2023年6月2日の日記 甥っ子よ、大きくなって
お風呂に入ったはずの甥っ子が二十歳ほどの青年になって上がってきた。私はギョッとして「どうも……」と会釈をする。甥っ子二十歳は破顔し、
「おばちゃん! さっきも会ったじゃん!」
と爽やかなバリトンでカラカラと笑う。そのあとも色々と話しかけられるが、私は甥っ子と認識しつつも甥っ子として接することができない。よそよそしい感じで「はあ……」とか「……ッスね……」とか答える。私は爽やかな青年が苦手なのだ。
「おばちゃん、『ツァラトゥストラはかく語りき』読んで。読み聞かせしてよ」
そんなの私も読んだことない本だと思うのだが……。甥っ子二十歳は今そんなの読んでるのか。でも読み聞かせとは? 甥っ子はすね毛の濃い筋肉質な足ですたすたと歩いてきて、
「おばちゃん、髪乾かしてー」
といつものように言う。しかし声はバリトンだ。私は「わかりました……」と答えて用意していたドライヤーを手に持つ。甥っ子二十歳はベビーチェアにガスっと座り、ぷぅ、とベビーチェア特有の音を鳴らして、ハハッと笑う。私は甥っ子の茶色い猫毛でなくなった黒い髪をいつものように乾かす。気詰まりだ。
「あっ、肉球パトロール!」
甥っ子二十歳はテレビに釘づけになる。民法のテレビ局でやっているカナダの犬アニメだ。甥っ子二十歳は髪を乾かされながら口を開けてぼーっとしている。
「おばちゃんは肉球パトロールの中で誰が好き?」
「わかりません……」
「○○ちゃんはこの人間の男の子!」
甥っ子二十歳は相変わらず犬アニメで犬を一切選ばないらしい。
しかし成長した甥っ子が服を着た状態でよかった。おむつを穿かせてくれと言われたら無言で逃げるところだった。
「○○ちゃんはどうして大きくなったんですか?」
私が聞くと、甥っ子二十歳はこう答えた。
「雨が上がらないから早く明日になれーって思ってたら時間が経ちすぎて大きくなっちゃった!」
甥っ子は白い歯を見せて爽やかに笑う。
「時間は○○ちゃんだけ進んだみたいですね。明日は確実に晴れるみたいたから元に戻って明日を待ったらどうですか」
私は、人見知り特有の目を合わせず単調な口調という態度でこう言った。甥っ子はうなずいた。そのほうがいいと思ったようだ。
「じゃあ○○ちゃん、元に戻る! うーん!」
バリトンの声は次第に柔らかく高くなり、甥っ子は小さくなっていく。甥っ子の髪は茶髪の柔らかそうなものになり、色白になり、全体的にぷにぷにになった。よかった。元の甥っ子だ……。
「明日は晴れるんだね! ○○ちゃん楽しみ!」
ぷにぷにの甥っ子はぴょん! とベビーチェアから飛び出した。
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