第11話 痛恨のミスッ!

 テスターをしてください、と言われ、時彦は戸惑う。


「僕、魔力マナを扱えませんよ?」

「大丈夫です。この箒の魔導具は魔力マナではなく、電気で動くんです」

「電気で?」


 時彦が少し驚く。紅華は工具箱を漁り、テレビゲーム機のコントローラーを取り出す。


「魔導具は現代の科学技術と異世界の素材の融合によって編み出されたものなんです」


 紅華はゲームコントローラーと箒の魔導具の電源を入れ、ゲームコントローラーのボタンを押した。


 すると、床に置かれていた箒の魔導具がおもむろに浮き上がった。紅華がコントローラーのスティックを横に倒せば、箒の魔導具が横へ移動する。


 そして箒の魔導具はコントローラーの動きに合わせてリビングを自由自在に飛び回った。


「凄い」


 驚きの声を漏らした時彦に、紅華はキラリと目を光らせすかさず説明する。


「そう、凄いんです! 今、見てもらったように魔力マナが使えなくても魔導具が動かせるんです。ここが、魔力マナが使えないと使用できない魔法具との大きな違いなんです!」


 紅華はふふんっとドヤ顔した。


「まぁ、天井さんのミサンガのような例外もありますが。そういったのは、伝説級の魔法具なんですけど」

「……」


 紅華はチラリと時彦の右手のボロボロのミサンガを見やる。時彦が警戒の表情を浮かべ、左手で右手のミサンガを隠す。


 紅華が苦笑いをする。


「ごめんなさい。深くは追求しませんから、そう警戒しないでください」

「……分かりました」


 時彦は紅華の蒼穹の瞳を見て、渋々頷いた。空気を変えるように紅華が咳払いして、言う。


「この箒の魔導具は、箒の魔法の代わりができないかと作ったものなんです。でも、まだこれで完成じゃない。魔力マナを扱えない普通の人が使えるようになって、ようやく完成なんです。そのための最終調整をしたいんです」

「だから、僕にテスターをして欲しいと?」

「はい。実証実験は今まで私がしていたので」


 真剣な表情を向ける紅華。時彦は少し悩んだ後、頷いた。


「分かりました。僕でよければ」

「ありがとうございます」


 紅華は嬉しそうに微笑んだ。


 そうして、紅華と時彦は靴を履いて、庭に出る。


 紅華が箒の魔導具の先端に手のひらサイズの黒色の金属直方体を付ける。また、同様の黒色の金属直方体を地面に置く。


「それは?」

「位置とか、傾きとか、後は周囲の魔力影響などを測定する魔法具です」


 紅華は靴を脱ぎ、くれ縁を上がり、リビングに戻る。ノートパソコンとケーブル、緑色の直方体をくれ縁に置く。


 そして、ケーブルを使って地面に置いた黒色の金属直方体を、緑色の直方体を経由してノートパソコンに繋げる。


 くれ縁に腰を掛けた紅華に、時彦は緑色の直方体を指さしながら質問する。


「そっちの緑のも魔法具ですか?」

「いえ。この緑のは、測定の魔法具で得たデータをパソコンに転送する魔導具です」

「そっちが魔法具で、その緑のが魔導具なのですか?」

「はい。正確な測定が可能な魔導具はまだ作れていないんですっ」


 悔しそうに下唇を噛んだ紅華は、緑の直方体の魔導具専用のソフトフェアを立ち上げる。ノートパソコンの画面上にグラフが現れた。そのグラフには、箒の魔導具の位置を示す赤い点があった。


 それを見ながら、紅華はゲームコントローラーを使って箒の魔導具の位置を調節しする。


「天井さん。その高さなら、足をついて箒に跨れますか?」

「あ、はい。問題ありません」


 時彦は箒に跨った。紅華はパソコン上のグラフを初期化して、赤い点をグラフの原点に合わせた。気温、時間等々をスマホで調べ、パソコンのメモ帳に記録した。


 そして紅華はノートパソコンを脇に置いて、時彦に近づく。


「じゃあ、天井さん。お願いします!」


 紅華はワクワク溢れる声音でそう言い、時彦にゲームコントローラーを渡そうとした。


 しかし、時彦は困惑した。


「あの……箒を握らないと流石に落ちると思うんですが……」

「落ちる……?」


 箒の魔導具の上はそこまで安定性がない。鉄棒の上に跨っていると想像すれば、より分かりやすい。


 キチンと箒の魔導具の柄を握っていないと、バランスを崩して落ちるのだ。


 だから、時彦はてっきりゲームコントローラーとは別に、箒の魔導具を操る道具があると思っていたのだ。というか、箒の魔導具にそれが付いていると思っていた。


 しかし、紅華は時彦の言葉の意味が分からないと言わんばかりに、可愛らしくコテンと首を傾げた。


「……」

「……」


 二人の間に沈黙が訪れた。数秒経ち、紅華の顔がサァーと青ざめ。


「………………………………失念してました」

 

 紅華の表情は絶望に満ちていた。小さい頃から、箒の魔法で空を飛んでいた紅華にとって、箒から落ちるという発想がなかったのだ。



 Φ



「う、うぅ。考えれば普通に分かるでしょうに……阿保なんですか。そうなんです。私は阿保なんです。初歩的なことを見逃すアンポンタンなんです……」

「アハハ……」


 結局、コントローラ以外にも、いくつか安全面に問題があると分かり、箒の魔導具のテストはお預けとなった。


「だいたい、コントローラの問題はまだしも、他の問題は致命的すぎる。使用者の安全を考えてなかったとか、馬鹿ですか。箒の魔法を無意識に使っていたとしても、設計時点で気が付くでしょうに。はぁ……」


 紅華は箒の魔導具の作成に一年以上、構想や学習期間を含めれば二年以上の月日をかけていたらしい。自分で全てを設計して、何度も失敗し、挫折を繰り返しながら、ようやくここまで作り上げたのだとか。


 しかも、紅華は何度も箒の魔導具に乗ったりして実験していたので、箒の魔導具はほぼ完璧だと思っていたのだ。


 が、その実験が成功していた理由は、紅華の高い身体能力と、無意識に箒の魔法を使っていたおかげだった。特に箒の魔法は箒に乗ると自動的に発動してしまうほど紅華の体に染みついてしまったようで、先ほどようやく自覚したくらいだ。


 つまるところ、安全面に致命的な欠陥がある箒の魔導具は紅華以外には使えないのだ。基礎設計から見直す必要があるらしい。


 一年以上の苦労が水の泡に消え、振り出しに戻ったため、紅華はずっと落ち込んでいた。それこそ、夕食までずっと。


 紅華は時彦が揚げた唐揚げを口に運びながら、ブツブツと暗い言葉を呟く。横で食事をしていたスヴァリアやサカエル、カヤンが紅華の暗い雰囲気に当てられ、少し気が滅入っていた。


 だから、紅華の向かいの席に座っていた時彦は、少し怒る演技を見せて尋ねる。


「春風さん。僕が作った唐揚げはそんなに不味いですか?」

「そんなわけないです! とても美味しいです! 天井さんの料理が美味しくないわけありません!」


 紅華が食い気味に答える。


 時彦自らが望んだ事もあり、ここ二週間の食事の殆どは時彦が作っていた。


 だから、毎日時彦の料理を食べていた紅華は思い知っているのだ。自分が作る料理よりも時彦の方が圧倒的に美味しいと。

 

 正直、毎日カップラーメンを食べていた人が何故、ここまで美味しい料理を作れるのか疑問に思うほどだった。


 兎も角、今日の唐揚げが不味いわけがなく、むしろ今まで食べた中で一番美味しいと言えた。


「……なら、もっと美味しそうに食べてくれると嬉しいです。なんでしたら、春風さんの好きな物、なんでも作りますから」


 時彦は嬉しさを隠すようにぎこちない笑み浮かべた。


 それを見て、紅華は時彦が不器用なりに励ましてくれているのだと分かった。それが無性に嬉しいと思い、酷く落ち込んでいた心が、ふっと軽くなった。


 紅華は心を切り替え、時彦やスヴァリアたちに頭を下げる。

 

「……食事中にすみませんでした」

「いえ」

「んみゃ~」

「きゅ」

「ゲコ」


 時彦たちは首を横に振る。そして、少しの沈黙の後、時彦がボソリと呟く。


「……テスターの件はいつでも付き合いますから」

「ありがとうございます」

  

 紅華は嬉しそうに頷いた。


 それから、時彦たちと他愛もない会話をした。司乃が急に出張に出かけた事への愚痴や、近くのスーパーの品揃えが変わった事、スヴァリアとカヤンの今日の散歩の出来事など。


 温かな雰囲気があった。


 と、紅華が思い出したように「そういえば……」と呟き、小首をかしげる。


「天井さんはテスト、どうだったんですか?」

「……普通でしたよ」


 一瞬、言葉がつまらせ、時彦は紅華の質問に答えた。紅華が少しむっとする。


「普通なわけないですよね? 英語二つは私と並んでいましたし」


 そう。時彦の英語の点数は、学年一位の紅華のと同じだった。にも関わらず、時彦は普通と答えた。


 紅華はそれが少し悲しいと思った。けど、そのままの感情をぶつけては駄目だと思い、心を落ち着かせる仕草をとり、真っすぐ時彦を見る。


「話したくないなら、それでもいいです。けど、二週間ほどですけど一緒に食事をしましたし、箒の魔導具のテスターに付き合ってくれると言われて嬉しかったんです」


 紅華は深呼吸する。


「だから、知りたいんです。天井さんの事、少しでもいいから知りたいんです」

「……」


 真っすぐな言葉をぶつけられ、時彦は面を喰らう。視線を彷徨わせ、小さく息を吸って口を開こうとして、黙り込む。


 それを否定の仕草と受け取った紅華は悲しそうに目を伏せた。


「……ごめんなさい。今聞いた事は忘れてください」

「ッ! ちがっ」


 紅華のその表情に胸がズキリと痛み、時彦は慌てて言った。


「教えるから、そんな顔をしないで」

「ッ。本当ですかっ?」

「……はい」


 時彦は静かに頷いた。


「けど、今は食事中なので、その、あとで」

「はい、分かりました」


 紅華は嬉しそうに笑ったのだった。







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