9話 勉強会始動!

 花奈の下着を見……ん、んん。

 花奈が家に来てから一週間がたった。


 あの後は結局何事もないまま、花奈と一つ屋根の下で暮らす生活が終わった。


 花奈がいるのが当たり前になってしまっていたので、帰った日の夜は少しだけ寂しく感じてしまった。


 ただ、一つだけ変わったことがある。


 それは、俺と花奈の関係だ。


「おはようございます、天斗」

「おはよう、花奈」


 俺と彼女は学校で挨拶を交わす関係になった。


 つまるところ、俺と彼女の距離が近くなったのだ。

 正確には、中学に上がるか上がらないかの時に戻ったような感じだが。


 ほんと、もうちょっと早くそうなっていたら、結果は変わっただろうにな。


 なんてことを思いつつも、俺は花奈に手を振り返し、目の前の奴に声を掛けた。


「なんだよその目は」

「べっつにー」


 どこか不貞腐れたような態度をする瑞希に、少し呆れつつも、理由を分かっているだけに、強くは当たれなかった。


 だってそうだ。

 チャンスかもしれないと思い、アタックした矢先に、その相手が好きだった人との距離が近くなりだしたのだから。


 何となく、その気持ちはわかる。

 俺だって、諦めたつもりでいるが、やはり他の男が花奈に告白したと聞くと少し思う所がある。


 はぁ、全く、恋愛とはなんと面倒なものよ。


「そう言えば、そろそろ中間テストだな」

「そう言えばそうね」

「勉強したか?」

「もちろん。私はばっちりよ」

「だよな。俺は全くだ」

「知ってる」


 彼女はそう言うと、はぁと溜息をついた。


「去年からダメダメだったもんね、天斗」

「まぁ、勉強面においては」

「勉強会、しよっか」

「ありがとうございます瑞希様」

「うむ、苦しゅうない」


 そう言って、俺は机の上で手をついた。


「じゃぁ、今週の日曜に私の家でしよっか」

「瑞希の家で?」

「そう。ちょっとだけ家から出れない事情があって」

「そうか、なら別にいいけど」


 少し申し訳なさそうにそう言った彼女に、俺は特に反対する理由はないので二つ返事をした。

 そもそもあくまでも俺が教えて貰う側なので、特に口出しすることは無かった。


 ただまぁ、いつもは放課後に図書館とかファミレスに行って教えて貰うだけだったので、瑞希の家に行くのは初めてだったので少し驚いた。


「それではよろしくお願いします」

「まかせなさい」


 そう言って、彼女は平たい胸をどんと叩いた。


 あ、平たいは余計だったか。




 日曜日になった。


 俺は瑞希に言われた通り、近くの駅までやってきた。


「あ、天斗」

「おっす瑞希」


 しばらくすると、彼女が駅前まで迎えに来てくれた。


「悪いね、家に来てもらって」

「いや、いいけどさ。何があるんだ?」

「あーそれはついたら分かると思う」

「そうか」


 そう言って、少しだけ苦笑いをする瑞希。


 俺は、一体全体何が待っているのだろうかと心配になりながら、彼女の後をついて行った。



「ただいま」

「おじゃまします」


 彼女の家は、まぁ、それなりにでかかった。


 簡潔に言うと、一般的な一軒家である俺の家の3倍程だった。

 うん、でかすぎる。


 俺がそんな風にあっけに取られていると、家の奥の方からてくてくと何かが走ってくる音がした。


「おねえしゃんおかえりー!」


 そう言って、元気よく瑞希に飛びついたのは、とても小さな瑞希によく似た女の子だった。


 髪は瑞希と同じ茶色で、ボブカットにしており、つぶらな瞳は茶色だった。

 背は俺の腰あたりで、何とも愛くるしかった。


「ただいま、由夢ゆめ


 瑞希はそう言って、その女の子を抱きかかえながら、頭をなでた。


 女の子は瑞希に頭をなでられて嬉しそうにしていたのだが、ふと俺と視線があい、俺の存在に気が付いた。


「だれでしゅか?おにいしゃん」


 そして、その子は俺にそう尋ねてきた。


 無垢な瞳で見つめてくる彼女に、俺は優しく返事をした。


「初めまして、お姉ちゃんのお友達の天斗です」

「おともだち?」

「そうお友達」


 俺がそう返事をすると、瑞希が少女を抱きかかえたまま優しい口調で少女に話しかけた。


「由夢、挨拶できる?」

「ゆめでしゅ。3しゃいでしゅ」

「由夢ちゃんか、よろしくね」

「ん!」


 そう言って、由夢ちゃんは俺に頭を突き出してきたので、俺は彼女の頭をなでた。


 すると、由夢ちゃんはすごく嬉しそうな顔をした。


 あかん、可愛すぎる。

 なんやこの生き物は!


 なんて感じで俺がデレデレしていると、瑞希は由夢ちゃんを下ろし、手を繋いで家に入っていった。


「それじゃ、私の部屋でやるから着いて来て」

「失礼しますー」


 俺はそう言うと、瑞希について行った。



 部屋に入ると、意外と女の子の部屋って感じだった。


 てっきり俺と同じでオタクグッズがいくつか置いてあるのかと思っていたが、置いてあるのは可愛らしいぬいぐるみだったり、クッションだったりした。


「今、失礼なこと考えたでしょ」

「いや、そんなことは……」


 俺が言葉に詰まっていると、彼女は無言で奥にある扉を開いた。


「私の部屋は二つあるから、天斗が思ってる部屋はこっちだと思うよ」


 そう言われ、俺は恐る恐るその扉をくぐった。


 すると、その先には俺の部屋の比でないほどの、まさにオタク部屋と言った部屋が広がっていた。


「アンビリバボー」

「すごいでしょ?」

「マジで凄い。素直に羨ましいよ」


 俺は少し敗北感を覚えながら、大量のラノベが置かれた本棚や、フィギュアのコレクションケースを見た。

 中にはサイン本が数十冊程おいてあり、本気度がうかがえた。


 てか、こいつの家、やっぱり金持ちなんだな。


「ま、今日は勉強しに来たわけだし、また今度この部屋は紹介するね」

「おっす」


 危ない。危うく本来の目的を見失う所だった。


 やはり自分はオタクなんだと言うことを改めて思い知らされた俺は、名残惜しくも勉強へと取り掛かった。




「ここは、この公式を使った方が早く終わるから」

「なるほど。確かにこんな公式あったな」


 俺たちがそんな風に割と真面目に勉強していると、おとなしくベッドでゴロゴロしていた由夢ちゃんが活動を始めた。


「ねぇねぇそらとおにいしゃん」

「ん?どうした?」


 俺の袖を引きながら、由夢ちゃんがつぶらな瞳で俺を見つめてきた。


「あしょぼ?」

「あー、えーと……」


 俺がすぐに答えれずにいると、由夢ちゃんの瞳がウルウルとしだした。


 その様子を見てか、瑞希が助け船を出してくれた。


「そうだね、そろそろ休憩にしよっか」

「そうだな。よし、じゃぁ一緒に遊ぼっか、由夢ちゃん」

「やったー!」


 そう言って、先ほどまでの涙は綺麗に消え、嬉しそうに由夢ちゃんは笑った。


 あぁ、天使や。

 天使はこんなところにいたんや。




 由夢ちゃんの希望により、俺たちは近くの公園に来ていた。


 あまり大きな町ではないからか、公園には人があまりいなかった。


「何して遊ぶ?」

「おにごっこ!」

「お、いいね」

「おねえしゃんがおにね!」

「えー私?」

「うん。そらとおにいしゃん、いっしょににげよ!」

「おう、いいぞ」


 俺はそう言って、由夢ちゃんに連れられながら、逃げ出した。


 瑞希はやはりお姉ちゃんで、渋々ながらもちゃんと鬼役を始めた。


「待てー」

「にげろー」


 瑞希が追いかけてくると、由夢ちゃんは楽しそうに笑いながら俺を連れて逃げ回った。


 あぁ、俺も妹が欲しいな。


 そんなことを心の底から思った。




「寝ちゃったね」

「そうみたい」


 日が沈み始め、空が茜色に染まると、由夢ちゃんは疲れきって俺の背中で寝てしまった。


 おにごっこ、かくれんぼ、砂場遊び等々……。

 色々な遊びをしたので、疲れてしまうのも当然だ。


 てか、子供の体力ってほんとすごいな。


「ごめんね、由夢を背負ってもらって」

「いいよ。由夢ちゃん軽いし」


 俺はそう言うと、背中の由夢ちゃんを見た。


 由夢ちゃんは気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。


 俺の背中がさぞ良かったのだろうか?


「ほんと、今日はありがとね」

「何言ってんだよ、元々俺が瑞希に勉強教えて貰うために来たんだから」

「そうだけどさ、そもそもそんなに勉強できてないし」

「ま、今回は意外といけそうだし大丈夫だと思うぞ」

「そっか」


 そう言って、瑞希は由夢ちゃんをなでた。


 その様子は、普段と違い、本当にお姉ちゃんと言った感じだった。


 その後、しばらく歩いて瑞希の家に着くと、俺は由夢ちゃんを彼女に託し、鞄を持て家に帰った。


「ふう。やっぱり、妹欲しいな」


 軽くなった背中が、少し物足りなく感じ、俺はそう呟いた。

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