後日譚
七海、さらにでかく
「せ~んぱいっ! 私の活躍、見ていてくれました?」
そう言って背中から抱きついてきたのは七海。相変わらずいい匂いをさせて、暑苦しいのに汗も気にせず抱きついてきた。もちろん俺の汗じゃなく彼女の汗だ。そして女子はそろそろ成長が止まるかと思ったけれど、七海は俺に置いて行かれまいとまた背が伸びた気がする。
「「「キャー!」」」
背後から聞こえる黄色い声。七海を背負ったまま振り向いてみると、バレー部の一年生らしき女子たちがこっちを見ていた。
「七海、痴漢に間違われてるぞ」
「ち、痴漢って、え? 私のことですか? ち、違いますよ!!」
七海は一学期の半ばに再開したバレー部で、なんと秋にはベンチ入りを果たした。
今日はその最初の試合で、俺たちは応援に来ていた。七海は明るさと共にかつての勘を取り戻し、その身体的なアドバンテージもあって一年生だというのに大活躍した。
もちろん、それほどレベルの高くない高校同士の練習試合だったかもしれないが、七海は多くの期待と声援を受け、いくつかの試合で実力を示したのちに同級生たちと喜びを分かち合っていた。
そしてなぜ俺が背を許したかと言うと、いやまさか着替えもせずにこっちに突っ込んでくるとは思わなかったからな! 体育館の出入り口そばで応援していた俺たちは、そのまま外に回って着替えて出てくる七海を待とうかなんて話していた。
「せんぱい、意地悪しないで褒めてくださいよ!」
「わーったわーった。七海はえらい。がんばった」
「もっと真剣に!」
「やめろ! 力を入れるな……え、なんか……いつもと感じが違わない?」
「(今、スポブラなのです。こっちの方が好きですかぁ?)」
耳に囁いてくる七海。
そういえばウェアのままで抱きつかれたのは初めてかもしれない。
押し付けられているものが、いつもよりちょっと硬くなくて背中に広がってくる。
「(真ん中に隙間もありますよ? 手も突っ込めますよぉ?)」
ゴクリと生唾を飲む俺。
が、俺の様子を伺っていたらしき円花と目が合う。
「や、やめろ! ――てか七海は同級生に俺のことなんて説明してんの?」
俺は慌てて七海を引き剥がして話題を変える。
「えっ、恋人に決まってるじゃないですかー」
「いや、そうなんだけどさ……」
俺は実のところ円花や咲枝ちゃんとも付き合っていたし、加奈――は何だろう。バトル仲間? バトフレ?――みたいなのもいた。俺たちを初めて目にした彼女らの友達は――修羅場?――みたいな空気を一瞬作るのだが、彼女ら同士があまりに仲が良いためその空気も大抵は和らいでゆく。
特に、自信と引き締まった体を取り戻した円花と、明るさを取り戻した七海は今や、それぞれ二年生と一年生でトップクラスの人気があるらしい。この二人が極端に仲がいいおかげで俺たちはどういうわけか存在を許されていた。なんで? って思うけど俺も知らない。
「七海、私もいい?」
俺を見ていた円花は不意に七海に視線を移した。
「マドカ先輩、汗で汚れますよ? いいんですか?」
「いや、俺はいいのかよ」
「せんぱいはどうせ後で一緒にお風呂――」
「わー!! わー!! 七海黙れ!!」
同級生に聞かれたらどうするんだよ、まったく……。
「しょうがないなあ。円花さん、これ使って」
咲枝ちゃんが七海のために用意していたふんわりした大きめのタオルをトートバッグから出す。
受け取った円花は肩にタオルをかけ、後ろから七海に抱きしめてもらう。
七海は俺より少しだけ背が低いくらい。円花も高めだが俺とは頭ひとつ弱くらい差がある。片や長身のスポーツ少女、片や高嶺の花の上級生、傍から見ると二人は百合百合しい美少女カップルにしか見えない。七海の同級生たちも黄色い声を上げて集まってくる。
「円花さん、一年生の女の子にも人気なんですよ」
「そうなんだ」
その場にいた誰もが円花と七海を取り囲み、スマホで写真まで取らせてもらっていた。
「――咲枝ちゃんはいいの?」
「……私はそんな――」
chu! ――咲枝ちゃんが不安そうな顔をしてたので、皆が円花と七海に注目している隙に唇を奪った。
咲枝ちゃんは自分の身に何が起こったのか分からない様子で固まっていたが――。
ずるい――と咲枝ちゃんは小さく言って、俺の右腕を取ってきた。そのまま円花と七海が解放されるのを仲良く待ってたが、咲枝ちゃんはニコニコと楽しげだった。
◇◇◇◇◇
夕飯の買い物をして四人で家に帰る。
「ただいま~」――いつも鍵を持ってる咲枝ちゃんがドアを開けてくれる。
玄関で荷物を降ろして靴を脱いでいると――。
「七海ちゃん、先にシャワー浴びてくれば?」
「あ、荷物だけさき持って行きます」
「そう?」
台所へ荷物を運び込む。買った食材を持つのは主に俺と七海の仕事だったけれど、今日は七海が疲れているのもあって円花と咲枝ちゃんも分けて持ってくれていた。
「じゃ、せんぱい? お風呂行きましょ?」
「ん、あいよ」
「……私も一緒に入っていい?」――円花が聞いてきた。
「えっ、それは困る」
「どうしてよ」
「そ、それは……」
実のところ、こんな状況にもかかわらず俺は二人以上を同時に相手したことがなかった。機会がなかったわけでもなく、彼女らが興味を持たなかった訳でもない。それでもそれは避けていた。
「ベッドも嫌がるわよね? わ、私は……別に構わないんだけど……」
円花は髪を弄りながら顔を赤くして言う。
「俺は、その……そういうときは一人だけに専念したいんだよ」
「そう、なのね……」
「例えばその、俺が円花と繋がってるときに円花の横に七海が寝ていて、お互いにキスとかしてたりすると……想像するだけで胸が痛い……」
「七海でもダメなんだ……」
「俺だけを見ていて欲しい。もちろん七海のときだって、咲枝ちゃんのときだって同じだよ? 二人同時には繋がれないし、そんな器用じゃないから愛情も向けられないんだ……」
ふぅ――と溜息をついた円花。
「わかったわ。無理は言わない」
「円花と七海で抱き合うのは構わないよ?」
「そっ、それは……時々にする」
あっ――お風呂に向かう俺たちを円花が引き留める。
「……今度、バスケの試合も観に来てね?」
「わかった」
円花が何を考えているかは何となくわかってしまったけれど、言わないでおいた。
あと七海のやつは、またでかくなっていた気がする。どこがとは言わないが。
--
何でもない日常でしたが、作者が七海大好き(主に高身長な部分)なので、復活した七海を堪能したくて書きました。
こちらはサポーター様のご要望で執筆した短編となります。
サポーター様いつもありがとうございます!
恋する僕を裏切って男に走った彼女たち、みんな僕を離してくれない! あんぜ @anze
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