第4話 でかい後輩2

 あのバレンタインからまた一年が過ぎようとしていた。


 橋倉は相変わらずだったけれど、あの目立つ彼女と関わることで少しずつ、クラスにも喋る相手ができていった。ありがたいことに、前の中学での話は出回らなかった。


 橋倉との仲は進みはしなかったけど、学校では彼女は事あるごとに俺に絡んでくるのは相変わらずだった。


 朝の登校時以外にも、例えば体育祭なんかでは味方の応援のど真ん中から馬鹿でかい声で敵チームの俺に声援を送ってきたりした。ほんとアホだ。


 文化祭では、つるむ友達も少ないからとひっそり図書館で過ごそうとしていた俺を見つけ、抵抗する間もなく俺は中学のしょぼいお店や展示品の鑑賞に引っ張り出された。


 高校の合格発表なんかでは、いつ打ち合わせたのかバイト先まで押しかけ、伯母さんたちと一緒に祝ってくれたりした。


 周りからはもう彼氏彼女の関係のように話されていた。俺は否定していたのに……。



 ◇◇◇◇◇



 バレンタイン当日。

 またこの嫌な思い出の日が平日なのかとため息をついて登校していると、いつものアレがやってきた。


「せ~んぱいっ、楽しみにしててくれました?」

「唐突に何の話だよ」


「やだなぁ、本命チョコですよ!」

「お前よく恥ずかしげもなく言えるな。だいたいもうバレンタインなんて友チョコメインだろ。本命なんて十年前のおっさんか、恋人じゃなきゃないわ」


 ラッピングされたチョコを差し出され、俺はどこかで言われたようなことを七海に返した。


「誰もが認めるステディな関係じゃないですか先輩、問題ないです!」

「やだ、本命ならなおさら貰いたくない」


「むぅ!」


 結局、七海は俺のクラスまでついてきて、クラスメイトに『自慢したいのはわかるけど、いい加減うざいからチョコ貰って仕舞え』みたいなことを言われ、渋々受け取ることになった。



 ◇◇◇◇◇



 バイトを終えて帰宅する。


 ラッピングされた本命チョコとやらを前にすると、七海の気持ちが伝わってくるようで辛かった。彼女は雑に押し付けてきたけれど、これを包むとき何を思ったのだろうか。リボンを結ぶとき何を考えたのだろうか。メッセージカードも添えられていた。丸っこいかわいい字を七海は何度書き直したのだろうか。


 俺は彼女の気持ちに応えてあげるべきなんだろうか。


 そうしていると家のチャイムが鳴った。



「アキ、寂しくしてると思ってチョコ持ってきてあげたよ!」

「なんだ貴島かぁ」


「なんだとは何よ、欲しくないの? 円花が居なくて寂しいんでしょ?」

「円花のことはもういいよ……」


「う~ん、円花もアキに会いたがってると思うんだ」

「そんなことは無いだろ」


「男とは別れたよ。それがロクなやつじゃ――」

「円花のことはもういい! まだ言うなら帰れ!」


 と別れた――そんな言葉に円花に所謂男女のという存在があったこと、そして彼女が一人になったことにちょっと期待してしまう自分に腹が立った。


「はぁ、チョコクッキーだから紅茶入れてよ」


 貴島は自分ちのように勝手に上がり込んで俺の部屋に向かう。


「ああ」


 紅茶を入れかけて、しまったと思ったときには遅かった。

 ドタドタと階段を下りてきた貴島。


「何あれ!? 本命チョコ? 実在していたのか!」

「いや、どういう反応だよ」



 ◇◇◇◇◇



「へー、バレーボール繋がりの彼女ねぇ」

「彼女じゃない!」


「そっかぁ、そうなのか」

「付き合うつもりはない」


「それってどういう?」

「俺はもう彼女なんか要らない」


「やっぱ円花かぁ」

「違う!」


「はぁ、そっかそっか。どっちにしろ帰るわ」

「ゲームしに来たんじゃないの?」


 彼女のバッグにはクッキーの他にもマイ・コントローラがいくつか入っていた。


「ほんとは円花のことを話しに来たんだ。でも、新しい彼女が居るなら私も入り浸るわけにはいかないでしょ」

「べ、別に彼女じゃないし、貴島はゲーム仲間だから構わないよ」


「ふん、ありがとっ。まあ、また今度にするよ」



 貴島が帰って行ったあと、七海の本命チョコを開けてみた。

 ハート型のでっかいチョコだった。チョコまででかいのか。

 カシュナッツがたくさん入っていたから、大きさの割には食べ辛くなかった。

 ただ、残念なことに塩味のカシュナッツを使っていたためか、塩っぱかった。


 翌日、哀れなダミ声で謝りながら声をかけてくる七海の姿があった。



 ◇◇◇◇◇



「七海、お前さ、本当に俺のことが好きなの?」


 卒業式が近くなると、彼女は俺のバイト先に毎日のように顔を出していた。

 バイトの帰りは彼女を家まで送る。最近の日課だった。


「今更です。先輩は私が幸せにしてみせます」

「いやそれ逆だよね、普通」


 ただ、彼女が何のことを言っているのかはわかっていた。

 俺の傷ついた心を癒して見せると彼女は言った。


「――何となくだけど中学生と付き合うわけにもいかないし、七海が高校に入ったら付き合おう」

「私は今からでもいいんですけど!」


「いや、七海はアホだからバレー部引退したらちゃんと勉強しないとダメだろ」

「ひどい!」


「だって中学の基礎くらいしっかりできてないと、大学とかまで行ったら離れちゃうよ?」

「先輩とのキャンパスライフを目指します!」


「じゃあ勉強だね。約束」

「はい、約束――」


 足を止めつつ七海にキスをした。俺の背は伸び、以前と違って七海とは顔半分くらいは差が付いた。


 いつもなら大はしゃぎするような彼女なのに、今日は黙ったまま腕を組んできた。


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