2023年5月30日の日記 甥っ子よ、ここは温泉施設です
甥っ子が女湯に入りたがっている。無論甥っ子は二歳なので変な意味ではなく、おばちゃんと入りたいからだ。しかし家族には男性陣もいるし、甥っ子の入浴が上手いメンバーが入っているのでそちらに託す。
「おばちゃんと入るうぅー!」
と叫びながらあやされつつ連れて行かれる甥っ子を、やれやれと見送って女湯に入った。大衆浴場を兼ねた温泉施設だ。美肌の湯なのでここに入るのは私の楽しみなのだ。眼鏡もコンタクトレンズもない私には何もはっきりと見えないが、広い浴場の匂いだけははっきりとわかる。少し硫黄のような香りがして、独特だがいつも好ましく感じる。
温泉に浸かって一息つき、顔にもペチャペチャ塗っていた。ここのお湯は本当に肌質が改善され、一度入ると一週間はお肌がぷるぷるになるのだ。
「おばちゃーん!」
甥っ子が男湯から呼んでいる。仕方ないので「なぁーにぃー?」と大声で答える。
「おばちゃーん! おばちゃーん!」
「なぁーにぃー?」
「だーいすき」
途端にきゅんとなる。甥っ子はこのところ私や家族のお気に入りメンバーに大好きと言いがちで、毎日五回は言われているけれどきゅんとなる。
「ありがとうー」
「おばちゃんとこ、行くね!」
「え?」
すると男湯と女湯の間の高い壁の向こうから、何かがにゅるにゅると大きくなって覗き見えてきた。向こうから家族の声が聞こえる。よく聞くと「○○ちゃんやめなさい」とか「大きくなったら邪魔だよ」などと言っている。
「おばちゃーん!」
見ると巨大化した甥っ子がこちらを覗いていた。ニコニコとご機嫌な笑顔で。浴場の人々が驚いている。私は慌てて「○○ちゃん、やめなさい。小さくなって!」と言ったが聞くわけもなく、甥っ子は「ん? ん?」と聞き返しながら大きくなり、壁と天井の間を抜けようとする。
「○○ちゃん! そんなことしたらおばちゃん○○ちゃんと遊ばないよ。○○ちゃんのことも見ない」
「どうして?」
甥っ子はずむずむと大きくなり続ける。
「ええー、おばちゃんこっち見てぇー」
「○○ちゃんが小さくなってそっちに戻ったらね」
「いや」
甥っ子はいつものようにご機嫌な笑顔で答えた。私はげんなりする。
「○○ちゃん、あのね、おばちゃんは……」
そのとき、甥っ子の様子が突然変わった。小さな声で「通れない」と言い、私を不安げに見る。もしかして壁と天井の間が狭すぎて通れないのか?
「おばちゃん、通れないよ、通れないよ」
甥っ子がパニクる。私は呆れつつアドバイスをする。
「小さくなったら挟まらないよ」
「いや! いや! おばちゃんとこ行く!」
「でも無理だよー」
「いやあぁー!」
甥っ子は泣き叫ぶ。浴場全体に響く大声だ。
「○○ちゃん夜ご飯たくさん食べたでしょ。アンパン男ポテトも、ウインナーも、ほうれん草のソテーも、ご飯もたくさん食べたでしょ。だからお腹ぽんぽこりんで通れないんだよ。仕方ないでしょ」
「通りたいぃー!」
「○○ちゃんが小さくなってそっちに戻って、みんなが温泉から出たら抱っこしてあげるから」
「ホント?」
甥っ子が急に笑顔になった。甥っ子は本当に次の瞬間には笑う。私が「ホントホント」と請け負うと、甥っ子はしゅるしゅると小さくなり、見えなくなった。向こうの家族のホッとした様子が伝わってくる。
女湯から出たら甥っ子がソワソワして待っていた。私はない力を振り絞って十二キロ超を抱っこして車まで連れて行った。
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