳くんに作りたいから、教えて!」

「分かった、分かったから。今度、二人に教えるから」

「ありがとうな」

「ありがとう、時くん!」


 佳祐と椿は嬉しそうに時彦に礼を言う。それから、椿は自分が撮ったキャラ弁の写真を佳祐と時彦に送信した。


 そしてようやく昼食を食べ始めようとしたところで、


「ん?」


 自分のスマホにメッセージが届き、それを何気なく開いた椿は、


「んん?」


 怪訝な表情でスマホと時彦を何度も見返していたのだった。







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