2023年5月26日の日記 甥っ子よ、ここはおしゃれなカフェですよ

 甥っ子と共に福岡のブックカフェに来ていた。コーヒーに紅茶にチョコレートケーキ、チーズケーキと、メニューとしては甘いもの禁止で大人の飲み物を飲めない甥っ子の食べるものはないし、置いてあるのは詩歌にエッセイ、海外文学と、甥っ子の好むようなカラフルな絵本はない。ただ私が来たかったのだ。狭い店内にはぎっしりと本がある。ここの本はコアで、しかも私好みなのだ。


「○○ちゃん楽しくないよー」


 私は甥っ子の訴えを無視して小説の棚を漁る。おや、あの海外作家の新作が。これはずっと気になっていた本。あれもこれも買いたい。


「おばちゃんシャボン玉バンバンしに行こうよー」

「本を何冊か買ってからね。おばちゃんここに来るの楽しみにしてたんだ」


 甥っ子は手持ち無沙汰に私のそばに佇んでいる。私はいくつか買いたい本に目星をつけ、予算と相談しつつ冒頭を読みながら優先順位を考えているところだった。


「ぱったん!」


 甥っ子が不穏な謎の言葉を残して消えた。どうしたの? と聞くも、返事はない。そっと本を置いてさあ探そうとすると、持っていた本の表紙が甥っ子が満面の笑みをたたえた顔写真になっていた。ぎょっとして開くと、中は甥っ子が主人公の絵本になっている。


「○○ちゃん、やめなさい! 本の中身を変えたりしたらお店の人に迷惑でしょ!」

「ぱったんぱったん」


 甥っ子は私の言葉を無視して次々私の持つ本の内容を塗り替えていく。


『○○ちゃんはいいました。「おばちゃん、たのしくないよー」って。でもおばちゃんはほんにむちゅうです。

 そうだ! ○○ちゃんはおもいました。それならおばちゃんのほんにでちゃえ! そうすればおばちゃんも○○ちゃんとあそんでくれるでしょ』


 甥っ子の写真が本の中に展開され、ずっとニコニコ笑っているのはいいが、時々元の本の内容が隅に残っているのでその文字を蹴ったり踏みつけたりするのが、何とも著者に申し訳ない。


「○○ちゃんやめて! 作家さんにも失礼だよ!」

「失礼って? どういうこと?」

「その人が嫌だなあって思うってことだよ!」

「ふーん。ぱったんぱったん」


 駄目だ。聞いちゃいない。私は最後の手段を使うことにした。


「おばちゃん○○ちゃんのジンベイザメくんを取っちゃおうかなー」


 私は甥っ子が大事にしている水族館で買ってもらったらしいぬいぐるみの名前を上げた。甥っ子は「どうして?」と聞き返す。少し緊張感のある声だ。


「○○ちゃん、おばちゃんと遊んでくれないから」

「じゃあ、○○ちゃんと一緒に公園でシャボン玉バンバンしよ!」


 甥っ子の最近お気に入りの遊びはおもちゃの銃でプカプカシャボン玉を発射するというものだ。私は大きくうなずき、「いいよ」と言った。


 気づくと甥っ子はそばに立っていた。ニコニコ笑っている。本も元の海外文学に戻っていた。


「おばちゃん、本を読むのはやめてシャボン玉バンバンしよ!」

「わかった」


 私はうなずいて甥っ子と共に歩き出した。店を出ながら、何だか甥っ子の思い通りにされたような気がするが、きっと気のせいだろう。







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