第7話 辻村(たぶん)
「なになにー? どうしたのよ慌てて」
隣の2-Bには咲枝ちゃんの姿は無かった。教室に戻った俺は貴島に助けを求めていた。まだ昼休みは終わっていない時間だった。貴島はクラスの女の子たちと連休の予定を話し合っていたようだけど、俺の顔を見ると貴島は察したように――。
「ちょ、ちょっとごめんね。アキが漏れそうなんだって」
ぜんぜん察してねえ!
「ええっ、突然何言ってんの?」
「加奈子ー、学校でエッチしちゃダメなんだよ?」
「「そっちじゃない!」」
俺と貴島の声が被る。
「――いや、トイレでもねえよ! いいからちょっと来てくれ」
「だいたーん」
「ゴムつけなよー」
「「違う!」」
俺は貴島を連れて人気のない踊り場へと向かう。そして咲枝ちゃんには申し訳ないが、書庫で起こったことを全て貴島に話した。
「とにかく咲枝ちゃん、普通じゃ――」
「辻村だと思う」
「えっ?」
「辻村だと思う。たぶんだけど、その子を脅してるの」
「脅してる? あと辻村って誰?」
「はぁ、覚えてないの? 円花が中学の時に付き合ってた辻村よ」
「ああ……そんな……だっけか」
「あと、七海ちゃんの今の彼氏も辻村」
「なっ!?」
「――ちょっ俺、咲枝ちゃん探してくる」
「もうお昼終わるよ? 私は円花に話しておく」
咲枝ちゃんが脅されている?
それも――おそらく七海を襲った――辻村に?
なんであの子がそんな目に遭ってるの?
遭わなきゃいけないの?
隣の2-Bの教室を覗くもやはりまだ戻ってきた様子はない。
他の階を周ろうとするが、予鈴と共に教師に遭遇して教室に戻るよう促される。
教室に戻ると貴島と目が合う。
俺が首を振ると、貴島はあとで探そう――と囁く。
◇◇◇◇◇
その後の授業の合間にも咲枝ちゃんを探したが見つからなかった。下駄箱を確認した限りでは下校した様子もなかった。どこかに居るはずなのに……。貴島からのメッセージでは業間に辻村本人も入れ違いで出て行ったまま捕まえられてないと言う。辻村とかいうやつはあちこち女に手を出して、中には弱みを握って脅してる子もいるのではという話があったらしい。
そして放課後、下校していくクラスメイト達。俺と貴島は下駄箱で待っていた。人が少なくなる頃にやってきた円花。久しぶりに彼女と間近で対面した。気のせいだろうか、少し顔が丸くなったような気もする。まじまじと見ていると円花は顔を伏せた。
「わ、笑ってもいいわよ。いえ、笑いなさいよ」
「別に。少しくらい丸くなっても美人は変わんないな。むかつくよ」
「二人とも、こんな時にいがみ合わないでよ!」
「後にしようぜ。咲枝ちゃんが心配だし」
校内を探しに行こう振り返ると、背を丸めて小さくなった七海が居た。
「来てくれたんだ、七海ちゃん! アキの幼馴染が辻村に脅されてて行方が分からないの。どこか思い当たる場所ないかな」
「あ……あの、ひとつあります。旧棟の理科準備室の奥の暗室……」
「そんなところで、なに……まさか!?」
「ご、ごめんなさいっ」
「今はいいよ。早く行かないと咲枝ちゃんが心配でしょ」
貴島が七海の肩に手を回して慰めている。
俺はとにかく理科準備室に走った。
円花もついてくるが昔のように足が速くない。
何やってんだよほんとに……円花に悪態をついて置き去りにした。
◇◇◇◇◇
理科準備室。表の鍵はしっかり施錠されていた。
蹴破る? 中から音は聞こえない。暗室に至っては全く様子が分からない。
隣の理科室は開いていた。そして理科室からも準備室へと繋がっていて、こちらに鍵は無かった。準備室には誰かのバッグ、お菓子なんかも見えた気がする。
そして暗室の前。使用中のランプがついていた。
遠慮なく戸を開けると、中は赤いランプ。そして扉からの光が差し込む。
狭い暗室で半裸の二人が交わっていた。
一人は棒のように痩せていて、今にも男にへし折られそうだった。
こちらに気づく二人。
男の方はニヤリと笑う。焦るどころか余裕の表情。
「……アキくん!?」
咲枝ちゃんと目が合う。
「やだ、やだよう。うっ、ううっ――」
「――ふえええぇぇぇぇぇぇえええん」
咲枝ちゃんはその場で崩れ、大声で泣き出した。まるで子供のように顔をくしゃくしゃにして。大粒の涙を流し恥も体裁も構わずに。
守らないと――そう思ったときには手が出ていた。
ただ、最初の一発が辻村(たぶん)の顔に入っただけですぐに殴り返され、倒れたところにマウントを取られた。
何発も顔を殴られる。
向こうでは咲枝ちゃんが泣いている。
遠い記憶の中、こんなことがあった。そんな気がした。
「クソむかつく! お前みたいなのが優良物件の円花と付き合いやがってよ! あいつとはマジで付き合うつもりだったんだ。
「――逃げた先でも別のいい女を作りやがって、マジムカつくわ。あのデカ女、頭わりーから脅したらコロっと靡いたわ!」
「――そのガリガリいいだろ。女は痩せてた方がいいぞ! あいつ、お前が好きなんだってよ。ファーストキスだけはやめてって、処女散らしてよく言うよな!」
咲枝ちゃんが泣いている。
僕はこんな理不尽、受け入れられない。
あの時の僕はどうしたっけ。あの時、咲枝ちゃんは泣き止んでた。
ああそうだった――僕は殴られるのも構わず右手を辻村(たぶん)の股間へとやった。
「ギャァァァァァァアアアアアアアアアア!!」
「――離せ! 離せ! クソ離せっつってんだろ!」
僕はさらに何発も殴られたが手を緩めることだけはしなかった。
永遠と思われる時間が過ぎたが、彼女らを苦しめたこの元凶だけは許せなかった。
◇◇◇◇◇
気が付くと僕は病院に居た。
珍しい。母さんが居た。
「目が覚めた? 顔、痛いでしょ。だいぶ腫れてたから」
「なか、お面が付いてっみたい」
「そ、ま、しばらくは安静ね。停学って話もあったみたいだったけど、加奈子ちゃんが通報しちゃったからそれどころじゃなくなって、停学は無くなったんだって」
「母さ、ごめ……」
「何言ってんの。加奈子ちゃんから聞いたけど、咲枝ちゃん守ったんでしょ。よくやったわ」
「咲枝ちゃ、大丈夫?」
「うん、そうだね。彼女、強要されてたらしくて、アキも酷い目に遭ったのかもしれないけど優しくしてあげなさい」
あの痩せきった咲枝ちゃんがどれだけ辛い思いをしたのか、想像もできなかった。
「しかし相手も大概よね。それもあの辻村とは。アキの因縁の相手だったのね」
「どゆこと?」
「覚えてない? 幼稚園の頃、咲枝ちゃん苛めてた辻村に喧嘩売って、のしかかられて殴られてたって幼稚園の先生が言ってた」
「へぇ」
「そのときも辻村の股間握って逃げたみたいよ。でもそれで咲枝ちゃんから手が汚いって言われて嫌われたとか何か変なこと言って泣いてたじゃない。辻村んとこに一緒に謝りに行ったのも忘れた?」
「ぜっぜ、覚えてね」
母さんは僕が目覚め、その後は入院も長くないことを確認すると、仕事に戻っていった。まあ、女手一つで僕を育ててくれたんだ。忙しいのは仕方がない。
◇◇◇◇◇
「やほー、ゲームする?」
「いや、できねえよ」
貴島がやってきた。こいつだけは昨日も今日も来てくれた。
午後には退院だけど、貴島が手伝いを名乗り出てくれたらしい。
「学校、いいのかよ」
「いやー、なんか大事になっちゃったみたいで今日休み」
「大事にしたの貴島だろ」
「やるでしょ?」
「うん、よくやった」
「うぇひひ」
「うぇひひって笑う奴、初めて見たわ」
「――みんなどうしてる?」
「う~ん、どうしてるかというと何だろうね」
「なんだよそれ。見舞いにも来ないし」
「来てほしかったんだ?」
「来なくていーし」
「またまた。アキはかわいいなあ」
貴島が包帯の上から頭を抱きしめてこようとする。
「やめろ。お前には葵サマが居るだろ」
「葵サマねえ、それが最新の情報だと、高校卒業したら彼女と大学に行って学生結婚するんだってさー」
「ざまあねえな!!」
俺としてはここ最近でいちばんスカッとした。貴島の葵サマはほんとウザかったから。ただ、惜しいことに貴島はあまり堪えてなさそうに見えた。
「そういやもう
「え、僕なんて言ってた?」
「あの後から昨日までは僕って言ってたよ?」
「そうだっけ」
やばい、何か人格が分裂気味なのかもしれない。
「辻村についてはさ、取り巻きも含めて警察のお世話になるみたい」
「へぇ……って取り巻きなんて居たんだ」
「うん、詳しくは言えないけど私が知ってることは全部警察に話した」
「そうか。よくやったよ」
俺はその後、貴島に手伝ってもらって退院した……退院したのだが――本当の理不尽はここから始まるのだった。あ、ちなみに後で聞いた話ではあるが、辻村はアレが曲がった上に立たなくなったらしい。もちろん足腰の話でない。
第一部 完
ここよりラブコメ注意
ここまでは1日半でざっと書いた前振りで、ここからはとても万人受けする展開とは思っておりませんが、立ち止まらず自分の嗜好で突っ走らせていただきたいと思います。
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