青いしましまの日記帳 ―空想上の甥っ子との思い出―

酒田青

2023年5月24日の日記 さあ甥っ子よ、魚になりなさい

 甥っ子と海にやってきた。甥っ子二歳は海辺の街に住んでいたけれど、海には潜ったことがないらしい。


「おばちゃん、海には何が住んでるの?」

「海には海坊主が住んでるよ」

「○○ちゃん海坊主いやー」

「見慣れれば入道雲みたいなもんだよ」


 甥っ子はたどたどしいけれどしっかりとバランスを取った走りで熱い砂浜を駆ける。砂が舞い、小さな足にベタベタとくっつく。それを手で拭い、几帳面な表情で睨みつけている。


「○○ちゃん泳ぎたいなー」

「一緒に泳ごうか」


 実は私は十メートルも泳ぐことができず、浮かぶのが精一杯なのだが、そんなことはおくびにも出さず、見栄を張った。甥っ子が小さなふかふかとした手で私の手を掴み、走り出す。キャーと甲高い声を上げ、満面の笑みだ。水しぶきを上げ、私と甥っ子は海に突入した。


 私が潜れないでいるのに甥っ子は胎児だったころが近いからか、すいすいと海中を泳ぐ。○○ちゃんは優秀なスイマーになるばい、などと思いながら私はアップアップしている。


「おばちゃん、泳いで!」


 甥っ子はいつの間にか青い小魚になって分裂していた。ときには甥っ子の形に戻り、またときには魚の群れとなって私をつつく。痛いからやめてくれと懇願してもやめてくれない。


「おばちゃん泳がないから○○ちゃん楽しくないよー」


 泳がないのではなく泳げないことを説明しても、甥っ子はわからないらしく「ん? ん?」と甲高い声で聞き返す。


「おばちゃんが来ないなら○○ちゃん先に行っちゃうよー。おばちゃん、おいで!」


 甥っ子は私を試すような言い方をしつつ先に行ってしまう。私は泳げないので慌てるも、甥っ子を成していた青い魚の群れは海の底に潜り、遠くに、本当に手の届かないくらい遠くに行ってしまった。





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