第12話 キャンプ1

「安心して。うちのサークル、みんな真面目なやつ多くてウェイ系なんかじゃないから」


 ワンボックスを運転しながら円花の姉、明日花さんが話す。明日花さんは円花とはまるで印象の異なる、明るく染めたベリーショートの髪の活動的なタイプの女性だった。


「BBQも用意してあるから楽しみにね!」


「姉さんのサークル、BBQなんてするの?」

「GWの新歓のお泊りではするよー。あと追い出しとか。普段はソロキャンの集まりだけどね」


「――アキくんは私のお下がりのテントを使ってね。円花は私と一緒で加奈子ちゃんたち三人は大きいのでね」

「姉さんと一緒は嫌なんだけど……」


 荷物には小さいテント二つと大きいのを一つ積んでいた。


「何よー。家に帰ってこないからたまにはいいじゃない」

「あとアキを名前呼びしないでよ……」


「それこそいいじゃない。家族同然でしょ?」

「……アキもデレデレしないでね」

「や、してないってば」

「アキくんは面食いだから」


 咲枝ちゃんがとんでもないことを言い始める。


「――アキくんは幼稚園の頃から美人に目が無かったよ。年齢問わず」

「「えっ」」

「僕そんなだった!?」


 咲枝ちゃんは僕のことをよく見ていたからわかると言う。そんな酷かったの!?


「明日花さんは大好きな人とか居ますかー?」


 貴島が突然そんなことを言う。


「私ー? そうね、めっちゃくちゃ好きな人が居る!」

「じゃあ大丈夫ですね。アキはそういう女性、たぶん苦手だから。ね?」

「まあそうだけど」


 俺ってなんなの? 何か自分でも知らないことを把握されてそう。


「アキくん、そういう女の子苦手なの?」

「貴島みたく葵サマーとか誰かを好きって平然と言ってる女の子はまず苦手ですね」


「葵サマはもう卒業したってば」

「あの頃のキモい貴島がチラつくからヤなの!」


「う~ん、でもそれって嫉妬じゃない? 気になる相手だからでしょ?」

「グフッ……」


 え、俺、貴島の事そんな風に思ってたの!? 嘘だろ? 無いよな!?


「ちょっとアキ、それって女の子なら誰でも気になるってことじゃない」

「いやいや、さすがに飛躍しすぎだから?」

「アキー、大学生のお姉さん選り取り見取りだぞー、きっと」

「見境ないみたいに言うな!」


「ふふっ、アキくん? うちのサークルはお泊りではエッチ禁止だから守ってね」


 何故かこっちが釘を刺される流れになる。理不尽だわ。



 ◇◇◇◇◇



「「「ウェェェェーイ!!!」」」


 ドサリと落ちる誰かの荷物。みんな呆れて塞がらない口。


「ごめん明日花! 高校生の女の子がいっぱい来るって言ったらみんな変なテンションになっちゃって!」

「部長まで一緒になって何してるのよ……」


 明日花さんは男子大学生連中をドヤしに行った。


「ごめんねー。あ、円花ちゃん久しぶり。みんなはこっちね」


 来島 真奈美くるしま まなみと名乗った茶髪のボブの彼女は、俺たちをテントのスペースに案内してくれた。大きめのテントもいくつか用意しているらしい。トイレも近くに施設の水洗があるし、煮炊きできる場所もある初心者向けの施設で新歓を行うそうだ。少し降りたところには沢もあって遊べるとか。


「アキー! 沢行こうぜー!」

「いや貴島お前話聞いてたのかよ。テント立てないと。その後は手伝いくらいしなきゃ」


 その後、俺たちは一応の経験者である円花の指示の元、ああでもないこうでもないとテントを立ててたのだが、やがて帰ってきた明日花さんの指示でテキパキと事を済ませるのだった。


 明日花さんは言う。――わからないなら頼ればいいのに。円花はいつも一人で頑張ろうとするから。頑張った結果、結局何でもできちゃうようになるから余計頼らないのかなあ? ――と。円花は完璧超人なんかじゃない。しばらく同居してわかった。あれは努力の人だったのだ。皆が頼るからつい何食わぬ顔をして平静を装うが、裏では頑張ってしまうのだろう。



 ◇◇◇◇◇



 二十分後、俺はBBQの下準備チームに居て、三年次の明日花さんと真奈美さんの二人を手伝っていた。新入部員を除けば女性部員はこの二人だけ。


「新入部員は手伝わないんですね?」

「いやー、大学の新歓なんて完全に接待だからねー。サークル同士で奪い合いなの」

「その点、アキくんは手伝ってくれるからありがたいな」


「いつもなら男どもがこぞって手伝いに来るんだけどなー」

「うるさくなくてありがたいけど、アキくん的にはいいの?」


 そう。円花を始め四人は今、ここの新入部員と一緒に男子部員にいろいろと教えて貰ったり、沢で遊んだりしている。実はさっき五人で居たときに俺が提案したのだ。三人とも、俺に依存し過ぎて交友関係が歪になったり、見識が狭くなりすぎたりするのは嫌だと。何よりそんな風になってしまったら自分自身が許せない。


「いいとは?」


「うちの円花が他の男と遊んでたら嫌じゃないの?」

「嫌と言えば嫌ですけど、そんなこと言ってたらこの先、円花は何もできないんじゃないかなって」

「えっ、ほんとに童貞? 高校生なのに達観してない?」


 そう真奈美さんが言う。何でこの人たちはこんなに直接的なんだろうな……。



 ――ちなみに童貞がバレたのはついさっき。円花たちが居ないときに聞かれたのだ、本命は誰なのかと。正直、答えには困った。みんな好きだし、終わりもいつか突然に来るかもしれない。おまけに車内でのこともあって貴島まで意識してしまった。


『じゃあさ、だれがいちばん体の相性が良かった? そういうのも重要よ』


 真奈美さんの言葉に思わずむせ込んだ俺は、うっかり――まだ誰とも体の関係は無いので! ――と言ってしまったのだ。その時は他にも人が居て、めっちゃ恥ずかしかった。さすがに真奈美さんは明日花さんに窘められていたけれど――。


 

「アキくんはさ、もし円花を試したいとか思ってるのなら感心しないわよ?」


 明日花さんが真剣な顔で言う。試す? 円花がまた俺を裏切らないか?


「円花たちを試したいわけでもないですし、離れたいわけでもないです。ただ、俺なんかがどうやって皆の気持ちに応えればいいんだろうとは思います」


「そっか。それなら君たちの関係に口は出さないでおく」


「えっ、何? 関係ってどういうこと?」

「真奈美と私の関係くらい色々ややこしいの。ほら、野暮なことは聞かない!」


 心の中にもやもやしたものが残っている。たぶん、四人ともそうだと思う。時間が解決してくれるのか、まだ今の時点ではわからなかった。



 ◇◇◇◇◇



 下準備を終えたので、ラップをかけた食材を調理場からコンロ周りに運んでおく。途中で円花を見かけるが、彼女は熱心にテントの設営の仕方を教わっていた。既に組んであるテントをばらしたりするくらいの力の入れようだ。さすがは円花だ。


 七海と咲枝ちゃんは新入部員の女子たちに交じっていた。七海はそのなかでもいちばん背が高い。まあ、女子は高校ではそこまで伸びないって言うからそんなもんなんだろうかな。咲枝ちゃんが手を振って俺を呼んでいる。


 貴島は男子に交じって沢で遊んでいた。あいつのことだ、手伝いも何もしてない可能性がある。


「咲枝ちゃん、貴島のやつ、ちゃんと手伝いしてた?」


「どうかなー。ずっと沢に居た気もする。それよりこっちこっち。――彼が私を暴漢から救ってくれた幼馴染の鷹野原くんです! 大怪我してまで守ってくれたんだ」


「「「おー」」」


 周りから拍手されるが、咲枝ちゃん、こうやって人に話せるくらいには回復したんだ。


「それで? 色男の彼はどっちを選ぶの?」


 またこの話題か。まあ、参加した高校生が男一人、女四人の時点でその手の話題には事欠かないのかもしれない。どっちと聞かれてその場にいる咲枝ちゃんと七海を見比べるが、どっちも少し様子がおかしいことに気が付いた。七海が何故か心配そうな顔をしている。そして咲枝ちゃんは――いつか見た無理して笑ってるような顔。


「新宮先輩の妹さんも美人だよね」

「橋倉ちゃんも背高くて美人だし、どっちも捨てがたいよね」


 ああ、そうか――また自分を抑え込んで作り笑いをしてたんだ。


 ――僕は彼女の肩を抱き寄せた。


「僕には勿体ないくらいの幼馴染がいるからなんて決めづらくて!」


 その後、三股とかなんとかいろいろ揶揄われたり、居合わせた男子部員にヘイト貰ったりしたけれど、咲枝ちゃんと七海が笑ってくれてたからいいやと思った。



 ◇◇◇◇◇



「つめてっ!」


 その場で座って話をしていた俺は、突然背中に水を浴びせられて――いや、水に濡れた何かが背中に覆いかぶさってきて悲鳴を上げた。


「アキー、せっかく来たのに遊ぼうよー」

 

「お前貴島! びしょ濡れじゃねえか!」

「あー、これ転んだ」

「加奈子ちゃん透けてる!」


「あーこれ見せブラだから大丈夫ー」

「下に着てたら見せとか関係ねーじゃねえか! そんな恰好でここまで来たのか」


 男子部員が鼻の下伸ばしてるし!


「じゃーこのまま前隠してテントまで連れてってー」

「……しゃーねえな。貸しだぞ。――くそ歩きづらい……」


 俺は仕方なく背中に貴島をぶら下げたまま――後ろにくっついてるだけだが――二人四脚でテントに向かった。

 四股? ――そう呟かれた声は俺まで届かなかったため致命傷には至らなかった。



 ◇◇◇◇◇



 貴島をぶら下げてテント近くまでよたよたと戻る。


 円花は相変わらずテントの立て方を教わっているのか、さっきと同じ場所に居たが少し様子がおかしい。教えてくれていた男子部員が一人に減って、円花と二人きり。どっちも地面に座り込んでいる。少し離れて向かい合って。


 貴島が俺の背中におんぶされるように飛び乗ってくる。


「何だろ?」

「わからん」


 とりあえず、声を上げて円花を呼んでみたのだ。




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