第10話 七海
「円花にね、ひとりでエッチするの禁止って言っておいたから」
「ゲフッ、ゴフッ……」
貴島と七海が作った夕食を皆で食べた後、帰る貴島を駅まで送る際の突然の発言にむせる。
「あの子、半分中毒みたいになってるから気にかけてやってね」
「俺に言われても困るんだけど。てゆーか俺にばらすなよ」
「話しておくとは言ってあるから」
「本人知ってるのか……」
「我慢出来たらご褒美あげて」
「……考えとくわ」
◇◇◇◇◇
火曜日。朝、おはようの声に起こされると、ベッドの傍にタオルケットを纏った円花が座り込んでいた。
「おはよう。そこで寝てたの?」
「ううん、そうじゃないけど、アキに決意表明しようと思って」
「決意表明?」
「うん」
そう言って円花は立ち上がると、はらりとタオルケットが落ちる。
そこには下着姿の円花が。
「ちょっとちょっと、何やってるの!」
「ちゃんと見て」
「いや、何言ってんの」
「お願いだからちゃんと見てくださいっ!」
そう言いながらお腹をつまむ円花。
俺の目線を感じて深呼吸をする。
「今、こんなみっともない姿だけど、貴方の隣に立てるよう頑張ります」
「わかったよ……」
「あとできれば抱っこして持ち上げてください……」
俺は立ち上がって円花を抱きしめた。いつの間にか背は頭一つ分くらいは差がついていた。無駄な肉がなかったころとは違って彼女は柔らかかった。持ち上げると確かにずっしりとはしていたけど、以前と違うかはわからない。こんなことしなかったから。
「は、走りに行くので付き合ってください」
◇◇◇◇◇
円花とランニングしてきた後、七海が用意してくれた朝食を食べた。
登校は円花が俺の横に並んだ。七海は一人で前をとぼとぼと歩いている。咲枝ちゃんは時間が合わなくて先に行っていてとメッセージがあった。
「なあ、これってもしかしてローテーション?」
俺は小声で円花に聞いてみた。
「うん、皆でベタベタするより一人ずつ余裕をもって付き合った方がいいかなって」
「何時から何時までとか、割り込んじゃダメとかルールがあるの?」
「寝るときから登校までだから、お布団潜り込むのは順番――」
「潜り込まなくていいから……」
さすがにそこまで無茶はしないと思いたい。
「じゃ、七海に声かけちゃダメ?」
「ううん、そんなことない」
学校近くまで来て、生徒も増えてきた辺りで俺は円花と腕を組むと早足で七海に近づいた。
「こーうはい! 元気ないね? 独り?」
「……ぇ……」
七海は寂しげな表情を驚きに変えた。
俺は七海の背中に手を回し、肩を引き寄せて腕を揉んだりしてやった。
「いい体してんじゃん。バレー部入んない?」
「……バレーはその――」
「俺の居た中学にさ、でっかい女子が居てさ――」
七海の返事は待たずに唐突に話し始める。
「――そいつが飽きもせず、毎日毎日、朝練後とかでも気にせず、俺にまたこれがバカでかい声で恥ずかしげもなく挨拶してくんの――」
七海は俯いてしまっていた。
「――恋人呼ばわりされても逆に喜んで、ベタベタ抱きついてきたりして、そしたらまたいい匂いとかさせてくんのよ――」
「――でもさ、俺、そん時ものすごっく傷ついて落ち込んでたからさ……その、幸せにしてもらえたんだよな。その子に」
七海は足を止めてぽろぽろと涙を流し始めた。
円花が横からハンカチを差し出す。
「――だからその子に、前みたく元気になって欲しいんだ。恩返ししたいの」
七海は何も言わなかったが、しばらくして小さく頷いた。
そうして三人でしばらく歩いて、昇降口で七海とは別れた。
別れ際、七海はちょっとだけ笑顔を作ってみせた気がした。
◇◇◇◇◇
「タカノン、なんか朝、彼女と一緒に後輩にセクハラして泣かせてたって――」
「してないしてない、それ七海だから」
「結局、タカノンは誰と付き合うんだよ。七海ちゃんとヨリ戻すの?」
「いやあその……」
三人とも自分と付き合ってるつもりとは言えなかった。
「三股だよ? アキは」
言いやがった……。貴島おのれ……。
「マジか……三股……ありえるのかそれは……」
「なんなら四股でもいいけどね」
「よん……また……」
「やめろ貴島……」
そして話を聞きつけた貴島と仲のいい二人がやってくる。
「なになにー? 鷹野原ハーレムの話?」
「へっへー、乾く暇もねえってやつかよ」
「貴島お前、女子でも付き合う相手考えた方がいいぞ」
「なんだとー鷹野原の分際で」
「女の敵めー」
こんなでもクラスのトップを争う二人なんだよな。つまり学年のトップ。
「鈴塚ァ、山根ェ、オレと二股しない?」
「えっ、やだ」
「西村なら鷹野原の方がマシ」
「マジかあ……」
頭を抱える大樹。すまん。
◇◇◇◇◇
お昼はまた皆がやってきて、同じようにまた渡り廊下で食べた。今日は円花が俺の弁当を持っていて、張り合っているのかまた、あーんとかしてきた。ただし円花は弁当箱をぶんどられないように抱えていたため、半分くらいは食べさせられた……。
放課後、咲枝ちゃんと合流して買い物に行く。円花は部活を頑張るらしい。そして七海もバレー部の知り合いを頼り、まずは見学させてもらいに行った。貴島は友達と遊びに行ったらしい。知らんけど。
咲枝ちゃんは細かく取ったメモを携え、俺の腕を取って食材を買って回った。
生活費は母から預かったもので十分だったのだが、三堀家が積極的に出してくれたものがあり、それから新宮家も支援してくれた。七海については後輩と言うこともあって、責任もって面倒をみるという話になってる。
「アキくん重くない? やっぱりカート持ってこようか?」
「ううん、今日はいいや。それよりいろいろ買うんだね」
「お母さんにね、私の体調向けのメニューとか、円花さんのダイエットメニューとかいろいろ相談に乗ってもらったの。昔みたいに」
「そっか」
「アキくんの好きなものあったら言ってね。メニューに入れるから」
「僕は咲枝ちゃんたちが作ってくれたものなら何でも好きだよ」
そんなことを話していると、あらあらみたいな感じで近くの買い物客の奥様方に見られてしまい、二人して顔を伏せた。
◇◇◇◇◇
夕飯は咲枝ちゃんが作ってくれた。
部活を余程頑張ったのか疲れて帰ってきた円花と、一緒に帰ってきた七海とが咲枝ちゃんのメニューに驚く。
「こっちが円花さんのダイエットメニューね。あと、間食は許しません」
「わ、わかったわ」
「円花、まだ間食してたのか……」
「これとこれは私と七海ちゃんので、そっちがアキくんね。いろいろ計算したから」
「そんなに分けて頑張らなくてもいいんだよ」
「はい、次からはもうちょっと手間を省いて楽にできるようにします」
夕食の後、片づけを終えた僕たちは順番にお風呂へ入りながらリビングで勉強。特に円花はやる気がみえた――。
「寝ちゃいましたね」
「初日から頑張りすぎだろ……」
「後でお布団に連れて行ってもらえます?」
円花は頑張りすぎて眠ってしまった。
◇◇◇◇◇
水曜日。
「せんぱーい! 朝です!」
そう言って抱きついてくる七海。
もしかしたら空元気だったのかもしれない。七海は頭を起こすと目に涙を浮かべていた。撫でてやったら、また胸に顔をうずめてきた。
「七海の元気な声、ずっと聴きたかったんだ」
「……」
「あの日からずっと、時が止まったような感じだった」
突然、七海は体を預けてきて唇を奪われた。
――静かな時間。扉一枚隔てた向こう、階段下から円花と咲枝ちゃんが話す声が聞こえる。
「……はぁ」
ようやく唇を離した七海。
「ご褒美っ、前借りします! 頑張ったらまたください!」
「わかったよ」
「今日から私も先輩と一緒に走ります!」
◇◇◇◇◇
今朝の登校は隣に七海が居た。
円花と咲枝ちゃんは前を歩いていた。歩いていたのだが――。
二人とも最初こそ仲良く会話していたのだが、ちらちらとこちらを気にして止まない。それもそのはず、七海が俺の腕に抱きついて離れないでいたからだ。
前の二人はせいぜい傍を歩いていた程度だったけれど、七海は違った。
正直、歩き辛くもあるし、人目が気になって恥ずかしかった。けれど彼女の腕を振り払うことはできなかった。だって七海は震えていたから。
「せーんぱい! 今日は無口ですね。恥ずかしいんですかー?」
周りに生徒も増えてきたのに遠慮もなく大声を出す七海。
けれど軽やかな笑顔には涙をにじませていた。
「うっせーよ。お前はいろいろデカいんだから少しは慎め……」
俺も少し声が枯れていて昔のようにはいかなかった。
だけど動揺は彼女にも伝わったのだろう。腕をぎゅっとしてきた。
七海はバレー部に入ると言っていた。
あの頃の彼女がまた戻ってきてくれることを俺は心から祈った。
--
たくさんのブクマ、評価ありがとうございます!また、たくさんの応援を頂き、感謝しかございません!頑張ります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます