第二部
第8話 浮気からでもラブコメはでき……
「え……っと、あの、何コレ?」
いや、家に着く直前、貴島が何かメッセージを送っていたのは知ってる。まあ、学校休みだし? これから友達とどこかに遊びに行くのだろうかー? くらいにしか思っていなかった。
家の玄関を開けると、エプロン姿の三人の女の子が三つ指ついてお辞儀して迎えてくれた。いや怖いんだけど!?
「なんだっけ、ハウスキーパー?」――と貴島。
「メイドで」
「(あっずるい)」
咲枝ちゃんの小声が聞こえたけど、確かに一人、クラシカルなメイド姿が居る。
「メイドさんだって。よかったねアキ」
「いやよくねえよ。だいたいメイドが三つ指ついてお辞儀するかよ」
「まま、とりあえず玄関でも何だし、上がって上がって」
「俺んちなんだけど!?」
◇◇◇◇◇
「で、これはなに?」
俺は苛ついた態度も隠さず言う。
ダイニングの四人掛けのテーブルに俺と対面して三人が着き、余った貴島はスツールを持ってきて隣に座っている。さっきまで貴島は、勝手知ったる人の家という様子で皆の紅茶を注いでいた。カップ足りないから買わないとねとか言いながら。いや、買うなし。
「お母様に私たちが償いとして頼みました。それで家の事を任されました」
「円花はさ、俺の事、許さないんじゃなかったの?」
「それは……ごめんなさい。私が間違っていました」
「……」
深々と頭を垂れる円花。俺は――。
「――それに浮気まで……」
「そっちは別にいいよ。もう別れた後だったし」
「別れてるつもりは無かったの。ごめんなさい、貴方とのことがショックで辛いときに辻村に言い寄られて、貴方に捧げたかった処女を散ら――」
「ブーッ! ゲホッ、ゴホッ……」
思わず紅茶を吹きそうになって慌てて塞いだが鼻から出てしまった。
「そ、そういうのもういいから」
「よくありません。辻村に絆されていいように扱われ、自堕落な生活に身を落としたのは私自信が弱かったからです。加奈子はそんな私を救ってくれたの」
「そう。大変だったんだよー? まずはあのエロ画像を保存してる男子が絶対いると思って! やっと見つけて、やってるのがアキじゃないのを確認して、それっかられいのあの子を探し出して、接触して、そしたらその子、辻村のセフレだってわかって――」
「……いや、どっちの話も生々しいから俺、退場していい?」
「アキの噂を流してたのって結局、辻村の取り巻きだったわけ! 円花に調べさせた
「ねえ聞いてよ……てかごめん、吐いてきていい?」
俺は小休止してトイレで吐いてきた。円花がそんな目にあってたらなんて想像したら気持ち悪くなってきた。
「私は浮気していました。貴方に酷いことも言いました。償いは何とでも仰ってください」
「いや、円花のは浮気じゃないから……」
「お母様もそう仰いましたが、私のは断じて浮気ですので」
「はぁ、円花のことはちょっと考えさせて……」
◇◇◇◇◇
「……先輩……ごめんなさい」
か細い声で七海が謝ってきた。
「えと、あのこれ全員聞くの?」
「聞いてあげなさいよ男でしょ!」
貴島にどやされる。
「ご、ごめんなさい……」
「七海ちゃんはそこ謝らなくていいの!」
「……先輩、バカでごめんなさい」
「メッセージでも見たけど、どういうこと?」
久しぶりの七海の態度に俺の言葉には棘があったかもしれない。
貴島から聞いてはいたが、あのメッセージの真意を彼女から聞きたかった。
「……私がバカで、先に親か先輩に相談していたらよかったんです。あいつのスマホ壊しちゃって、脅されて部屋に連れ込まれて、無理矢理処女を――」
「そこはいいから……」
嘔吐くのを我慢して七海に先を促す。
「……はい、そしたらあいつ、私をデカ女って馬鹿にするんです。こんなやつの彼女を名乗らされて、みじめで、情けなくて……。脅されて先輩と別れさせられて、何度も相手をさせられて、でもバカだから誰にも相談できなくて、浮気をしてしまいました」
「七海も浮気じゃないから。正式に付き合う前だったんだし」
言われてることは俺と変わりないようにも思えたがスルーした。
「……ううん。お母さんにもそう言われましたけど、私と先輩は中学で公認の恋人同士でしたし」
「そんな公認制度ないから」
「……私が浮気だと思ったんです。浮気かどうかは本人が決めるべきです」
「それ、された方の話だよね」
「……ごめんなさい先輩。この前のこと、高校でも相手をさせられたの。嫌だったのに流されてばかりで――」
「詳しくはいいから。トラウマスポットになるから」
「……私、バカだから処女を捧げた相手に一生ついていかないといけないって何となく思ってたんです。でも皆、そんなことないって言ってくれて」
その言葉に、単純に七海をバカとは言えなくなった。
脅されていたこともあるだろう。けれど、彼女の純粋さに胸が痛んだ。
「結局きっかけはさ、辻村の取り巻きが原因みたい。取り巻きの顔を七海ちゃんが覚えててね、彼女に最初にぶつかってきた――というかぶつからせて、七海ちゃんがふらついたところに辻村が自分で当たりに行ったんじゃないかなって。体が大きいとね、人にぶつかったりしたとき罪悪感もすごいんだって」
貴島の説明を聞いた俺は、七海が泣き止むまでの間にトイレで小休止してきた。
◇◇◇◇◇
貴島が新しい紅茶を入れてくれる。
「私は……」
「咲枝ちゃんはいいから……」
彼女は一方的に脅されていただけだと聞いてる。償いとかそういう話じゃない。
「いいえ、私はアキくんのことを小さい頃からずっとずっと想っていました」
「「アキくん!?」」
「小さい頃、そう呼んでただけだよ」
「アキくん以外に処女を奪われてしまった以上は浮気です」
ごめん、ちょっとわからない。円花と七海に合わせているだけのようにも見える。ただ、母さんには咲枝ちゃんには優しくしてあげるよう頼まれている。あんなことがあったんだ。胸が締め付けられる。
「僕を想ってくれてありがとう。咲枝ちゃんがそう思うのなら浮気なのかもしれない。でも、あまり思いつめないでね」
「処女を失くしてしまった私に価値なんて無いの。でも、みんな違うって言ってくれて。……だからせめてお願いします。言い出せなくて、逃げ出せなかった私に懺悔させてください――」
そうして彼女は今までに辻村から受けた凌辱を語った。きっかけは七海と同じように、取り巻きが絡んだところを辻村が助け、そのときに怪我を装ってやつの部屋に引きずり込んだらしい。どこまでもクズなやつだ。
彼女が懺悔として過去を飲み込めるなら聞いてあげるくらいは容易いことだった。全て話し終わったあと、三人はお互いを抱きしめ、泣いて慰め合っていた。僕は気持ち悪くてトイレに走った。
◇◇◇◇◇
「あ、次は私ねー」
「貴島! お前関係ねーだろ!」
「私は長い間――」
「語り始めちゃったよ」
「――葵サマに浮気をしていました」
「ごめん、唐突過ぎてわからない」
「アキという優良物件が身近にあることに安心して、葵サマに現を抜かしていたのです」
「それで」
「これからはアキ一筋で行こうかなと」
「やめてくれ、貴重なゲーム友達だろがよ……」
「あっ、ちなみに処女です」
「聞いてねえ」
「で、思うんですけど、アキまだ童貞だから、初めて同士を経験させてあげてもいいんじゃないかなって」
「そんな配慮要らないから」
「みんなだって浮気を悔やんでるんでしょ? じゃあ、アキが私に浮気すれば対等よね?」
「みんなして納得した顔してないで。貴島に騙されてるから」
「私は加奈子なら別にいいわ。私にはもうあげられないし」
「……カナ先輩ならいいです」
「そ、その前に私のファーストキスを貰ってください!」
「唇、死守したんだね! 咲枝ちゃん偉い!」
カオスな空間に俺の頭はショートしていた。
◇◇◇◇◇
「母さん、ちょっとこれどういうこと?」
結局、たまらず母に電話した。
『う~ん、私も浮気じゃないって言ったんだけど、三人とも聞かないのよねえ』
「そもそも何で許可したの?」
『だって三人とも償いたい、恩を返したいって言われたら、こっちも親身になっちゃうじゃない?』
「メイ……ハウスキーパーのバイトってのも本気なの?」
『そうよ。三人でやったらすぐだし、勉強だってしないといけないでしょ? 掃除、結構大変よ? アキだってちゃんとできてないでしょ』
「う……親は何も言わないの?」
『お家には許可を取ったみたいよ。私も話したし、三堀さんちのお母さんなんか、娘をよろしくお願いしますってアキに言伝預かったわ』
「いやいや、三人居るって言ってあるの?」
『その方が安心ねって。あ、避妊はちゃんとしてよ? 面倒見られないから』
思わぬ母からの言葉に俺は咳き込んだ。
『高校生の恋愛なんて大人に比べたら大したことないわ。婚約とか結婚に縛られるわけでもないし。浮気とか言ったって所詮、自由恋愛の内よ。今は悩むかもだけどね』
『――まあ家のこと? そっちは私、若い子の価値観はわかんないから、アキたちの世代に任せるわ』
「理不尽極まりないな……」
◇◇◇◇◇
結局、その日は俺が家の掃除をサボっていたこともあって大掃除が行われていた。まあ、俺は顔の腫れが引くまで安静にしてろと言われたけれど。
円花のメイド服については新宮家のお仕着せらしい。私服では失礼だからと寄越されたそうなのだが、狭い一般家庭には向かないので着替えて貰った。あの円花がメイド服着ている姿にドキっとしたとか今更言えないが。
夕方にはすっきりした部屋に、埃ひとつ見当たらないくらいに綺麗にしてもらった。
「ありがとう、助かったよ」
「じゃ、また明日」
「アキ、加奈子を駅まで送って行ってあげて」
「わかった――っていや、三人は帰らないの!?」
玄関で挨拶してるのが貴島、そして見送る側は四人居た。
「私たちは空いてる部屋を使ってるから。あと、お母様のお部屋も使っていいって仰ってくださいましたし」
「そうそう。泊りに来るとき借りるねー」
「いやお前も泊りに来るのかよ」
「前は朝まで二人で語り明かした仲じゃない」
エッっと貴島を見る七海と咲枝ちゃん。だが円花は――。
「ゲームででしょ? そのくらいなら知ってるし、変なこともしてないって聞いてるから今更いいわ」
◇◇◇◇◇
「俺の事、本気で言ってんのか? それとも三人のための冗談?」
「まあ本気かなあ。葵サマも
駅まで貴島を送る途中、さっきの発言の真意を聞いてみていた。
「本気で三人、いや四人で仲良くやってくつもりなの?」
「本気だと思うよー。あとたぶん、あの調子だと本妻は私になるかも」
「貴島にいちばん恋愛感情無いんだけど。他所の男にぞっこんな女なんて引くわ」
「今はアキにぞっこんなんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃないっての。それに、貴島に本妻譲るくらいのつもりなら、他所で男作れって思うよ」
「ふうん。思ったより真剣なんだ」
「別に。三人ともかわいいんだから俺なんかに拘ってなくていい。そのうちいい男ができるよ」
「――つか俺が嵌められてたってわかったならもっと早く教えてくれよ……」
「別にあのあとそっちには実害無かったでしょ? それに――」
「――先に円花に謝らせてあげたかったんだ」
「――アキはさ、辻村とのこととかもういいの? 円花たち許せるの?」
「全く何も無いかと言えば嘘になるけど、ただの失恋と変わらないみたいなことを母さんに言われた」
「お母さんに言われたから? 許せるの?」
「男のことより、あんな似合わない顔、ずっとされてることの方が……」
「う~ん、男って女の浮気は無理じゃない? 生物的にっていうのかな」
「そこは未練がある時点で俺の負けかなって――」
「――そしたら初めてかそうじゃないかとか関係ないじゃない?」
「アキは器が大きいね」
「そんなわけじゃない」
「あとスケベだね。女三人相手に未練とか」
「最低だと思うよ」
貴島は笑った。
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こんな方向でほんとすみません。作者的には、好きならいいじゃ~んというややもすれば退廃的な方向に走る、ロジックなんて要らない言葉少なな会話が好きなのですが、まあそれでは読者様も納得いただけないだろうと、雰囲気捨てて台詞・説明大幅増量しました。それで理解できるかと言えばまあ難しいでしょうね。
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