7話 崩れ行く日常

 ハプニング続きの昨日を超え、俺たちは並んで登校していた。


「別に時間をずらしても良かったのに」

「いえ、そうするよう言われていますので」

「どういうこと?」

「お気になさらず」


 そう言って、彼女は微笑む。

 何と言うか、その顔を向けられると、何も言い返せなくなってしまう。


 今日は花奈と登校すると言うことで、瑞希には先に言っておいてくれと連絡を入れた。

 深くは追及されなかったが、何かを察されたのか、少し語尾がきつく感じたのは俺の思い過ごしだと信じている。


 とまぁそんなことよりも、俺は今、目先の問題に取り掛からなくてはならなかった。


 花奈と一緒に登校する。

 それが意味することは、ただ一つ。

 思い出されるのは昨日の記憶。


 また連れていかれる、仮面の男共に……。


 いつも一緒にいた瑞希と二人で出かけただけであの騒ぎだったのだ。

 きっと、今回は間違いなく命が危ない。


「大丈夫ですか、天斗?顔色が悪いですが」

「いや、気にしないでくれ」


 俺はそう言って、頬をピシャリと叩いた。


 覚悟を決めろ、中川天斗。

 俺はそんなにやわじゃない。


 そうやって心を落ち着かせた俺は、胸を張って教室へと向かった。




 教室に入ると、案の定デジャブな光景が俺を囲んでいた。


「抵抗しないから手荒な真似はやめてね☆」


 俺はそう言っておとなしく身をゆだねたのだが、そんな願いは聞き入れられず、男共に担がれて、俺は自教室を後にした。


 ちなみに隣にいた花奈は、何かを言いかけていたが、それを聞き入れる暇は俺には与えられなかった。



 昨日と同じく暗い部屋に連れてこられた俺は、またしても床に放り投げられ、床に体を叩きつけられた。


 手荒な真似はやめてって言ったのに……。


 俺が心の中で愚痴を言っていると、ろうそくの明かりがともり、裁判長らしき人物が現れた。


「えー先日2年5組の女神が被告人の自宅に入る所を目撃、そして今朝共に自宅を出てくるところを目撃。証拠写真もあります」


 そう言った検察官のような仮面の男は、またしてもどこから現れたのか分からない巨大スクリーンに二枚の写真を写しだした。


 そこには俺と花奈がばっちり映っていた。


 いや、いつの間にこんな写真とったの?

 てか前者の方は、明らかストーカーだよね?後で教師に密告するか。


「この家は被告人の家で間違いないか?」

「はい。調査済みです」

「弁護人」

「何もありません」


 知ってたよ、知ってたけど、もうちょっとましな奴弁護人にしてくれない?

 俺、有罪確定になっちゃうから。


「では、えーとセリフ忘れた。うん、死刑!」


 いや、だからキャラは全うしてくれ、せめて。


 そう心の中でツッコミつつ、俺は無茶苦茶な状態に昨日同様意義を申し立てた。


「控訴!」

「弁護人」

「何もありません」

「死刑!」

「おかしいだろ!!!!!」


 裁判が成り立っていない。

 まぁ、元々裁判でもなんでもなく、一方的に有罪が確定するゲームなのだが。


 しかしまぁ、昨日のチェーンソー男は停学中なので、今日はそこまで危険はないかと安心していると、既視感のある音が耳に届いた。


「ひゃっはー」

「何でいんだよお前!」


 そこには手にチェーンソーを持った仮面のあいつがいた。


 しかも、ちょっと楽しそうに俺の方へと走ってきた。

 何と言うか、失う物が亡くなったのか、すべてを吹っ切れている、そんな感じに思えた。


 やばいやばい。

 これは命に危険がある。


 そう思った俺は、速攻で最後の切り札を使う。


「上告だ!後、証人をつけろ!」

「ふむ。では、証人、入りたまえ」


 俺の願いは珍しく受理され、部屋の扉が開き、一人の女の子が入ってきた。


 その人物とは、まさかの俺の味方、冬野瑞希だった。


「それでは証人、証言を」


 俺は勝利を確信し、ホッと胸をなでおろした。


 しかし、瑞希は俺の期待をいともたやすく裏切る言葉を放った。


「死刑で大丈夫です」

「被告人、死刑」

「冗談じゃねぇぇぇぇえええ!!!!」


 俺はそう叫ぶと、チェーンソー野郎から逃げるべく、速攻で部屋を出た。


 結局、奴は教室まで追いかけてくることは無く、その後は平穏な日常が帰ってきた。




 昼休みになった。


 今日も今日とて何事もなかったかのように裏切り者の瑞希と俺は屋上で弁当を食べていた。


「今日は災難だったね」

「オレハオマエヲユルサナイ」

「ごめんって、なんかノリで言っちゃっただけだから」


 そう言って、瑞希は卵焼きを俺の口に運んだ。


「うまい」

「でしょ?」

「ワタシハソナタヲユルシマス」

「ありがたき幸せ」


 そうして、俺たちは笑い合った。


 実際の所、別に俺は瑞希に怒ってなんていなかったし、それを彼女も分かっていた。


 ただまぁ、彼女が災難だったと言うのは、何もあの裁判ごっこだけの話ではない。


 昼休みが始まった瞬間、俺はクラスの女の子に囲まれ、質問攻めに遭っていたのだ。


 瑞希が助け船を出してくれなかったら、今頃飯も食えずに永遠と質問攻めに遭っていたところだろう。


 だからむしろ瑞希には感謝をしていた。


「ただまぁ、私も全く何も感じなかった訳じゃないよ」

「え?」


 俺がさっきまでのことを思い出していると、彼女がそう呟いた。


「そりゃ、天斗は花奈のことが好きで、そんな時に絶好のチャンスが転がり込んできたってのも分かるけどさ」


 そう言って一呼吸置いた瑞希は、少し拗ねたような口調で続けた。


「私だって、天斗のこと好きだからさ。ちょっと嫉妬しちゃった」

「ごめん……」


 俺は思わず謝っていた。


 別に悪いことはしていない。

 それは理解していた。


 しかし、それとは別に、何か謝るべき気がして、俺は反射的に言葉が出ていたのだ。

 

「まぁ、それじゃぁ私の言ってたことと矛盾しちゃうんだけどね」


 そう言って、瑞希は笑顔をこぼした。


 俺には彼女の気持ちが分かってしまう。

 何故なら俺も片思いをする人間だから。


 自分のわがままだとは理解しつつも、気持ちというのは抑えられないもので、どうしても相手にも同じ気持ちを求めてしまう。


 だから、俺も早く決心しなくてはならないのだろう。


 花奈のことを、諦める決心を。


 俺はそう心に誓い、屋上から青い空を眺めた。


 ちなみに余談だが、停学中だったチェーンソーの奴はこの一件で一学期中の停学処分が言い渡され、留年が確定した。

 そして、花奈のストーカー行為がバレた奴は、警察に身柄を引き渡された。


 ほんと、自業自得なんだが、やっぱり可愛そうに思えるのは、きっと俺がまともな人間だからなのだろうと思うと同時に、ああはならないと強く心に決めた。

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