2023年5月28日の日記 甥っ子よ、待ちなさい

 さあ甥っ子が起きてきた。私はおむつとお着替えを用意し、おしり拭きシートと小さなゴミ袋を床に置いて待っている。甥っ子は私を見た瞬間、


「お着替えしないよ」


 とのたまった。ニヤニヤ笑っている。しかし私も負けてはいない。


「お着替えしないとお外に出られないよ」


 甥っ子はお外が大好きなのだ。途端に甥っ子は渋い顔をする。それから曖昧に笑い、


「おばちゃん、遊ぼ」


 と言う。お着替えをしたくないが私と遊ぼうという魂胆か。甘いぞ甥っ子。私は手におむつを持って甥っ子に一歩近づき、「着替えてからね」と答える。途端に甥っ子はキャハハと甲高く笑い、玄関に向かって走り出した。


「駄目だよ○○ちゃん、お着替えしてから!」


 甥っ子はそれを無視して走り、裸足のまますごい勢いで庭に出ていった。


「もう!」


 追いかけてサンダルをつっかけ、外に出てみた。するとそこはジャングルであった。首を傾げようが甥っ子の真似をして「ん?」と声を上げようがジャングルだ。というか甥っ子はどこだ?


 全周囲から聞こえてくるジャングルの猿や鳥の声に混じり、甲高い笑い声が聞こえてきた。甥っ子だ。


「○○ちゃーん、どこー?」

「お着替えしないもーん」

「ジャングルなんて危ないでしょ。おばちゃんといっしょにいなさい」


 また笑い声。私は立ち尽くし、目の前の蔦の巻きついた巨木の、樹上を見上げる。猿がいた。甥っ子もいた。こちらを見下ろしてニヤニヤ笑っている。


「見つかっちゃった!」

「○○ちゃん! お猿さんに迷惑でしょ! こっち来なさい」

「あのね、お猿さんははだかんぼなの。だから○○ちゃんもはだかんぼでいいの」


 何だその理屈は……。よく見ると来ていたパジャマもおむつも脱いで裸だ。これは長期戦になりそうだ。


 突然、猿たちが大きな声を上げた。声を合わせ、喧嘩でも始まるのかもしれない。甥っ子は怯えている。ハラハラしながら甥っ子を見ていると、猿の中の一匹に連れられ、するすると降りてきた。


「他のお猿さんとおうちを取り合うんだって。だから○○ちゃんは帰りなさいって」


 甥っ子はすこぶる残念そうだ。私は親切な猿から甥っ子を受け取ろうとしたが、甥っ子はするりと抜け出し、


「お着替えしないもーん」


 とまた走り出した。私は心底悲鳴を上げたくなりながら追いかける。甥っ子の速度はジェット機並みで、気づけば見失ってしまう。ここで見失ったらどこに行くというのか。


 私は飛行機や船や電車を駆使して世界中を探す。サハラ砂漠で砂の上を走る甥っ子を追いかけたり、プラハのノスタルジーなおもちゃのような街を駆け抜けたりする。ニューヨークの自由の女神像の持つトーチの先端にいたときは肝が冷えた。テレビを見て、月にいる甥っ子を発見したときはぎょっとした。


 もうお着替えはできないのか……。そう思って一旦家に帰ることにした。甥っ子はもう私の手には負えない。もう甥っ子のお世話は駄目かもしれない。


「おばちゃん、おかえりー」


 家に帰ると裸の甥っ子が玄関で待っていた。両手には私が用意したおむつとお着替えを握りしめている。


「おばちゃん、お着替えして! ○○ちゃんお外で遊びたい」


 力が抜け、それでも私は家に入り、甥っ子におむつを履かせ、上下の服を着せた。甥っ子はニコニコ笑い、


「おばちゃん、お外で遊ぼ!」


 とせがんだ。いや、今日は寝る。

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